第16話 見習い魔女と魔女の宴
初詣目当ての人々が行き交う大通りにコンビニ袋を被った異様な団体がいた。
そう、私たちだ。
目的のお店が大通りに面しているため、顔を隠しているのだ。私としては、目立ちたくないなら服装をどうにかしろよと思うのだけれど、同期たちは全員頭のおかしな魔女なのだから仕方がない。
まず季節感皆無のワイルドな虎柄ビキニの馬鹿は
無言でイチゴのステッキを振り回し、道行く人の飲み物にイケナイモノを混入させているのがボクっ子の魔法少女、メグミ・カミザキザワ・ロン。父親が中国巨大企業の社長というセレブ中のセレブ。またイチゴ魔法なるものを生み出した奇才でもある。
褌一丁の男に腰かけているのはジズ・エンドル。漆黒のローブを身に纏い髑髏の杖と頭上に黒い環を持つハンガリー人の彼女は、あろうことか京都から人力車に乗ってやって来たらしい。車夫が走り潰れると、目に入ったイケメンに魔法をかけて代わりに走らせたというから、相変わらずの鬼畜っぷりだ。
で、例の変態エジプト人ティティ・メジェド。全裸に布を一枚被っただけのガチガチの変態。彼女はこの格好のお陰で目から光線を出せるし火も吹けるし姿も消せると言うけれど、それがなんだというのだろうか。
そして女子高生に扮し、弾けんばかりの胸を揺らす恥女の
こうしてみれば私の常識人ぶりがよく分かるわね。なぜなら唯一、正月に相応しいまともな服装なのだから。
『ううう、ぼく恥ずかしいよこんな格好。どうしてお正月の町中でウェディングドレスなんかに』
『我慢なさいベリー。白緑は日本文化をはき違えてるんですから』
ベリーとシラーには毎年文句を言われるが、これは廃れつつある古き良き日本の伝統文化なのよ。二十歳以上の独身は、新年会にウェディングドレスで参加するものだと、姉の
「あの、ご予約のお客様でしょうか?」
内心は戸惑っているだろう店員さんがお店から出てきた。当たり前だ。ガラスの向こうにこんな集団がいたら出てきもする。
しかし、私たちは誰も反応しない。きっと幹事の乱子は予約なんかしていないもの。
「だからそれについてはあとで説明するから」
「ぜってぇだぞ。にしてもほんっと久しぶりだよな!」
「ワタシハイツモミナサントイッショデスケドネ」
「お酒♪お酒が呼んでる~♪」
「貴女、その格好寒くないの?」
「寒くない。むしろ身体が火照ってしかたがない」
「私もうお腹ペコペコだわ」
と、店員さんを押し退けペチャクチャ喋りながら店内に雪崩れ込んだ。そして先に食事を楽しんでいた他のお客さんたちに魔法をかけていく我が同期たち。哀れ、可哀想な被害者たちはあっという間に蛙や蜥蜴やらの小動物になってしまった。
もちろん私はそんなことしない。というかできない。代わりに、防犯意識の低いこのお店ドアに鍵をかけ、泥棒が来ないようクローズの看板をかけてあげた。ついでに、飾りっけのない寂しい大きなガラス窓に、ベリーの体でもあるブーケを押し当てて色とりどりの花を隙間なく飾ってもみた。
我ながら素晴らしい飾りつけね。
「えっと、店内の掃除は終わったかしら? ならあとはお願いね変態さん」
「結界はいつもどおり、カルナック神殿にかけてあったのと同じにしとく。皆、もう袋とっても大丈夫よ」
変態の言葉に皆が袋を取る。どいつもこいつも目の眩むような美女だ。
「あと私は変態じゃない」
「全裸で布被って目だけ出してるんだから、どうしたって変態よ」
「違う。これは神の姿。メジェド様にあやかっているの。私の名前もメジェドだから」
「ああ、そうだったわね」
自然とため息が漏れた。よく見れば布が鉋屑を張り合わせてできていたからだ。コイツ、平静を装っているが間違いなく興奮している。もうなにも言うまい。
「ねぇテーブルはここで良いかしら?」
ジズが髑髏の杖で蛙や蜥蜴を叩き落としながら聞いてきた。店内で一番良い感じのテーブルだ。誰も文句は言わず席につき、並べてあった食べかけの料理や飲み物を床に放り投げていく。
マナーもへったくれもあったもんじゃない下品さ。でも私は上品だからそんなことはしない。こっそりシラーに隠し持たせて魔女たちから料理を守護してあげるの。他のテーブルも。後日美味しくいただく予定だ。
「よっし、じゃあ今年はアタイの番だったな。小鬼たち、持ってきた材料と店のモノ使って旨いもん作ってくれ」
虎柄ビキニのヤスエが
たぶん店員さんたちの精神を乗っ取ったのだろう。小さな悲鳴が一瞬だけこだました気がする。
私たちにとりあえずビールなどという腐ったルールは存在しない。とりあえず大ジョッキ、だ。それに各々が持ち込んだお酒をなみなみ注いでいく。
手ぶらで来た私たちは乱子の持ってきた、精気たっぷり桃色サキュバスワインを分けてもらった。
「かんぱーい!!」
皆が秒で一杯目を飲み干した。そこへタイミングよく角の生えた店員さんたちが前菜を運んでくる。
『わぁ、小鬼タケノコの前菜だよ。この角みたいなタケノコが美味しいんだいよねぇ』
ベリーが大喜びしている。私も小鬼タケノコは大好物だ。シラーもバクバク食べている。次から次へと運ばれてくる御馳走が私の
持ち寄ったお酒やお店の高級ワインも次々に空けて、どんちゃん騒ぎ。ちょっと、男性ストリッパー呼んだの誰よ!
「はぁ~い、注目~」
ひとしきり盛り上がって思い出話や近況報告を肴にほろ酔いとなった頃、バルルンと胸を揺らして立ち上がった乱子が、もう一度派手に胸を揺らして注目を促した。ブーイングとともに垂れ乳になる魔法が放たれるも、すべて受け流し小動物たちに擦り付ける乱子。
「もうっ。皆、自分の胸が使い物にならないからって僻まないで。飾り物の胸でも胸は胸よ。気にしちゃダ~メ」
特にツルペタな魔法少女メグミに向かって頬っぺたを膨らませた乱子は、次に私を見た。おい、私はツルペタじゃないぞ。その気になればメグミを唆して、乱子の乳首をイチゴみたいにできるんだからな。
「あのね、私と白緑から大事な大事なお知らせなの」
乱子がなにをしたいかわかったので、イチゴ乳首は保留にしてやろう。
私が隣に立つと、計画どおり乱子が杉村と良司さんを召喚した。実はさっき皆を待っている間に話し合い、二人にはサプライズのため近くのファミレスで待機してもらっていたのだ。
魔法陣から現れた杉村の顔を見た途端、皆が二次元からのホムンクルス錬成の成功を、それから良司さんを見て私の処女卒業を称え始めた。
乱子はともかく、お前ら私に対して失礼すぎやしないか?
「ふふっ、残念でしたぁ。この子は正真正銘の人間で私の旦那様なのぉ。名前も杉村っていってピチピチの十八歳よ。さっきまでベッドで凄かったんだから。すっごく大きくて硬いので何度も何度もな~んども求められて、私死んじゃうかと思ったものぉ」
「ちょ、乱子さん……」
くねくね身をよじる乱子の腕を掴んだ杉村の顔は真っ赤だ。正直に言ってすこぶるかわいい反応だった。
祝福ムードは一変、妬みからくる殺気を帯びた妖力が魔女たちから漏れていく。ピシッピシッっと建物の軋む音がその凄まじさを物語っていた。
「は、初めまして皆さん。俺、乱子さんと結婚しました
なにも気付いていない杉村は元野球部らしくビシッと礼をした。どす黒い嫉妬と歪んだ羨望にまみれた魔女たちの視線がますます乱子に突き刺さる。
「ああ~ん、一抜けしちゃってごめんねぇ。でも大丈夫。きっと皆もすぐ結婚できるわぁ。あと千年くらいで」
ハートつきの語尾を思わせる乱子の言い方に、誰もがジョッキを机に叩きつけブツブツと呟き始めた。床に転がる数多のワインボトルが次々と砕け散っていく。
「ちょ、ちょっと! 呪詛なんかやめなさいよ! 乱子の念願が叶ったんだから祝福してあげましょうよ! 私たち親友でしょ!」
「っ、白緑……」
呪詛の対象に私も含まれていそうだったから慌てて止めに入ったら、乱子が感動してしまった。ごめん、ただの保身なのに……。
「ソノセリフ、ミドリモケッコンシタカラ、ト、ウケトッテイイノデスカ?」
タブレット端末から特に強い殺意が向けられる。
『ぷぷっ。白緑が結婚なんてできるわけないのにね』
『まったくです。なんだかんだ言ってこの中で一番の変態は白緑ですからね。あ、ベリー。あっちの魚料理を取ってください』
『だよね~。木の虚に突っ込んで童貞卒業とか言っちゃうんだもん。ホラーだよホラー。あ、そこのお肉とって』
料理に夢中でも、場の空気を変えようと面白話を忘れない優秀な使い魔たち。あとでちょっとばかし話し合おうじゃないか。
「受け取らないで銀花。彼は結婚相手じゃなくて新しい使い魔なの」
「使い魔だぁ?」
「ソノコトバニイツワリハアリマセンネ?」
ヤスエが疑わしそうに見てきたかと思えば、銀花は画面の中を般若の面で埋め尽くしている。
色々言いたいことはあるけど、まあいいわ。ここからは私のターンだもの。たっぷり良司さんの自慢を――
「あら? ねぇ、白緑。その右手……」
しようと思ったらジズが近付いてきて私の右手を取りまじまじと手の甲を見つめ始めた。ジズがこんなに興味を示すのは珍しい。他の皆も側にやって来て私の右手の甲を覗き込む。
すると徐々に黒い形が浮かび上がってきた。
「ぶっ……アハハハハハ!!」
突然皆が爆笑し始めた。
「ミドリ、ウタガッテゴメンナサイ」
「こりゃ結婚なんて無理だな」
「慰めになるかわからないけど、ボク高級紹興酒をプレゼントするよ」
「変態は私じゃなくて白緑で決定ね」
「いくら妖精とはいえ
「やだぁ。白緑、そんな趣味あったなのぉ? そりゃずっと処女のままよねぇ」
え、なになになに? どういうこと?
『うんめぇ、こりゃうんめぇ』
『限界を超えて食べますよ! 小鬼たち、もっと持ってきなさい!』
戸惑う私をよそに、皆大笑いしながら席に戻って飲み食いを再開。不穏な空気は消え去った。杉村もあっさり受け入れられて、再びワイワイ盛り上がっていく。
私と良司さんはポツンと取り残されるのだった。
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