第15話 見習い魔女のとんど焼き
泣きながら清掃作業を終わらせて、熱いお風呂に入ったら少しスッキリした。良司さんが出してくれた新品のふかふかしたスリッパも心を和やかにしてくれる。
しかし、カサリという音でテーブルに置かれたハーブティー。
「落ち着いたか?」
その揺らめく湯気程度では辛い現実を隠しきれないようだ。再び鳩尾に不快感が戻ってくる。
「どうして俺が吐いたか分かってるのか?」
「ああ、悲しいことだが我のせいであろう? 毎日湯に浸かって体も洗っているというのに、刷り込みとは恐ろしい。一種の洗脳だな」
おいおいおい。まさかさっきまで俺が入ってた風呂を使ってるんじゃないだろうな。
「だが、愛する白緑が言うなら我は家事から身を引こう。代わりに眷属たちを――」
「なんにも分かってねぇな!」
『そうだそうだ!』
見ろ。ハンガーに吊るされてエアコンの風に吹かれているベリーもご立腹だ。
「いいか? 俺はお前が嫌なんじゃない。ゴキブリが嫌いなんだ。種族を汚物として捉えている」
「そ、それはあんまりだ。おお、神よ。何故ヒトはゴキブリを忌み嫌うのか」
蹲り泣き始めた魔王。くそっ、人間の姿でそんなことをされると多少なりとも罪悪感が沸いてしまう。それによく考えれば、俺は異世界人だ。この世界の人間の常識に合わせる必要はないのかもしれない。
「えと、すまん。種族が汚物、は、少し言い過ぎた」
「み、白緑……」
顔を上げた魔王の瞳が輝いている。とても純粋そうだ……ふっ、俺が間違っていたな。
なんの役に立ってるのかは知らないが、とりあえず今は同じ世界に住まう生き物同士。どうにか共生の道を模索しようじゃないか。きっと、いい考えが見つかるはずだ。
「なぁゴキブリ魔王。お前、名前は何て言うんだ?」
「……我を名前で呼んでくれるというのか?」
「ああ。俺は竜胆白緑、いずれ真なる魔女になる男だ。仲直りしよう。立ってくれ」
俺を見上げる新たな仲間に手を差し出す。ゴキブリ魔王も笑顔になる。
「我の名はジャック。ジャック・ウルム・ストークだ」
涙を拭い、名乗ったジャックは俺の手を――カサッ。
『へへっ、じゃあもう隠れてなくてもいいよなっ』
おや?
新しい魔法を会得したのだろうか。ジャックの足元から現れた黒い物体。それからはにかんだような声が聞こえる。不思議なことに体が自然と動く。
「ああああああーーーー!!!」
気が付けば、俺ははにかむそいつを踏みつけて、驚愕に見開いたジャックの目ん玉を思い切り蹴飛ばしていた。
「ええっ!?」
『さすが白緑! ぼく分かってたよ。仲直りと見せかけて止めを刺す華麗な騙し討ちだってね。そいつの魅了魔法もしっかりレジストしてて見直しちゃったよ』
驚く良司さんの声と、喜ぶベリーの声が鮮明に聞こえる。
やはりゴキブリ本来の姿は無理だ。さっきのはジャックが人間姿だからこその気の迷いだったらしい。いや、魅了魔法の効果か。卑怯なことをしやがって。
それにだ。思い出してみればあっちの世界でもゴキブリは同じようなもんじゃないか。異世界がどうとか関係ない。世界を隔てようともヤツらの扱いは同じだ。
俺は正気を取り戻したぞ。
一目散にパントリーへ駆け込んで大量の小麦粉をぶちまけてやった。
そして再びのたうち回るジャックに殺虫剤をしこたま吹きかけ、コンロのガス管を外す。
「うっ、白緑君なにを――」
ガスは駄々漏れ。思った通り魔法物件にありがちな違法建築だ。急いで箒を掴みベリーとシラーを良司さんに持たせると家を飛び出した。
それから”私”に変身し、なけなしの魔力を使って小さな小さな火球を作り家に放り込む。私だって本気になれば爆発くらい起こせるのだ。
『ひゅ~う、人ん家を爆破だなんて白緑悪い子~。でも炎の魔女になったみたいでなんか感動するね~』
爆風に飛ばされながら箒を操り、上昇気流に乗って同期会の会場へと向かった。
箒の後ろで良司さんが何か言っている。でもまったく耳に入ってこない。
「最強の
結局、艶々顔の乱子がやって来るまで、私は
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