第5話 スクリーンセーバー

 扇風機からの風を受けてもなお、汗だくの男子高生2人が、パソコンのモニターを真剣な表情で見つめる。薄暗い室内に、モニターからの色彩が仄かに灯る。机の両脇に置かれた小さいスピーカーからは男女の笑い声が薄く流れる。

 

 「やっぱり俺、撮り直そうかなと思うねん」


 男子高生の1人がモニターを見つめながら話す。


 「おいおい。お前、ええ加減にせえよ。お前が映画にこだわりあるのは知っとるけどよ、今撮り直したらコンクール間に合わんくなるやん。現実的に考えろって」

 「分かってる…。それでもやっぱ、俺は自分の作品で妥協したない」

 「…間に合わんかったら何の意味もないけどな」


 パソコンのモニターはいつの間にかスクリーンセーバーが起動し、幾何学的な映像が映し出される。2人はそれに気付かず、ただ俯く。わざとらしい溜息を最後に、しばしの沈黙が流れる。色彩が転々と変わる。空気に耐えかねた男子高生が頭を搔きながら声をかける。


 「じゃぁどこが気に入らんねん」

 「まず、オープニングや」

 「早速かい。オープニングなんて基本浜辺を流して撮ってるだけやから撮り直すとこあらへんやろが」

 「アホやなお前、ちょっとこれ見てみぃ」

 「…?」 


 2人はもう一度モニターに映像を流す。先程とは違う映像と、音が流れる。美しい浜辺が映っている。漣の音が小さく聞こえ、その向こうから海鳥の、陽気と侘しさを含む鳴き声が跳ねる。 

 それが合図かのように、徐々にアングルが横に流れていく。広大な砂浜が徐々に姿を現す。

 湿った砂浜に雄々しい足跡が刻まれている。足跡の先には屈強な体躯をした男が全裸で海を見つめている。


 「お前のオトン映ってんねん」

 「なんでや!!」

 「コッチのセリフやわ。俺の渾身の処女作がお前のオトン始まりはキツすぎるから。しかもなんで全裸やねん」

 「ちょちょ、待ってや!俺、この時カメラまわしてたやろ!?オトンが映ってた記憶なんてないぞ!」

 「俺もそう思たんやけどな、お前、途中で電話鳴ってサブの東にカメラ代わってもろてたやろ」

 「ア…そういえば…」

 「あれ誰からの電話やったん?」

 「いや、そんなん覚えてないけど…。あぁ、妹やったかな」

 

 動揺する男子高生は真相を知るべく懐からスマホを取り出す。手慣れた動きで画面をスワイプしながら着信履歴を模索する。


 「お前の妹って、彼氏おんの?」

 「は!?今そんなんどうでもええやろ!」

 「ど、どうでもよくないやろ!一番大事やから!」

 「お前、殺すぞ。この作品、コンクールの方が大事やろが」

 「すんません」

 「っていうかさ、オトン映ってたとして、なんでカットしてへんの?お前。撮影止めろや。ていうか普通止めるやろ」

 「あまりに衝撃的すぎて現実じゃないと思ってた」

 「俺のオトンが悪いんやけど、あまりに失礼とちゃうけ?」

 「俺の作品に汚いケツで入り込んでるほうが失礼」

 「仮にも友人の親やぞ?お前血も涙もないな」

 「妹の番号教えてくれや」

 「お前みたいな奴に妹はやらん」

 「第一お前も大事な撮影中に電話取るなよ」

 「うぐ…それは…まぁ、確かに。すまん」

 「シスコンか?」

 「ちゃいます」

 「お前、シスコンなんやろ?」

 「全然ちゃう。正直どうでもええけど、電話かかってくるなんて珍しいからさ。だから対応したの。なんか事故でも遭ったんかなと思ってさ」

 「喋り方洗練されていってんなぁ、シスコン」

 「違いますってw」

 「明らかに喋り方洗練されていってるよなぁ。お前、シスコンなことを隠そうとするばかりに、少し洗練した喋り方で相手と距離を空ける事で、この場の立ち位置を優位に展開しようとしてるやろ!!」

 「訳わからんねん。スポーツ解説者の【なんか言うてそうで、なんも言うてない】すなよ。ていうか、撮り直さんでええやろ。編集でカットせえや」

 「無編集が俺の美学やから。お前に貸してるやつも全部モザイクなしやろ?ってか早よアレ返してくれへん?」

 「いや、もうちょっと待ってくれへん…?」

 「もう2週間ぐらいなるんやけど。ドラクエ貸してるんちゃうねんで?」


 ドゴォーーーーーーーーン!!!


 突然男子高生の持つスマホから爆撃音が鳴る。画面には【妹】と表示される。


 「っくりするねん!お前、着信音爆撃音にするのやめろや!!」

 「ごめんごめん。もしもし、うん。え!?……。どゆこと?……わかった……」


 男子高生は電話を切ると、スマホをゆっくり机の上に置く。しばらく何も話さず、何か思考しているのだろうか、モニターの横に置かれてあるプリンターを見つめ続ける。


 「な、なにがあったん?え?妹、彼氏できたん…?」

 「いや…。彼氏は前からおるんやけど…。いや、えー…」

 「まじかよ…。死にたいしよ」

 「いや、まじか…」

 「なんやねん。もう早よ言えや。もうなんか色々どうでもええねん」

 「いや、オトン、全裸で街歩いてて、警察に捕まったって…」

 「……w」

 「お前、なにわろてんねん」


 スクリーンセーバーが映し出されるモニターに、2人の男子高生の笑い顔が映る。


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後ろ向きに見る晴天 いかリンゴ @jizoh03

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