消えた妹
その日の放課後、僕は自分のクラスで補習授業を受けていた。誤解するなよ。別に僕が馬鹿だってわけじゃないからな。
如何に僕が進学校を目指さないとは言っても、受験生は受験生だ。志望校の県立にいく為に、最低限の勉強はしなきゃならない。
まあ、希望する生徒向けの受験対策みたいなもんさ。
「ふぁーあ! やっと終わったか……」
授業が終わって、教師や生徒たちはあっという間に教室の外へと出て行く。
僕は徐々に薄暗くなっていく遠くの空を見つめ、妹の件についてどうしたものかと心を悩ませていた。
「あーあ……面倒だな」
学校はともかくとして、家に帰ったら食事などのときは必ず顔を合わせないとならない。
家族とぎくしゃくするのはストレスが溜まるが、それにしてもあいつの言いようには勘弁ならなかった。
考えていても解決するわけじゃない。僕は深い溜息を吐くと、荷物をまとめて席を立った。
「吾妻! よかった……ハア……ハア……まだいたんだね!」
「え……毘奈?」
陸上部のユニフォームを着た毘奈が、酷く慌てた様子で教室に駆け込んで来た。
毘奈は息を切らしながら、僕に訴えかけるように言う。
「伊吹ちゃんがね……いなくなっちゃったの!!」
「は……? どういうことだよ?」
僕は首を傾げた。毘奈の慌てぶりから、ことの重大さは伝わってくるのだが、これだけじゃ何も見えてこない。
「練習中にね、伊吹ちゃん転んで足を捻っちゃってさ! 保健室に行ったんだけど、先生が目を離した隙にどっか行っちゃったみたいなの!!」
「どっか行ったって……足は大丈夫なのか?」
「検査はしてないから確かなことは言えないけど、先生の話だと捻挫じゃないかって……」
「そんな足で……あいつ!」
「先生からさ、今度の大会はもう無理だって言われてね……凄く落ち込んでたみたいなの」
言わんこっちゃない。散々無理をしてたし、練習で精細さを欠いても全く不思議ではなかった。こんなんじゃ、本末転倒じゃないか。
「部室にも教室にも、学校にはどこにもいないみたいなの! 携帯も出ないし、家にも帰ってないみたい……あんな足で長く歩いたら、もっと悪くしちゃうよ! 吾妻、どうしよう?」
「いいんじゃないか、別に放っておけば……」
「……え?」
僕の冷然とした返答に、毘奈は何と言われたか理解できないようだった。
「どっかに行ったってことは、そんなに悪くないんだろ? 周りに散々迷惑かけて、エラそうなことばかり言って……少しは一人で頭でも冷やした方がいいんだよ」
「吾妻……本気で言ってるの?」
「あいつに振り回されるのはもううんざりだ、どうせ腹でも減れば家に帰って来るだろうし、わざわざこっちから捜してやる必要なんて――」
淡々と妹への悪態を言い連ねていく僕の右頬を、毘奈の掌がパンッと打ち払っていた。
僕は引っ叩かれた自分の頬を押さえながら、ポカンとした顔で毘奈を見つめる。彼女は目に涙を滲ませながら怒りに震えていた。
「ひ……毘奈?」
「吾妻の妹でしょ!? なんでそんな酷いこと……あの子にとってね、お兄ちゃんは吾妻だけなんだよ!!!」
「だけどあいつが……」
「もういい! 見損なったよ、吾妻!! 私が絶対に伊吹ちゃんを見つける!!」
毘奈はそう言い捨てて、教室を出て行った。
僕はしばらくの間右頬を押さえながら立ち尽くし、途方に暮れてしまっていた。
そしてふと、僕は妹が生まれてきた日のことを思い出していたんだ。
遠い昔に見た夢のような薄っすらとぼやけた、そしてどこか温かな懐かしい記憶。
あんな小さかったのに、今でも忘れずに覚えている。
――ほら、見てごらん。あれがお前の妹だよ、今日からアズマはお兄ちゃんになるんだ。
――……
「……何なんだよ、もう! 都合のいいときだけ、お兄ちゃんさせんなよ!」
僕は先程吐き捨てた言葉とは裏腹に、カバンを手に毘奈を追うように教室を飛び出していた。
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