第5話 見習い魔女の切り札

 チクタクと時計の音が部屋に響く。


 両親の帰りを待ち続けること六時間。正月特番にも飽き、森から戻ったシラーとベリーとの会話も尽き、こたつで一眠りも二眠りもしたが、両親はまだ帰らない。


「これは仕事っぽいな……」

『お腹空きましたね』

『空腹~空腹だ~』


 自分も正月早々、仕事だったけど両親もそうだったとは。こたつから出たくなかったので、ベリーに伸びてもらい冷蔵庫から食べ物を取ってもらう。


「とりあえずこれ食べよう」


 人外三人組俺、シラー、ベリーで仲良く父のおつまみをつつき盗み食いし、うるさい腹を少し黙らせる。新年水溜まり弁当じゃないのは、あれは両親と一緒に食べたいからだ。


「それにしても、結局お金は用意できなかったな。半分はお年玉で賄えるけど、あと半分か……」


 再びごろりと横になって考える。


「どうするんですか? 魔女会サバトは明日でしたよね」


 シラーは魔女大の同期会をサバトと呼ぶ。意味的には間違ってないけど、ちょっと仰々しい。


 それと、大人が新年の集まりに参加するお金も用意できなんてといった視線が喧しい。


『ええ~? 僕、美味しいもの食べるの楽しみにしてるんだよ』


 ベリーは欠席なんて許さないといった雰囲気で肩を揺さぶってくる。


「あ~、もう久し振りにあれをやるしかないかなぁ……」

「それも一つの手段ですね」

『今から? 大丈夫なの? まあ僕は明日の会に参加できるならなんでもいいけど』


 ベリーの言う危険もはらんでいるが、お金がないのだから仕方がない。俺はスマホに手をかけ、白と緑のアイコンをタッチしてララインを開いた。


「あ、あの、もしもし? お久し振りです――」



 ◇



 時計の針が真夜中を回った頃、俺は”俺”のままで最寄りのコンビニの駐車場に突っ立っていた。一応、髪の毛と目の色だけは日本人にあわせてある。


 ベリーには顔がすっぽり隠れるくらいのコートになってもらい、防寒と余計な除けもしてもらう。


 このどんな服にでもなれるベリーの能力には大いに助けられている。インナー類以外の服を買わなくていいからだ。汚くはない。ベリーも毎日お風呂に入ってるからな。


「遅くなってごめん。寒かったでしょ」


 斜め横に止まった車から、スラッとしているのにどこかくたびれた感じのする、モブ顔のおじさんが降りてきた。俺を見て申し訳なさそうな、それでいて心底嬉しそうな笑顔を見せる。


「いえ、そんなには」

「さ、乗って乗って。早く温かい所へ行こう」


 車には詳しくないが、きっとかなり良い車だろう。エスコートされるがまま黒い革張りの助手席に座ると、おじさんはサッと運転席に戻り、あっという間に発進した。


 上機嫌な様子で運転するこの人は良司りょうじさんといって、去年の春あたりに知り合った人だ。確か四十一歳だと言っていた。


 良司さんはどんどん山の方へ車を走らせる。ポツリポツリとあった明かりがポツンに変わり、やがて闇の中を突き進むようになった。


「あれっきり連絡くれないから、もう飽きられのか思ったよ」


 山の上に光る如何いかがわしい建物が見え始めたところで、良司さんがチラッと見てくる。車内に流れる流行りの過ぎたアップテンポの曲が、しっとりした曲に変わった。


「すみません、ちょっと忙しくて……」

「まあわざわざ僕みたいなおじさんと遊ばなくったって、大学生は楽しいことがいっぱいだもんね」


 良司さんが大学生って羨ましいなと言う。同意だ。俺も大学生が羨ましいと思う。


『ぷぷっ、大学なんて何十年も前に卒業してるってのにね』

『まったくだ。情けないったらない』


 ベリーとシラーが茶化してくる。


「そんなことは……良司さんとじゃなきゃできないこともありますから」


 とりあえず良司さんが喜びそうなことを言い、当たり障りのない話へと誘導する。そうこうしていたら、これまでの暗闇が嘘のように明るい場所へ出た。


 明るさの原因である建物の門をくぐり裏手に回ると、いくつもあるガレージタイプの駐車場の一つに入って車は止まった。 良司さんはシートベルトを外し、少しだけ身を乗り出して俺の顔を覗き込む。そしてニコリと微笑んだ。


「今日は何時まで大丈夫なのかな?」


 俺はいたたまれない気持ちになった。返事はせずに良司さんから視線を外して車を降りる。


 車のドアを閉める音をどこかぼんやり聞き流し、俺は良司さんに手を引かれ建物の中に入っていった……。





「どう?」

「あ、はひ……ぃいです」


 いきなり声をかけられたから上手く答えられなかった。


「そうだと思った。みどり君、ここ、大好きだもんね」

「んっ、ああ、まあ、嫌いじゃないれす」


 嘘だ。最高すぎる。


「それじゃあ、僕のも……ね?」

「ふ、ふぐっ」


 言われるがまま口を開き頬張った。喉の奥に当たったせいで少し苦しい。


『一気に頬張るからだよ』


 う、うるさいな。こういうの慣れてないんだからしょうがないだろ。


『まったく四十六歳にもなって慣れてないだなんて、恥ずかしいを通り越して気持ち悪い』


 シラーは辛辣だな。


 というか、気持ち悪いは違うだろ。人それぞれ事情ってもんがあるんだ。俺はこんな隠れた場所にある大人のお店で、こんな恋人みたいなことするとか滅多にない。慣れてなくて当然じゃないか。


「美味しいかいみどり君」


 やや息の荒くなった良司さんが見つめてくる。


「おいひいれふ」


 周りの視線や後で襲われる自己嫌悪のことも少し気になるが、お金の為と思えばおっさんにア~ンされるくらいどうでもいい。


 そう、これはパパ活――


 お金に困った俺の切り札である。いや、もはやパパ活などと言ってもいいのか分からない謎めいた行為だ。何故なら、俺は四十六歳で良司さんは四十一歳なんだから。


 中年二人で豪華な食事……。そうさ、やましいところもなければ、如何いかがわしいこともしてない。同年代の良司さんと会ってご飯をご馳走になるだけ。ただそのお礼で二、三万円もらえるってだけだ。


 良司さんはその字のごとく、良心を司る大人。俺のハイスペックな顔と身体を見ても欲情しない。ただただ、俺が美味しそうにご飯を食べるのを見ていたいらしい。


『しっかし、四十六歳のおっさんが四十一歳のおっさんに貢いがせるってどうなのこれ……』


 言うなベリー。それは俺だって分かってるさ。だからあとで自己嫌悪になるんだ。


『これを詐欺と言わずしてなんと言おう』


 人聞きの悪いことを言うじゃないかシラー。


 言っておくが俺は騙してないぞ。良司さんが勝手に俺のことを大学生だと勘違いしてるだけだ。それに俺は初めて声をかけられた時、ちゃんと自分の年齢を伝えている。良司さんが信じなかった。それだけのことだ。


『そういうところだけは、いっぱしの魔女ですよね。怖い怖い』

『実力が伴えばなぁ~。僕も苦労しなくて済むのに』


 お洒落なセーターと、そのロゴになっている二人が喧しい。無視してやる。

 

「ワインも飲む?」

「あ、はい。でも詳しくないんで良司さんの――」

『なに言うつもりですか!! 高いヤツです、普段飲めない高いワインにするんですよ!!』

『そうだよ! こんな高級料理奢ってもらうんだから今さら遠慮したって意味ないよ!』


 自分たちも飲むからって必死だな。でも――


「良司さんのススメをお願いしてもいいですか?」

『なに考えてんだ馬鹿!』

『ふざけんな~!』


 卑しい二人は無視無視。


「喜んで。あの、すみません……をグラスで一つお願いします」


 良司さんの注文はいつもスマートだ。歳下なのに所作だったりタイミングだったりが本当に。俺にはとても真似できない。


 このお店は何度か連れてきてもらったことがある。開店時間が二十一時からという一風変わったレストラン。駐車場がガレージタイプなのは昔ラブホテルだった時の名残らしい。予約制の個室は、駐車場から直通なんだとか。


 で、料理がどれもこれもすこぶる美味しい。そしてお値段もすこぶる……どんぐり何十個分だろう。


「ちょっと失礼するね」


 良司さんがトイレに立った。選手交代だ。ベリーとシラーが勢いよく料理を吸い込んでいく。


「良司さん……」


 明日、同期の魔女に良い薬を作ってもらおう。良司さんは食事中によく席を立つ。聞けば加齢による頻尿だと言っていた。人間は大変だな。


 あ、おい! シラー! 恥ずかしいだの情けないだの言う割には、ベリーよりも食べてるじゃないか。おまけに追加注文しろだと?


 そんな勝手なこと――あ、なにあれ美味しそう。向こうのテーブルに運ばれた料理から目が離せない。


「あ、すみません……」

『『ワインも!』』


 俺は給仕のお姉さんに声をかけた。


 その後、トイレから戻った良司さんに追加注文したことを謝ると、好きなだけ食べればいいよと笑ってくれた。オススメのワインは今までで一番美味しくて何度もおかわりしてしまった。そして最後にデザートを食べてお店を後にした。


「美味しかったね」

「はい。御馳走様でした」


 千鳥足で車に乗り、はち切れそうなお腹を撫でる。いつもならこのタイミングでお礼をくれる良司さんだが、今日は違った。


「少しドライブしてから帰ろうか」


 良司さんは返事も聞かずエンジンをかけ、さらなる山の上へと車を走らせ始めた。


 このレストランより上にあるのは……


『『『ラブホテルだ!!!』』』

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