第4話 見習い魔女と懐事情

 旧水底駅から帰宅すると、ずっと退屈していたシラーとベリーは森へ遊びに行ってしまった。けれど、私は眠たすぎて即バタン。目が覚めると夕方の五時だった。


 枕元に置かれた、母の字で書かれたお疲れ様と父の字で書かれた頑張れが泣ける小さな二つの封筒が目に入る。


 感謝の祈りを捧げ、私から俺に戻りシャワーを浴びて色々な物を洗い流す。両親は出かけているようで、家の中は薄暗い。


 自室に戻る途中、少し寄り道をした。玄関にだ。首からタオルをかけてパンツ一丁のまま姿見の前に立つ。


「ふっ……」


 いくつかポーズを取ってみたら自然と笑みがこぼれた。


「ふんふふ~ん♪」


 鼻歌を歌いながら自室へ戻り、ベッドにどかっと腰を下ろす。そして、そうでもない上原さんにもらった紙袋を手繰り寄せた。


 お待ちかねのギャラ確認。


 ギャ~ラ確認、あそ~れギャ~ラ確認っと。妙なテンションなのは睡眠時間が短いからだろう。


 俺はそのまま頭の中でギャラ音頭を奏でつつ紙袋に手を入れた。


「え~っと、これは……」


 まず取り出したのはJRRのロゴが入った金属の箱。その下には……おお!!


「新年水溜まり弁当だ! しかも三つも!」


 そういえば父にお土産を頼まれていたのに、すっかり忘れていた。冷蔵庫に入れていなかったが、今は真冬だし部屋に暖房もつけてなかったから問題あるまい。お土産はこれに決定だ。


 たぶんこの弁当が上原さんの言っていた”色”の部分だろう。


「てことはこっちが……は?」


 先に取り出した金属の箱を開けると、透明な小瓶が二つとやたら綺麗などんぐりが十個。


 思わず天を仰ぐ。天井に止まっていたてんとう虫が飛んでいくのが見えた。ギャラ音頭もピタリと止まる。


 なんだこれ。俺、リスかなんかだと思われてる?


 なんて冗談を挟んで心を落ち着かせる。もう一回、箱を閉じて開けてもやはりそこにあるのは小瓶とどんぐりだった。


「これだもんなぁ。現物支給は止めてくれって魔女協会経由でお願いしてるのに」


 もちろんただの小瓶ではないし、どんぐりもそれなりの価値がある。


 小瓶は草原の夜風と大空の春風を閉じ込めたものだし、どんぐりは甘酸っぱい妖力の蜜が見た目の百倍は詰まっている。こっち関係のお店で買うとなると小瓶は一つ八千円で、どんぐりは一つ千三百円くらいだろう。


 ただし、魔女や業界関係者に特別需要があるのかというとそうでもない。しかも一般人にはただの小瓶で、ただのどんぐりでしかない。つまりお金に変えるのが非常に難しい代物というわけだ。


 もしかするとお年玉で浮かれている近所のガキんちょたちであれば買ってくれるかもしれないが、竜胆家の末っ子が子供相手にあこぎな商売をしていると噂がたちそうで怖い。


 というより彼らの貴重なお年玉を搾取することなど俺にはできない。だって、お年玉は小さな夢を叶えるために与えられる親心の結晶だろ。


「どうするべきか。魔女大同期会の会費は五万もするんだよなぁ」


 昼間の仕事で稼いだお金もあるのだが、それは生活費だから手を付けられない。


 貯金? 馬鹿言っちゃいけない。そんなもの俺が新しい魔法を覚えるくらい高難易度の行いだ。


 本当は会費が高すぎるから同期会は欠席したい。年々如何わしい飲み会になっていっているのもちょっと嫌だし。


 でも来なきゃ同期全員で呪うって脅されているしなぁ。四十代の魔女になったあいつらの呪いなんて、きっと毎日ケツの穴が一ミリずつ切れていくとかそういう尖った呪いに違いない。絶対に嫌だ。


 あと口実とはいえ俺の誕生日会も兼ねてるってのがなぁ。毎年、魔力の宿った何かをくれるんだ。だから何だかんだで毎年参加している。


「どうやって小瓶とどんぐりをお金に変えようか」


 しばらく悩んでいたら、蝶々がやって来た。僅かな窓の隙間から強引に侵入してきたそいつは、青黒色の羽根をヒラヒラさせて俺の顔の位置までやって来る。


 そのまま俺と向き合うよう垂直になった蝶々。その隣にはさっき飛んでいったてんとう虫がいる。


「よぉ、万年見習い。こいつから聞いたんだけど、いいもん持ってるらしいじゃないか」

「は? いや、初対面だろ。失礼なやつだな」

「事実じゃねぇか。それともゴキブリのアイドルかカブトムシのライバルの方がよかったか?」


 ニヤニヤ顔で嫌なことを言う虫め。


「お! いいじゃんいいじゃん、旨そうだなぁ。おい、見習い。このどんぐりくれよ」


 くれよと言いながら、既にどんぐりにベタベタ触っている厚かましいこいつは妖精。蝶々の妖精だ。


 この世界では妖力や霊力を持った虫のことを妖精と呼ぶらしい。俺のいた世界とはだいぶ違う。


「それは明日の飲み会代に変えなきゃいけないんだ。お前、日本のお金を持ってるのか?」

「いいや。そんなもん妖精が持ってるわけねぇだろ」

「じゃあやれないな」


 俺は妖精からどんぐりを取り上げた。


「あ~あ、やだやだ。見習いはケチだな。普通の魔女なら好きなだけ持ってけって言うぞ」

「それは余裕があるからだ。俺にはない。見ろ。四十六にもなったってのに俺は両親からお年玉をもらってるんだぞ」


 枕元に置いてあった例の封筒を見せつけてやる。案の定妖精はうわぁって顔になった。


「お前……噂以上にヤバいやつだな」

「うるさい」

「分かったよ。なら俺の燐粉と交換でどうだ?」


 哀れみの視線が突き刺さる。ついでに、てんとう虫からも可哀想なものを見たという雰囲気が漂っていた。おそらくこいつも妖精だろう。


「妖精の燐粉か」

「言っとくけど、俺はなかなか珍しい蝶の妖精なんだぞ。本当は初恋どんぐりなんかじゃ釣り合わないけど、お前可哀想だからな。特別だ」


 虫に可哀想って言われた……ええい、本当かどうか知らないがそこまで言うなら乗ってやろうじゃないか。


「よし、交渉成立だ。何個いるんだ?」

「こいつの分と合わせて八つ」

「ん? 八つでいいのか?」


 てっきり全部寄越せと言われるかと思ったのに。


「欲しいは欲しいけど十個は運べないからな」

「そうか……じゃあ、またなんか必要になった時は力になるってのはどうだ? 燐粉、貴重なんだろ? 俺は用意できなくても魔女の知り合いは多いから」

「そりゃいいや。無理難題吹っ掛けてやるから覚悟しとけよ」


 妖精はキシシっと笑って紙袋の底が隠れるくらい燐粉を落とすと、ティッシュに包んだどんぐりを持って飛んでいった。帰りは窓をしっかり開けてあげた。


 去り際にてんとう虫も小さな塊を俺の手に落としていった。小さな声でありがとうと聞こえたような気がする。


 棚から空き瓶を取って燐粉を入れる。てんとう虫の塊も同じようにして眺めてみる。


「ただの綺麗な燐粉と虫の分泌液が固まったものにしか見えないけど……」


 妖精図鑑や素材図鑑を見てもよく分からない。念のため昆虫図鑑にも目を通したが分からなかった。


 こういうことは母に聞いてみよう。


 俺は新年水溜まり弁当を持ち、リビングで母の帰りを待つことにした。

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