第2話 あんたみたいに可愛いないから

アンタはええよな。可愛いねんもん。そらスカートそんだけ短かできるよ。パンツみたいと思う奴らも多いやろしな。ほんま、アンタはええよな。私、アンタみたいに可愛いないから。




 そんなこと、授業中に思いながら黒板にスラスラ答えを書いて行くユキを見つめる。勉強もできて、可愛くて、そんでその笑顔。顔、クシャクシャにして笑う、その子供みたいな無邪気な笑顔。ほんま可愛い。


女でも女を可愛いと思うことはあるよ?むしろ、男に女の本当の可愛さなんか分からんと思う。男が見てるのは胸とかパンツとかそんなんやろし。カスが。


 先生に褒められて嬉しそうにしながら私の前の席に戻ってくるユキ。座る前に私に向けて小さいピース作ってる。ほんま可愛い子やわ。無敵やん。私はユキの横に並んで歩くのも恥ずかしいぐらいにブス。太ってるし、眉毛太いし。手もクリームパンみたいやし。眼鏡やし。通ってる美容室のおばはんの音楽のセンス最悪やし。ルックスでどうこうなんてもう無理なん分かってるから、いっつもみんなを笑わせようと無茶をする。皆、チカは面白い。チカは話上手。チカ絶対モテそう。とか言うてくるけど、内心ムカついてた。私のこと何も知らんで。それでも、ブスの上に気も弱いから、何言われてもヘラヘラしてた。こんだけ喋る女で良ければヨロシコ〜!とか言うて。心は号泣。


 そんな時にユキと出会った。初めて会ったのは2年になってから。クラスが変わって心細かった私は席に座ってソワソワしてた。そしたらユキが勢いよく入ってきて、私の前の席に座った。ごっつ可愛い子おるやん、て思ってたら、急に振り返って、ビックリした顔して、「私の後ろにイグアナおるんかおもたわ」って言われた。めっちゃ失礼な奴やん。とか思ったけど、なんやろう。めっちゃ嬉しかった。腹千切れるぐらい笑った気がする。ユキもめっちゃ笑ってた。そんな出会いやった。ユキは可愛いけど、誰かに取り繕ったり、お世辞言ったりとかは絶対せん。勿体無いぐらい正直やし、男子にもガンガンかましていく。私はユキに憧れてる。ユキは私のヒーローや。




 「どうしよ…。好きな人できた…」


 昼休みに教室で弁当食べてたらユキが俯きながら打ち明けてきた。


 「え!?マジで!?だれだれ!?」


 私は今までユキが男になんか興味ないって言い続けてきてたから驚いた。そんなユキがどんな男を好きになるのかが気になった。


 「マジで誰に言わんとってな?言うたら眼鏡、油で揚げるから」


 「テンプラにされてたまるか。言わんよ」


 ユキは私の返しにフフッと笑ってから体を前のめりして、私にもそうするよう、目線で訴えてきた。私も体を前のめりにする。今までで初めてなぐらい、ユキとの距離が近い。もう、キスやん。ぐらい。初めてユキの顔をこんな間近で見たけど、反則やった。抱きしめそうになるのを気合で抑え込んだ。


 「二組の坂山。わかる?」


 二組の坂山。


 「え?トイレの番人ちゃうの?」


 「そう」


 「昼休み飯食った後、トイレ行ったらそっから終わりまで帰ってけぇへんて噂の」


 「そう」


 「なんで?そんなカッコ良くもないで?」


 「この前女子トイレにおってん」


 「ドの付く変態やん。好きになる要素ゼロやん」


 「ちゃうねん。聞いて。あいつな?私がトイレ入ろうとしたら、普通に、入ってます。て答えてきてん」


 「うん。やばいやん」


 「ほんで私も男おるやん、ってなったから、何してんの?先生呼ぶで!?て言うたんよ?」


 「そらそーやろ」


 「ほんなら、え?どゆこと?え?ここ女子トイレ?やってwww」


 私も釣られて笑ってしまう。坂山、恐るべし。天然もそこまでいくと美女を落とすのか。いや、好きになった理由としては全く意味わからんけど。でもユキはその話をしている時はすごい楽しそう。なんとなく分かる。好きなんやろな〜って。私ももっと喜んであげたかった。もっと笑ってあげたかった。けど、気持ち悪いぐらい、なんか悔しかった。私のものじゃないよ。分かってる。そんなん。私は、ブスやし。眼鏡やし。おしゃれでエロめのパンツも持ってないし。通ってる美容室のおばはんの口臭いし。


 ユキはそのあと坂山に告白した。坂山は、なんで俺なん?お前頭おかしいんとちゃう?と言うてきたらしいけど、無事付き合うことになったらしい。坂山は案外いい奴なんかも知らんと思う。私とユキはいつも帰りは途中まで一緒に帰ってた。坂山と付き合ってからもユキは私に帰ろうと言ってくれたけど、私はなんか気使って1人で帰ってた。ユキは寂しそうにしてたけど、それは坂山と一緒に帰れよ。って私なりの優しさ。という言い訳にまみれた私の弱さ。でも、そうすることでしか、このなんとも言えない感情を満たすことは出来へんかった。ユキごめんな。そんなこと思いながら自転車漕いでたら坂山が池の近くの藪で野糞してるのを見てしもた。


 「あ!見つかった!」


 坂山は藪から顔だけ出した状態で私を見て驚く。私の方が悲鳴あげたいぐらいやねんけど。 


 「何してんねん!」


 「何って…。その…。ウンコやけど…」


 「そういうことちゃうわ。いっつもトイレばっかり篭ってるやん。なんで野糞してんの」 


 「帰り道に急に来ることあるやん」


 私は呆れながら立ち去ろうとしたけど、ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。


 「今日はユキと一緒じゃないの?」


 「ユキちゃん?なんで?」


 「なんでって…。付き合ってんのやろ?一緒に帰ったりせんの?」


 「あ〜。それはチカちゃんが一緒に帰ったりや」


 「は?なんでなん。アンタ彼氏やろ?そんなん私と帰るより、アンタと帰る方が嬉しいやろ」


 「そんなんどーでもええわ。付き合ってたとしても一番一緒におってオモロイ人と一緒に帰りたいやろ。てか、はよ帰って。ケツ冷えるねん」


 私は坂山の言うた言葉が刺さって釘付けになってた。なんなんこいつ。何者なん。そら、帰るけど。ユキもこんなウンコ野郎の彼女とか可哀想。ほんま。なんなんこいつ。臭いねん。なんで野糞してんねん。意味わからん。なんなんあいつ。普段家で何してんのやろ。家でもトイレ篭ってんのかな。趣味とかあんのかな。意外とオシャレな音楽とか聞いてたりして……。




 私まで坂山の魅力に捕まってしまった。不覚。あの絶世の美少女ユキを虜にさせた男だ。油断してはいけなかった。まさか、私まで心掴まれるとは。アイツのあの自然体な感じがええんやろな。分かる。高校生離れした恋愛感を持ってるギャップも高評価やわ。なんか私の方がダサかったもんな。実際そうやけど。恋愛なんかしたことないし。でも親友の彼氏やから。そこは大丈夫。取ろうなんて思うかよ。ていうか、私のことなんて誰も好きになってくれへんよ。もう、それは、受け入れてるから。


 それでも、坂山が近くを通ると自然と目で追ってしまう。ただのウンコマンやったのに、今ではちょっとカッコよく見える。ほんま、人間て不思議。


 「最近どうなん?」


 私とユキは坂山のおかげでまた一緒に帰れるようになった。途中、ホントは禁止されてるけど、コンビニ寄って2人ともガチハマりしてるスイーツクリーチャーシリーズのクランキーパイを公園のベンチで食べる。


 「ん?なにが?」


 「坂山よ坂山。チューぐらいしたん?」


 おっさんかよ。とユキが笑う。そして今まで見せたことないような表情になって、俯く。あのユキが、照れとる…!


 「あんたそんな乙女な顔できるようなったん?」


 「う、ぅるさいな〜!ええやろ別に!」


 ユキは頭を掻き始める。私、恋愛したことないから分からんけどさ。こんな、こんなあからさまに照れるもんなん?ユキのあまりにもな豹変ぶりが面白くて私はイジリを止めることができなかった。


 「おいおい〜!チューはまだなんか、チューは!」


 「し、したよ!はい!もうええやろ!終わり!終わり!」


 私は笑った。良かったやん、言うて。ほんまに良かったやん。けど、なんやろ。ほんまにユキの態度が面白かったから、それだけを楽しむつもりやったんやけど、やっぱりキスしたって聞くと、しんどくなった。自滅やん。アホやん、私。キスまでの期間短すぎるやろ!遊ばれてんちゃん!ていう最悪な人格が頭によぎったけど、そいつが表に出てこんで良かった。あんなウンコマン、別にええやろ。て思いたいけど。しんどい。私は、アンタみたいに可愛いないから…。私もアンタぐらい可愛かったら、あのウンコマンと付き合えてたんかな…。


 「どしたん?チカ?」


 「ん?いや、なんでもないよ!今日家帰ってご飯作らなあかん日やったけな〜って思ってただけ」


 「チカはほんまに偉いよな〜。ちゃんと家で料理もして。」


 うっさいボケ。そういう家もあるんじゃ。


 「全然やって。手抜き料理手抜き料理」


 「私が女やったら、絶対チカと結婚すると思う」


 やかましいわボケ。現実見てみろや。私みたいなブスと結婚したい思う奴おるか。馬鹿にしやがって。


 「ほんまに!?ほな、坂山と別れてよ!笑」


 「い、いや!そ、それはな〜!」


 何照れとんねん。


 「ラブラブかよ!」


 「いやでも、ほんとチカはすごいよ。今度、坂山くんとピクニック行こう、言うてて。ちょっと料理教えてよ〜」


 「嫌じゃボケ」


 え?


 「え?」


 やば…。


 「チカ?」




 私は逃げてしもた。怖くて。初めて人にあんな言葉ぶつけた。絶対嫌われた。ユキのこと大好きやのに。なんで?いつもそんな絶対思わんのに。なんでなん。ユキが幸せやったらそれで良いやん。私には関係ないやん。後から好きになっただけやん。ほんまに、ただのひがみやん。ダサ…。なんなん私。何してんのやろ。


 私は訳もわからず走ってた。タルみたいな体揺らして汗だくなって。多分今まで生きてきた中で一番ブス。半泣きなってるし、パニックやし。もう嫌や。どっか誰もおらんとこ行きたい。そう思ってたら坂山が野糞してた池に着いてた。どういうルートで来たんか覚えてないけど。しんどすぎて肩で息してる。


 私はとりあえずその場に座り込んだ。色々、整理したかった。色々、訳わからんくなってる。だんだん息も落ち着いてきて、冷静になれそうになってきたのに、また藪に坂山がおる。なんやねんアイツ。


 「またかよ!やめてや!」


 「こっちのセリフや!どんだけ野糞すんねん!」


 坂山は前と同じように藪から顔だけ出してる。滑稽な奴や。なんやねんこいつ。でも、救われた。こんな状況でもちゃんと笑かしてくれるんやな。すごい奴やで、こいつ。


 「さっき、ユキに酷いコト言うてしもた」


 「お前、よう野糞してる奴に相談しよう思うな」


 「私も坂山のこと好きやねん」


 「もっと雰囲気考えろや」


 「ユキがお前とキスしたとか、デート行くとか言うから、なんか、ほんまは喜びたいのに、ぅ、その、なんか、しんどくて、ぅう、私もお前のこと好きやから…」


 「泣くなよ。ウンコでぇへんて…」


 「ウッ、ユキに、ユキに酷いコト言うてしもた」


 「気にしてへんて」


 「ごめん。変なこと言うて。私に好き言われても嬉しないよな」


 「それは俺が決めることやから勝手にお前が話作んな」


 「うん…ごめん」


 坂山は、悪いけど止まれらんからな。と言うて私が泣いてる前でウンコした。臭かった。そのあと私の方に来た。ちょっと臭かった。


 「俺も、なんでこんなモテてんのか知らんけど、俺はアンタら2人の話好きやったで。ようトイレで話してたやろ?中で聞いててん。おもろいな〜って。だから、アンタら2人は一緒やないとな」


 「え?ちょっと待って、あんた、女子トイレにおったんこの前だけちゃうの?」


 「ウンコが出そうな時に女子も男子も選ぶ余裕ないやろ!」


 「あるわボケ!なんやこいつ!きしょ!やめろや変態!」




 私の好きな人は、親友の彼氏やけど、私の一番好きな人は親友やねん。一緒におる時は無敵やねん。2人とも阿吽っていうか、なんていうか。ピッチが合ってるねん。チューニングが合ってるねん。私の好きな人は私と親友の会話聞いてゲラゲラ笑うねん。それが嬉しい。我慢するよ。しんどいよ。でも、やっぱり私はユキのこと好きやから。


 アンタみたいに可愛ないよ。肌も白くない。指もそんなスッキリしてない。髪質も全然違うよ。何着ても様になるアンタと違って、私はいつでも真剣勝負よ。通ってる美容室のおばはんはホクロから毛生えてるし。でも、だからってアンタに負けてるとは思ってない。ウンコマンは取られたけど、私の方が美味しいもん知ってるし、私の方が笑いとってるし。野糞見たんも私やし。最近はユキよりも成績良くなってきてるし。ちょっとづつダイエットもしてんねん。


 アンタみたいに可愛いないけど、私もそこまで悪ないよ。アンタみたいになりたいよ。だからずっと友達でおろな。大好きやで。

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