すれ違い

 妹を大泣きさせてからまた数日、妹は僕のことを完全無視し続けており、僕は僕でそんな妹の態度が気に喰わなかった。

 おかげさまで、このなんの生産性もない兄妹ゲンカは、長期化の様相を呈していたんだ。しかも……。



 「ここにきてまた弁当かよ……」



 この日も例の如く母親の弁当が間に合わなかった為、僕が妹に弁当を届けに行くハメになっていた。

 一体この状況で、どの面さげて妹に弁当を届けに行けっていうんだよ。

 そうこうしているうちに、あっという間に昼休みが訪れ、僕は途方に暮れながら廊下へ出る。



 「オッス、あーずま! 今日もどうしたの? そんな浮かない顔して?」

 「あ……毘奈か」



 偶然教室から出てきた毘奈と、僕は示し合わせたかのように廊下で鉢合わせる。



 「また妹に弁当届けなきゃいけないんだけど、今ケンカしてて口もきいてくれないんだよ……」

 「え? 兄妹ゲンカ!? もしかして、伊吹ちゃんに部屋に隠してあったエチィ本でも見つかっちゃったの!?」

 「な……なんでお前がそんなこと知って……じゃなかった、んなわけねーだろ!」


 

 最近少し大人しめの毘奈だったが、こっちの方は日を追うごとに元の鬱陶しい系の幼馴染に戻りつつあった。

 だが今の僕にとってみれば、このお節介で鬱陶しい幼馴染でさえも、救いの女神のように見えてしまう。



 「この前相談してたことで口論になっちゃってさ、伊吹があんまり酷い言いようだったから、つい言い過ぎて泣かしちゃったんだよ……」

 「うっわー……それは大変だったね。分かった、それじゃ吾妻も顔を合わせにくいだろうし、私も無関係じゃないからさ、一緒に行ってあげるよ!」

 「毘奈……お前って意外といい奴だったんだな……」

 「ちょっと! 私のことなんだと思ってたの? 昔っから、可愛くて優しい幼馴染だったでしょ!」



 ああ、何でもいいが今は心強い限りだ。そもそもケンカの原因は毘奈のことだから、ある意味こいつが一番悪いんじゃないかって気もしないでもないけどね……。

 そうして僕らは、何の因果か再び一緒に妹の教室へ弁当を届けに行くことになったのだ。



 妹の教室まであと少しってところで、僕はお約束のように立ち止まっていた。



 「なあ、毘奈、やっぱり届けて来てもらうのってダメかな?」

 「何言ってんの吾妻! いつまで伊吹ちゃんとケンカしてるつもり?」



 僕の後ろ向きな態度を、毘奈は結構真面目に窘めた。いつも鬱陶しい幼馴染の発言ながら、ごもっともだ。



 「ちょっと、毘奈姉? お……お兄ちゃん?」



 僕が廊下でモタモタしていたもんだから、おそらく中々到着しない弁当に痺れを切らした妹が、廊下に出て僕らの存在に気付いてしまう。



 「あれれ、調度良かった! 伊吹ちゃん、今日もお弁当届けにきったよー!」

 「な……なんでまた毘奈姉が?」



 予想していなかった毘奈の再訪に、僕とのこともあってか非常に気まずそうだった。



 「伊吹ちゃん、吾妻と兄妹ゲンカしてるんだって? 吾妻も言い過ぎたって反省してるしさ、今回は私に免じて仲直りしてあげてよ!」

 「ちょっ! 毘奈、お前!?」



 そしてここで毘奈のお節介が炸裂する。誰も頼んでないのに、ケンカの仲裁をしだしたんだ。

 僕は慌ててそれを制止しようとするが、伊吹は不意に僕の元へと歩み寄り、何も言わずにそっと手を差出した。



 「あ……ああ、弁当か、これな!」

 「お弁当、届けてくれてありがとう……」



 妹は無表情のままお弁当を受け取ると、やけに丁寧な態度で頭を軽く下げた。

 妹らしくもない慇懃な態度に、僕も毘奈もポカンとしてしまった。なんだ、意外と可愛いとこもあるじゃないか。確かにこの前は僕も言い過ぎたし、ここは僕が謝って穏便に……。



 「あ……その……この前は、俺も悪かっ……」

 「呆れた……最低だね」

 「……え?」



 伊吹は僕をケダモノでも見るような目で蔑み、僕は思わず謝罪の言葉を飲み込んでしまった。



 「私とケンカしてるからってさ、毘奈姉が一緒じゃなきゃお弁当一つ届けられないんだね。あげくにケンカの仲裁なんてさせて、毘奈姉におんぶにだっこじゃん。本当に呆れた……」

 「い、伊吹……お前な!」

 「違うんだよ、伊吹ちゃん! 私が勝手について来ただけだし、二人に早く仲直りして欲しいと思ったから!!」



 それは半分誤解で、もう半分は図星であった。痛いところをつかれたことに、僕は声を上げ、毘奈は必死に弁解を試みたのだが。



 「毘奈姉がいなきゃ自分じゃ何もできないくせしてさ、大人ぶって毘奈姉のこと邪険にして……そういうのかっこ悪いから、やめた方がいいよ」

 「伊吹ちゃん、言い過ぎだよ! 吾妻は私なんていなくたって……」



 それでも伊吹は、淡々と僕に対する悪態を吐いていく。僕は危うくこの前みたいにブチキレそうだったが、顔を歪めながら必死に怒りを堪えていた。



 「毘奈姉も毘奈姉だよ。いつまでもこんな人に構ってばっかりいたら、きっと幸せになれないよ……」

 「伊吹ちゃん、そんな言い方……」

 「もういい! 毘奈、帰ろうぜ! 用事は済んだんだからな!」

 「ちょっと、吾妻待ってよ!!」



 僕は妹と完全に袂を分かつように踵を返し、怒りに震えながらその場を離れた。

 こうして僕と伊吹の兄妹ゲンカは、原因の一端であった毘奈を巻込み、より泥沼化していったんだ。

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