第3話 メンヘラエースと決壊女房

 咆哮を飛び交わせながら白球を追う球児達。まるで殺し合っているかのような表情と気迫でひた走る。汗に塗りつぶされた顔を振りかざし、「もういっちょぉ!」と声を上げる。それを受けたコーチはさらに嫌らしい角度に打ち込む。それになんとか喰らいつこうとするも、あと一歩届かず、すると当然のように怒号が降りかかる。「はぁい!!」と獣ように返事をすると、顔の土を拭い、すぐに鋭い目をコーチに向ける。

 そんな地獄のノックの傍ら、ブルペンで投げ込むエース、小山田はなんとも気の抜けた様子である。捕手の大川も揃えたかのように無表情でそのボールを淡々と捕球する。

 

 「次、フォーク、いこ」


 大川が返球しながら小山田に提案する。小山田は何も返答しない。それに対して大川も何も言わず、流れる様な動作でしゃがみ、ミットを前に突き出す。


 ズドン!


 ブルペンに稲妻のような音が響く。


 「おい、オヤマ、フォークやって。だれがキレキレの今日一の真っすぐ頼んでんねん」 

 「お前、俺、フォーク投げられへんやろ?」

 「あ…」


 大川はしまったと顔を青白くさせる。エースの小山田は先ほどの涼しげな表情を一転させ目に涙を浮かべる。


 「また!またやん!やっぱり!他のピッチャーのこと考えてるやん!」

 「いやちゃうって!ちゃうちゃう!オヤマ、小谷の動画見てフォーク投げたい言うてたやん!」

 「言うたよ!?だから何なん!?投げたい言うたかて、そんなすぐには修得でけへんやんか!俺、お前が思ってるような天才ちゃうねんけど!?っていうか、俺がめっちゃ努力してここまでこれたん知ってるやろ!?お前は俺のこと一番理解してくれてるはずやと、俺は、俺は思ってたのに!うわぁぁぁ!」

 「分かってるって!な!?ほんま!な!?だから、一回出よ!ここじゃちょっと、な!?」

 「ちゃんと言葉で言うてくれな分からんもん!!」

 

 小山田はグローブを地面に叩きつけるとそのまましゃがみ込み、本格的に泣きの姿勢に入る。周りの選手達の注目を浴び、大川は居てもたっても居られず小山田の両肩に手を置く。小山田はそれを待っていたかのように、ゆっくり顔を上げる。


 「俺には、俺にはお前しか居らんねん。お前の球受けるために、この高校入ってん!だから、だから練習続けよう!」

 「もっと…感情込めて言うて」

 「なんやねんコイツ」

 「あぁ!なにそれ!酷い!ほんま、もう誰も信じられへん!こういう時、ほんまの相棒やったらそんな事言わんもん!どんな俺も受け止めてくれるもん!それがほんまの相棒やし、それが最強のバッテリーやん!なんで俺がこんなしんどい時に俺をこれ以上追い詰めるようなこと言うの!?」

 「いや、ごめんて。でも他の皆も頑張ってるんやから、オヤマもそうやってすぐしんどくならんと、もうひと踏ん張りしようや?な?」

 「俺の一番嫌いな言葉や」

 「え?」

 「皆頑張ってる!皆頑張ってる!だから!?だから何なん!?皆頑張ってるから俺も頑張らなあかんの!?皆頑張ってるから俺は泣いたらあかんの!?」

 「…」

 「そういうのって、ただの強制やから!そういう言葉言うてほしいわけとちゃうから!」

 「うっさいんじゃボケぇぇ!!」

 「え?」

 「なんやねんお前、皆頑張ってるんやからお前も頑張れや!そうや!普通やん!ほんま、最近そういうのを個性とか、なんか綺麗な感じでまとめて、そういうアイデンティティを尊重しましょうみたいなん流行ってるけど、それに縋り付いてる自分を客観視してみろや!相当気持ち悪いで?仕方ないやん。お前一人で生きてるワケちゃうやん!どうしたって誰かと関わるし、どこにいったって自分より優れてる奴もおるよ!っていうか、フォークぐらい投げれるようになっとけやアホが!もうすぐ試合やで!?何考えてんの!?お前がエースっていう自覚あんの!?そのくせ皆頑張ってるのから俺も頑張らなあかんの?やと?あ!?あぁぁ!?それをお前にエースの座取られた向井が聞いたらどう思うねん!?それをこれから投手として頑張っていこうと思ってる後輩が聞いたら、どう思うねん!?あぁぁ!?聞いてんのかい!?」

 

 大川の抑圧していた感情が溢れ出る。普段の温厚で優しい彼を知る部員たちはその豹変振りに驚くも、小山田に対して思っていたことを言ってのけたことに爽快感も感じていた。対する小山田は衝撃的すぎたのだろう。声を出すこともできず面を喰らっている。

 大川はそんな小山田を見つめ罪悪感を感じるが、なんとか堪え、その場を後にする。残された小山田はただ宙を見つめることしかできず、心配して駆け寄ってきた後輩部員に胸を借りる。

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