第14話 見習い魔女と豪華なランチ

 さて、すったもんだあったが衣食住の衣と住は確保できた。


 衣は元々ベリーが担当していたから新鮮味はないが、住となった良司さんの家はなかなかに居心地が良い。本当、使い魔様様である。


 あとは同じく使い魔のシラーが食を担当してくれれば言うことなしなのだが、どうも困ったことにゴキブリ魔王がでしゃばってくる。


「我は家事が得意なのだ。すべて任せるがよい」


 などど言って、昼食を作ろうとキッチンに立とうとするのだ。


 いくら見た目が長い触角を持ったイケメン魔王とはいえ元はゴキブリ。ばっちいの次元を遥かに越えている。例え何かの過ちで許したとしても、あっという間に正気に戻ってキッチン丸ごと火炎消毒PKファイアーだ。


「頼むから一切の家事に関わらないでくれ。むしろ必要な時は呼ぶから裏で好きにしててくれると嬉しい」

「それではせっかく白緑の側にいられるという幸運の意味がないではないか。それに我は早く封印を解いて欲しいのだ」


 言い終わると同時に目を閉じてキス待ち顔になるゴキブリ。すると俺の左耳をシュンシュンシュンッと風切り音が通りすぎていった。


「うぎゃーー!!」


 シラーが凶悪武器改造ネイルガンを発射したようだ。顔を押えてのたうち回るゴキブリには悪いが、あの辺りは徹底洗浄の後、滅菌処理してもらおう。


 あ、良司さんが救急箱を取りに走った。なんてこった。良司さんはゴキブリにも優しいのか。どうせすぐ元に戻るんだから放っておけば良いのに。やはりできる大人は違うんだな。


『はぁ。これは素晴らしい武器ですね』


 俺の肩から飛び降り追撃の構えをとったシラーがうっとりした声を出した。あんな恍惚とした顔、この三十六年間で一度たりとも見たことがない。


「ほどほどにしとけよ。後で仕返しされたって知らないぞ」

「ケヒヒ」

「え?」


 今、シラーから聞いたことのない笑い声が聞こえたような気がする。


『うわぁここにきてシラーの本性が……』

「は?」

『あ、ううん。なんでもないよ。あ~! もうぼくお腹ペコペコだよ! ねぇお昼ご飯は良司が作ってよ~。でも夜に影響がない程度にしてね。久々の魔女の宴サバトなんだから』


 ふわふわっと俺から離れ、救急箱片手に戻って来た良司さんにまとわりついたベリーは知っているらしい。俺の知らないシラーの本性を。


 生人形の性格が可愛さに応じてクソになっていくのは俺もこの身をもって知っている。だが、シラーはどうなのだろう。可愛いといえば可愛い。しかし良く見れば目付きも悪けりゃ体格もずんぐりむっくりだ。なにより尻の穴が二個もある。


 ただ大学の頃、シラーのその特徴はずいぶんウケており、ア●ルが二つなんて斬新で可愛い過ぎると、えらくもて囃されていた。


 う~む、可愛いとはいったい……。


 スマホの操作をしなが少し考えてみる。が、プルルルという呼び出し音を聞く頃には興味がなくなっていた。


「なに? まだ同期会には早いよ?」


 お、でた。じゃあ頭のスイッチを”私”に切り替えて声も調節してっと――


「ごめん寝てたかしら? 悪いんだけど今から出てこられない?」

「やだよ。見たところ太陽がかんかん照りじゃないか。私に死ねって言ってるの?」


 どう見たって寒波厳しい曇天なのに、酷く面倒臭そうな物言いをするじゃない。さてはまだエジプトにいるのかしら。


 電話の相手は日光が大嫌いなエジプト人なのだ。


「今どこ?」

「私を最高の高みに連れていってくれる大工ジプトの誇る――」


 チッ。お楽しみ中を邪魔しちゃ悪いと思って乱子にはかけなかったのに、こっちもお楽しみ中だったか。


 文字に起こすとややこしい場所にいるこいつは魔女大二人目の同期。薄汚れたガラクタ狂いの魔女グライミースカベンジャーの異名を持つ変態、だ。


「またそこなの? いい加減、鉋屑かんなくず遊びなんて止めなさいよ」


 どうやらこの変態が今いるのはエジプトではなく、彼女お気に入りのスウェーデン人大工だいくさんであるジプト氏の仕事場らしい。変態はジプトさんの削った鉋屑かんなくずを身に纏うと最高に興奮するという。


 困ったことに、そうなると変態が一回喘ぐごとに様々なことが起こる。この世の誰かがあの世の誰かと一分間入れ替わったり、ささやかな不幸に見舞われたり、出来心でつい痴漢や横領しちゃいました、とかだ。


「あんっ……ねぇ今いいとこなの。切るよ」

「いや待って待って! 巨大ゴキブリ妖精の体液が手に入ったの。欲しいでしょ? だから取りに来て。ほら、同期会には持って行きにくいじゃない?」

「欲しいけど、ンッ……本当に今良いトコだから」


 ああ、駄目だ。たぶん今、全裸で鉋屑を体に巻き付けてもらってるところっぽいわ。毎回やらされるジプトさんも災難なことだ。


「ゴキブリの体液くらい心配しなくても平気よ。だって私ら七人、誰かが飲み会へ両手になみなみ、破顔一笑でイケメンのゲロ拾ったよって現れても、別団体のどの女に飲ませるかで盛り上がれる仲じゃない」


 いや、まあそうだけど。あ、切りやがった。もうっ、彼女ならゴキブリの残骸や体液も嬉々として回収してくれると思ったのに。


 やっぱり乱子……いや、止めておこう。積年の願いが叶っている最中なのだ。邪魔しちゃどんな報復をされるか分かったもんじゃない。


「良司さん、掃除道具ってどこにありますか?」


 ゴキブリの手当てを、今から食事を作るんだからとベリーに邪魔されている良司さんに声をかけた。


「ああ、いいよいいよ。この家、家事代行付きだから。いつも僕が寝た後や仕事に行ってる間に綺麗にしてくれるんだ。ご飯も食材を置いとけば朝昼晩と違うものを作り置きしてくれるよ」


 ほう、それは凄い。ああ、もしかしてそういう曰く付き物件なのかもしれない。とはえいえ、ゴキブリの体液。お願いと申し訳なさを伝える手紙くらい書いてもバチは当たらないだろう。


 パントリーにでも置いておけば読んでくれるだろうか。


「うわっ、なんですかこの大きな袋の山は……」

「ああ、小麦粉だよ。最近はパンも手作りしてくれるようになったから、たくさんストックしてたんだ。たぶん、お昼も冷蔵庫にあるんじゃないかな。僕、昨日はなにも言わずに家を出たから」

『そうなの!? わ~い、ご飯だご飯だ~!』


 ベリーが心底嬉しそうな声で大きくて高級そうな冷蔵庫に飛びついた。


『うわぁ、見てよこれ。凄いよ』


 ベリーに言われて良司さんと一緒に冷蔵庫を覗き込む。


「凄い。親父が作る誕生日ご飯みたいだ……」


 知らぬまに垂れていた涎をこっそり拭いてベリーを見た。俺と同じ事を思っていたようで、今にも光り出しそうだった。


『早く食べよう! テーブルに持っていくね!』


 ローブベリーの腕部分が解れていき、冷蔵されているすべての料理を掴んでいく。


「せっかくだから雰囲気作りもしてみようか。白緑君は座って待ってて」


 あれよあれよという間に、どこぞのビュッフェ式晩餐会にも引けをとらぬ豪華な食卓が出来上がった。


「シラー、ご飯だぞ!」


 裏に逃げ込んだゴキブリ魔王を追いかけ回しているシラーに声をかけるも、返ってきたのはラリったような、発狂したような形容しがたい笑い声のみ。


『放っとこうよ。きっとご飯より楽しいことしてるんだよ』


 ベリーはそう言って料理に手をつけ始める。


「っぽいな。じゃあ俺も。いただきます」

「白緑君、こっちも美味しそうだよ」


 良司さんが次々と料理をよそってくれる。自分はそこまで食べないのに、俺がもりもり食べるのを心底嬉しそうな顔で見てくる。


「ちょっと失礼するね」


 と、いつものように良司さんがトイレに立つ。やっぱり頻尿は大変そうだな。


『白緑、そっちのカルパッチョとって。あと向こう側のお肉にトリュフとか雲丹とか乗ってるのも』


 品数は多いがどれも一人分しかない。元々、良司さんのために作られたのだから仕方ないが、このままではすべてベリーの繊維の中に収まってしまう。


「断る。ベリーは食べ方が汚いからな。一皿ずつゆっくり優雅に食べる練習をした方がいい」

『そういう白緑こそ、家の壁に噛りつくような取り返しのつかない下品? 非常識? なんだからお皿でもペロペロ舐めてなよ』


 ずいっと、ソースの筋だけ残された皿が目の前に差し出された。


 俺とベリーを包む空間にピリッとした何かが走る。次の瞬間、醜い料理の奪い合いが始まった。いや、醜いのはベリーだけか。


「うわぁ、白緑くんてこんなにガッついて食べたりもするんだね」


 料理を八割ほど食べきったあたりで、いつの間にか戻ってきていた良司さんがどこか黄色味を含んだ声を出した。


「うむうむ。本来は良司のために作ったのだが、そうも旨そうに食ってもらえると、我としても嬉しいぞ」


 良司さんの隣にはボコボコに腫れ上がった顔面のシラーをむんずと掴んでいるゴキブリ魔王が立っていた。


「え……今なんて?」

「む? 我も嬉しい――」

「違う! その前だ!」


 急に込み上げる吐き気、血の気が引くような寒気と溢れでる嫌な汗が全身を小刻みに震わせていく。


「我が作った。のことか?」

「うぉぇぇぇぇ!!!」

『げぇぇぇぇぇ!!!』


 俺もベリーも、胃液が尽きるまで床にすべてをぶちまけ、発動することのない日本人専用過剰清潔魔法の詠唱をひたすら繰り返すのだった。






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