第12話 見習い魔女と使い魔の館

 とりあえず良司さんには、この異様な城が真っ白な壁の庭と暖炉つき一戸建てに見えるらしい。


 結婚を夢見る乙女か。


 長年見習い魔女をやっている私でも、ここまでのTHE・いわくつき魔法物件、そうそうお目にかかったことはないんですけど。


 私たちは真南の路地から真っ直ぐここへ来た。南西に小学校、北に高校、南東に中学校が建っていて、円形の道が城を囲んでいる。そして北西と北東方向にも直線の道が伸びている。


 詳しいことは分からないけれど、何かしらの何かが施されているのは明らかだ。しかもさっきからキルジャッキルジャッって聞こえる。なにこれ、恐すぎる。こんなことなら乱子について来てもらえばよかった。


「……ちなみにいくらだったんですか?」

「え~っと八千万くらいだったかな。一括で払ったからもうちょっと安くしてくれたと思うけど」


 はっせ――


「白緑! 気をしっかり! は、八千万なんて……八千万なんて……ぐっ!?」

『シラーも落ち着くんだ! 深呼吸してあっちの実家を思い出して! 八千万がなんだっていうんだよ! 父親のパンツ一枚より安いじゃないか!』


 ああ、シラーとベリーの声が遠くでこだましている。


 ぼんやり呻き声のする方をみれば、シラーが心臓を押さえて地面に転がっているし、パンツより安いとか言うベリーはショックで頭がおかしくなっちゃったみたいね。


「……さん? 白緑さん?」


 はっ! 


 八千万円の一括払いとかいうえげつない財力の前に、何処かへ行きかけていた。ただ不安を紛らわせようと聞いただけなのに、余計な負荷で心臓が押し潰されそうになってしまったじゃない。


「と、とりあえず中に入りましょう」

「うん。あれ? 入口はそっちじゃないよ」


 おや、良司さんがなにもない壁に手をかけている。ああなるほど。普通の人にはあそこがドアなのか。


「良司さん、そこは壁です。たぶん、本当の入口はこっち」


 私が指差したのは、小学校側の道。正確にはそこをぐるっと進んだ良司さんが手をかけている壁の真反対側だ。


 苦しそうに転がっているシラーを拾って良司さんを先導していく。よく見れば、城のこちら側には枯れた葉っぱや豆のようなものが散見される。


「あっ」


 盛り上がった地面に足を取られてしまった。けれど良司さんが支えてくれたお陰で転ばずに済んだ。


 ん? 良司さんが離してくれない。顔をあげると、口をあんぐり開けて城を見ていた……ほぉほぉ、触れ合ってると見えるのか。


「どうですか? 普通の一戸建てに見えます?」

「見えない。ピサの斜塔をお化け屋敷にしたみたいだ」


 この口ぶり。きっと良司さんは実物のピサの斜塔を見たことがあるんだろう。スーパー●リオワールドの城とか表現した自分が恥ずかしくなる。


「それにしてもさっきから凄く良い香りがしますね。なんの匂いなんだろう」

「え? そ、そうかな?」


 私を立たせながらやや嬉しそうにはにかんだ良司さんだけど、あなたからじゃない。すみません。


 う~ん、始めはフワッと甘くて、次にこってりしたエルダートレントのグリーンシチューを思わせるような香りになって、幻のユグドラシルステーキみたいな……


「み、白緑さん!?」


 うんうん、やっぱり思った通り。こっちの世界に来て初めて味わう異世界むこうの味。


「突然壁に噛み付くなんてどうしちゃったの!?」


 良司さんが体を揺さぶってく――はっ!?


 私、今、何を?


「落ち着きなさい良司。白緑は樹木に興奮するド変態ですからね。いつものことです」

『そうそう、夜な夜な理想の樹木を求めて近所の公園や森でナンパするんだよ。しかも噛み付き癖もあるし、オカズは樹木図鑑なんだ。気持ち悪いよねぇ』


 こ、こいつら……いつもはノリノリであの公園のムクノキ君が良い子そうだったとか、新しく駅前に植樹されたプラタナスちゃんが良さげな雰囲気だったとか言うくせに。


 特にシラー! さっき私が拾ってあげた優しさをこんな形で返すなんて酷い!


「そんな真っ赤な顔しなくても大丈夫だよ白緑さん。誰にだってちょっと変わった性癖ってあるものだから」


 微笑んでいる良司さんに、余計に羞恥を煽られる。


「今のは忘れてください」


 サッと良司さんから離れて進んでいく。が、顔の熱が収まらぬまま真の入口に着いてしまった。


 良司さんにはなにも見えていないようだったので、仕方なく手に触れる。するとさっきのように目を見開いていた。


「こ、これが入口?」

「そうです。なんだか真っ黒な旅の扉みたいですよねド●クエの」

「僕はイビルゲートの方がしっくりくるかな。聖剣●説2の闇魔法」


 負けた。良司さんの言うとおり。イビルゲートの方がしっくりくる。


「そういえばあの魔法って低確率でシャド●ゼロってのがちょこちょこ走ってきてダメージを与えるんだよ。当時はネットなんてなかったら、友達に言っても全然信じてもらえなかったなぁ」


 私の悔しさなど気づきもせず、懐かしそうな顔で私の知らない情報を口にして入口に近付いた良司さん。


「こうやって手を離すと見えなくなるのも不思議だなぁ。中にはなにがあるんだろう。凄くワクワクするね」


 まるで子供のような顔で振り返った良司さんだが、可哀想に、さっさと入れとシラーに蹴り飛ばされて城の中に姿を消していった。


「後輩イジメだ」

「そんなことはありません。中に危険がないか確認するのは使い魔として当然です」


 澄ました顔で言うシラーだけど、私は今まであんたたち二人にそんな気遣いをしてもらった記憶はない。


『ところでこれさぁ、どう見たってナール空豆の木だよね。切り株だけど。どうしてこっちの世界にあるんだろ』


 コートになっているベリーが、一部手の形になって城の壁をペタペタ触る。


「さぁ。私たちみたいな例もあるんだし、誰かが持ってきたんじゃない? だいたい千五百歳くらいかなこのイケ老木。噛った感じからすると、元は別の土地にいたんだと思う……ナシじゃないわ」

「キモッ。まぁ異世界渡航及び干渉に関する規制なんて最近できた決まりですし、ザルだった昔に誰かが持ってきたんでしょうね」

『そっか~。ま、とにかく早く済まそうよ。魔女会サバトまであと数時間だよ。遅刻なんてやだからね。あと白緑キモッ』


 シラーはペッタンペッタン飛び跳ねて入口へ。ベリーも私から離れて先に入ってしまった。


「さ、寒い!」


 予期せぬ寒さとキモいと言われた怒りも手伝って、私は勢いよくイビルゲートみたいな入口に飛び込んだ。新しい家で古参の使い魔二人と仲良く・・・追いかけっこも悪くない。


「ぎゃーーーーー!」


 だけど、飛び込んだ先で見たのは地獄だった。


 なんと大量の鬼火ウィル・オ・ウィスプが湧ていたのだ。叫び声を上げた私に気づき、鬼火ウィル・オ・ウィスプたちが一斉に飛びかかってきた。

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