後ろ向きに見る晴天
いかリンゴ
第1話 ジャムパン・ブギ
晴天。いびつな雲がゆらりと漂う。科学的な紫煙が隣を並走する。
「ジュン君」
紫煙の出元に気付いたヤマトが振りむくと、そこには時代にそぐわないツッパリスタイルの男が凛々しく立っている。
艶やかなリーゼント、細く鋭い―まるで稜線のような―眉、野良犬のようなギラつく眼光、無駄を削ぎ落した銀縁眼鏡、捻る口元で煙草を咥え、両手をポケットに忍ばせながらヤマトを睨みつける。
「今日は学校来たんやね」
ヤマトがそう言うと、ジュンは素直に頷く。
「ジュン君、煙草、吸い過ぎとちゃう?」
「そんな吸うてへん」
「それで何本目?」
「2本目」
「う~ん。もうちょい吸うといてほしいなあ」
ジュンがヤマトの隣に座る。ポケットから煙草を取り出し、ヤマトに勧める。
「僕は吸わへんよ。僕、肺悪いねん。言うてなかったっけ?」
「知ってて勧めてるねん」
「むちゃくちゃ悪いことするやん。そういう悪さはあんまり恰好良くないよ」
「そうか。ごめん」
「絶対謝ったらあかんて。ジュン君ブレてるなぁ」
ジュンは半分程吸った煙草を靴底に圧しつけ消火する。そしてヤマトの方を見つめ、しかめた表情で「ポイ捨てしたほうがええ?」と尋ねる。
「絶対聞いたらあかんわあ。そういうのは自分で決めるんやで」
「でも、あかんことやん」
「ほなせんかったらええやんか」
「そうやな」
「ジュン君ブレブレやなあ」
ジュンは吸い殻をポケットにねじ込み、立ち上がる。大きく伸びた後、グラウンドの方を注目する。
「どしたん?」
「部活とか入ってんの?」
「あー。1年の頃、陸上してたけど」
「肺の病気が見つかって、泣く泣くやめたんやんな。有力選手として注目までされてたのに。残念やったな」
「そこは言わせて欲しかったし、ジュン君、質問の意図がいよいよ分からへんわ」
「俺は、お前にもっかい走って欲しいねん」
「え!?ど、どしたん!?急に…」
「なにが!?」
「ううん。もうええわ。ジュン君、お昼何食べるの?」
「ジャムパン…にしよかな」
ジュンはそう言いながら薄く、擦り切れた学生カバンからジャムパンを一つ取り出す。ジュンの表情が若干緩む。
「ジャムパンて歴史あるんやで。ヤマト知らんやろ?」
「うん。教えてよ」
「1900年、いうたら明治からからあるねん」
「から、一個多いかな」
「今ではイチゴジャムが一般的やけど、それまではアンズをつこてたんやて。だから、今よりも、もうちょっと、なんていうんやろ、甘い?甘酸っぱい?ちょっとしょっぱ―」
「ジュン君、アンズ知らんのやったら無理せんでええよ」
「1900年といったら、アーサーエヴァンズがクノッソス遺跡を発見したのもこの年やな」
「それは純粋に僕の学が無いだけやわ。それなに?」
「知らん」
「ええ加減にしいや」
晴天。いびつな雲がゆらりと漂う。甘酸っぱい匂いがふわりと香る。
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