第13話 見習い魔女と黒き妖精

 ※ベリーからのお知らせ。

 今回はちょっぴり刺激が強い内容だよ。心臓が弱い人は気を付けてね。



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      第13話 見習い魔女と黒き妖精




 迫り来る数多の鬼火ウィル・オ・ウィスプ。奴らはカサカサという特有の音を立てながらもうすぐそこまで来ている。


 シラーやベリーに助けを求めようにも姿が見えない。良司さんもだ。主のピンチに駆け付けない使い魔になんの意味があろうか。あいつら三人はクソだ、ごみ屑だ。


 しかもベリーがいないから私の格好はパジャマ。防御力云々とかいうレベルじゃない。


「あああ、鬼火ウィル・オ・ウィスプの弱点はなんだっけ。久々過ぎて思い出せない!」


 鬼火ウィル・オ・ウィスプは幽霊系の中でもわりと厄介な方で、触れると凄く冷たい。焼けるような冷たさと言えばいいだろうか。とにかくこんな数に襲われたらショック死かよくて凍死。


 床に散らばる木の破片や枯れ葉を投げ付けて威嚇をするも、それらを取り込こまれて炎を大きくするだけだった。


 この揺らめく青白い炎のせいか、時折景色がざわざわ動いて見えるのも気味が悪い。


「水、そうだ水をぶっかけて――」


 いやいや、ただの火の玉じゃないんだから水をかけても無意味だって習ったじゃない。大学で消火実習をしたけど二十年以上前だし、そもそも鬼火ウィル・オ・ウィスプなんて現代じゃ滅多に出会でくわさないから対処法なんか綺麗さっぱり忘れてしまった。


「ダ、ダメ! 全然思い出せない!」


 四方八方から揺らめき寄る鬼火ウィル・オ・ウィスプ。ぶつかる、と思ったその瞬間、勇ましい声が響いた。


「止めないかお前たち!」


 白馬に乗った王子様を思い起こさせる声、または勇者が颯爽と現れたかのような安堵感、あるいは威厳ある魔王の命令……。


 ピタッと止まった鬼火ウィル・オ・ウィスプたちが、どこか残念そうな雰囲気で声のした方向へ飛んで行く。


 鬼火ウィル・オ・ウィスプが去ると、室内がずいぶん薄暗いのだと改めて気付く。


「驚かせてしまってすまぬ。このものたちも悪気があったわけではないのだ」

「ヒィッ!」


 小さな悲鳴をあげてしまった。でも仕方がない。絶対誰でもこうなる。そうじゃない人がいれば超人だ。


 なんと鬼火ウィル・オ・ウィスプたちに照らされて浮かび上がった声の主は、二メートルはあろうかという壁に張り付いた巨大なゴキブリだった。喋っているからたぶん妖精なんだろう。


「あああああああああああああ!!!!!」


 私はあまりの恐怖に変身を維持できなくなった。


「なっ! お、お前は――」


 巨大なゴキブリの妖精は、ブゥンっと音を鳴らし飛び立った。


「い、嫌だ! こっち来るな! シラー、ベリー、良司さん! た、助け、ひぃぃぃ!」


 飛んで来るグロテスクな腹になす統べなく押し倒された俺は、ギチギチと音を立てるゴキブリに頬擦りされてしまう。


「白緑! ああ、よもやお前が我が屋敷を尋ねて来くるとは! 感激の極み!」

「あ、あがっ……」


 怖いし気持ち悪いしで息が上手くできない。


 こういう時こそ吸血樹鬼本来の力で薙ぎ倒し、息の根を止めるべきなだが、何かの魔法にでもかけられたのだろうか。体が硬直してなにもできない。


「一兆五千億といる同胞の中から我を選んでくれたのだな。その想い、存分に受け止めた!」


 なんか知らんが勝手なことをほざくゴキブリ野郎め。くっそう、何とかしてえぇぇあああぁぁぁ! 足掴んじゃったよ、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!


「ふふ、積極的だなみど――ぐおぉ!」


 体を擦り付けてくるゴキブリが、プシューっという音と白い煙に包まれて苦しみだした。


「白緑君、逃げて!」

「このっ! 白緑から離れなさい害虫!!」

『ほら、白緑! ぼくに掴まって!』


 ベリーが俺の腕を引っ張ってゴキブリの下から救いだしてくれる。おお、先に入った三人はこの巨大ゴキブリに気付いて殺虫剤を取りにいっていたのか。ありがとう我が愛するしもべ、いや親友たちよ。


「ああああ気持ち悪かったよぉぉ。怖かったよぉぉ」

『泣くのは後で! まだ終わってないよ』

「毎度毎度、種族単位で白緑をストーカーしやがって。許しませんよ!」


 シラーがどこからか持って来たネイルガンを発射してをゴキブリを床に縫い付けた。あの威力、間違いなく改造されている。そして珍しく攻撃的なベリーも、身体ローブの繊維を解してゴキブリを貫く……のは止めて、転がっていた木の棒で滅多打ちにしている。


 しかしゴキブリのしぶとさは皆の知るところ。一瞬の隙をついて逃げ出すと、鬼火ウィル・オ・ウィスプに取り囲まれて防御を固めてしまった。


「ひ、酷いではないか」


 ゴキブリが被害者ぶった声を出す。


「酷いのはそっちだろ! 毎度毎度、嫌がる俺に群がりやがって! お前らなんか絶滅しろ絶滅!」


 ううう、今すぐ風呂に入りたい。


「何を言うか。我等が絶滅すれば人も滅ぶというのに。それに封印されている我の屋敷に赴いたのは白緑ではないか。それつまり、我の妃になるということだろう?」


 はぁ? 訳の分からない理論をのたまう害虫め。


「お、俺は良司さんの家に来たんだ! 今日からここに住むんだよ! 良司さんとな!」


 ゴキブリ専用の殺虫剤を両手に持った良司さんの後ろに隠れて反論する。


「ぬ? お主は十年ほど前から表の方に住み着いた人間ではないか」


 え、十年前? てことは三十一歳で八千万円……JRRてそんな儲かる仕事なのか?


 いやいや、今はそんなことどうでもいい。


「こ、この家は良司さんのものなんだ。封印なら俺が解いてやるからさっさと出ていけ!」

「おお、我の封印を解いてくれるのか。それは助かる。我には使命があるのだ。さぁ、早く封印を解いてくれ」

「じゃあ約束しろ! 封印を解いたら出ていくって!」

「……よかろう。しかし、封印が解けなかった場合は白緑は我の妃となれ」

「断る!」


 あっぶねぇぇ。勢いで大口叩いたけど、よく見たらこのゴキブリ、超古典的な方法で封印されているじゃないか。


「な、なぜ断る?」

「うるさい!」


 誰がゴキブリなんかとキスするものか。これはあれだ。生贄を探して来る必要があるな。


「お前、妖精だろ? なら変身くらいできるよな?」

「ぬ、まあ人の姿に変身するくらいなら容易いことだ」


 ゴキブリが少し震えたかと思うと、長身の男に変身した。長い触角が気になるけど、ファンタジーBL漫画にでも出てきそうなザ・イケメン魔王みたいな風貌だ。まあいいだろう。


「ちょっとそこら辺歩いてる女の人連れてくるから待ってろ」

「ならぬ! 封印を解くのは白緑でなくてはならぬ!」

「なんでだよ」

「初めて口付けは白緑がいいからに決まっている」


 チッ。こいつ分かってやがったな。


「それは無理だ。う~ん困ったな。封印は解けない、お前は出ていかない……よし、仕方がないから殺そう」

「えっ!?」


 良司さんが驚いている。しかし俺は妖精とはいえゴキブリと共存できるような出来た生き物じゃない。


「死ね! この害虫!」


 良司さんの手から殺虫剤を取りゴキブリ魔王に噴射する。


「ふっ……我を殺す、か。なかなかに面白い冗談ではないか」


 煙の中で不適な笑みを浮かべたゴキブリ魔王が鬼火になにか指示を出した。


「げぇ!」


 鬼火を取り込んで傷を治癒してやがる。最悪だ。そんなことできるのは――


『ネクロマンサーだ! こいつゴキブリのくせにネクロマンサーだよ!』


 ベリーの驚きは当然だ。ネクロマンサーはヤバイ。


「どうするんですか白緑? 私たちじゃネクロマンサーなんてひっくり返っても勝てませんよ」


 シラーの言うとおりだ。となると各なる上はこれしかない。


 ごくりと唾を飲み込んで、シラーとベリーに指示を出す。悪いが念話の届かなかった良司さんは放置だ。


「いくぞ!!」


 俺の合図にシラーとベリーが覚悟を決める。


「今だ!!」


 ゴキブリ魔王の傷が完治する前に飛び出した俺たち。一直線にその足元へ走った。


「「「すみませんでした!」」」


 武器を捨て、一糸乱れぬ美しい土下座で許しを乞う。


 吸血樹鬼本来の力で戦ったとしてもネクロマンサー相手では厳しい戦いとなるに決まっている。ましてや今の俺では太刀打ちできない。情けないかもしれないが、これがベストの選択だ。


 見ろ、ゴキブリ魔王が呆気にとられている。


「い、いやなにもそこまで……白緑は我が種族のカリスマなのだ。た、立ってくれ――ぐっ!」


 おや? さっき取り込んだ鬼火たちがゴキブリ魔王から次々と出て行っている。なにやら文句を言っているみたいだ。塞がりかけていた傷も開いていく。


『ねぇ白緑。あいつ責められてるよ。白緑に意地悪するなんて許さないって』

『使えそう……ですね』

『ああ、分かってる。これはちょっと強気にでても良さそうだな』


 思わぬ展開だが、付け入る隙を見つけられた。


「お、おいゴキブリ! 封印を解くには対価が必要だ。その対価に俺は、お前が俺のために働くことを求める。その働きが封印を解くのに必要な分だけ成されたなら、その時に解放してやろう。できないって言うなら、他のゴキブリたちと仲良くする」


 そんなつもりは更々ないがまあ良いハッタリにはなるだろう。それに要はキスをせずに封印を解けばいいのだ。そこらへんは魔女大の同期会で相談すれば解決できるだろう。


 あともしかすると、このゴキブリの親玉みたいなのを使えば、余計なゴキブリ被害を減らせるかもしれない。


 鞄の中やポケットに侵入されたり、畳んであるパンツに潜まれたり、後を付けられたり、添い寝される危険が排除できるかもしれないのだ。


「なんと! そのようなことで白緑は我が側にいることを許してくれるのか!? これまでどんなに美しい同胞が愛を囁いても靡くどころか即めっしていたあの白緑が……」


 ギチギチいうあれが愛を囁いてたっていうなら、永遠に愛が実ることはないだろうよ。


「フフフ、聞いたか我が同胞たちよ! 白緑は我を選んだ! 影でこそこそ覗き見しているそなたはらは諦めることだな! 早々に立ち去るがよい! もしくは我と一つになれば――」


 んんん?


 ゴキブリ魔王が言い終わる前に、壁や天井がガサガサ動き始めた。


「あ、あああ……」


 なんてこだ。どうやら部屋が薄暗かったのは、ゴキブリがところ狭しと密集していたかららしい。


 それらはズゾゾゾゾゾっと蠢いたかた思うと、鬼火ウィル・オ・ウィスプと同じ光を放ちゴキブリ魔王に吸い込まれていった。と同時に幾千万ものゴキブリが一斉に降ってきた。


「ヒイイイイイッ!!!」

「うわぁぁぁ!」

「良司、ベリーに掴まりなさい!」


 ベリーがバサッと俺に覆い被さって全速力で外に運んでくれる。咄嗟にゴキブリの雨から顔を守ろうと動かした手の甲に嫌な感触を残したが、なんとか助かった。


 黒い縦長の渦巻き状の出入り口、イビルゲート。それはその名に相応しい悪魔の住処へと続く門だったようだ。


「しばらくは表の家で生活しましょう」

「そう、だね……ゴキブリ駆除の業者を探しておくよ」


 俺たちはなにも見なかったことにして、表のドアから家に入った。


「さあ先ずは何からすればよい?」


 なのに、さっきより一回り大きくなったゴキブリが俺たちを待ち構えていた。どうやら裏と表は繋がっていたらしい。


「とりあえず、俺の視界に入る時は必ずさっきの変身した姿で頼む」

「お安いご用だ」


 こうして俺は新居と新たな同居人を一度に手に入れることとなった。


 同期会で話すネタが増えて何よりだよチクショウ!

 

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