幼馴染と進学先
その日の帰り、テスト期間中で部活が休みだってこともあり、僕と毘奈と妹は一緒に帰っていた。
別に一緒に帰りたかったわけじゃない。毘奈の家は僕の家の近所だからついて来るし、妹は毘奈の信者みたいなもんだから、自然とそれに続くってわけだ。
「今日さ、毘奈姉が帰ったあとも、皆んなから質問攻めにあって大変だったよ!」
「そうかー、私の人気も捨てたもんじゃなかったみたいだねー」
「そうだよ! うちの学校では毘奈姉有名人なんだから、もっと自覚を持った方がいいと思うよ!」
「あははは……こりゃまいったね」
僕の後ろで、妹がデレデレしながら毘奈を咎めていた。どうやら、毘奈と幼馴染だと思われたことが、よっぽど嬉しかったらしい。
「毘奈姉、毘奈姉! 私ね、またタイム縮んだんだよ!」
「凄いじゃん! 伊吹ちゃん練習頑張ってるからね。一年だし、きっとまだまだ伸びると思うよ!」
「えへへ……もっと頑張れば、私も毘奈姉みたいに一年生で全中に出られるかな!?」
「そうだね……一年の頃は私も必死だったし、簡単ではないけど、頑張れば可能性はあるんじゃないかな?」
「よーし! 私も毘奈姉みたいになれるように、もっと練習頑張らなきゃ!」
昼休みの話が一段落すると、今度は二人の所属している陸上部の話になっていた。
僕としては、陸上なんてものには教師同士のゴルフコンペほども興味がなかったので、内容如何に関わらず基本スルーだった。
「あ、そう言えば吾妻!」
実の姉妹でもあるかのように楽しそうに妹と話していた毘奈が、前を行く僕にむかって、何か思い出したかのように声を上げた。
「え? なんだよいきなり?」
「まだちょっと早いけどさ、進学先どこ受けるかもう決まった?」
なんだかんだで、もうすぐ暦は六月を迎えようとしていた。そろそろ夏に向かって本格的に進学先を決めねばならない。
面倒臭がり屋の僕だって、ちゃんとそのくらいは考えている。
「やっぱり、県立を中心に近いところで固めるかな……」
「ふーん、そうなんだー」
「そういうお前はどうするんだよ?」
すると、毘奈は不意に僕の隣まで駆け寄ってきて、僕の顔をのぞき込むようにして言った。
「私さ、推薦で
「皇海か……確かに近くていいんだけど、一般だと結構レベル高いし、私立で授業料も高そうだからな……」
私立皇海学園高校は、この辺では割と名の知れた進学校だ。部活動にも力を入れていて、中学陸上で名を馳せている毘奈にとっては順当な進学先だった。
まあ、毘奈は勉強も僕よりできるから、学業でも部活の方でもどちらでも推薦枠をもらえることだろう。
「校舎も綺麗だしさ、授業料も私立にしては安い方だよ。大学進学にも有利だし、吾妻の成績なら狙えないこともないでしょ? 一緒に行ってみない?」
「ああ……魅力的ではあるかもしれないけど、やっぱり俺は県立で気楽にやってた方が性にあってるよ」
「……そうか……そうだよね、幼馴染だからって、いつまでも一緒なわけにはいかないもんね……」
僕としては、丁重に毘奈の誘いを断ったつもりではあったけど、毘奈の嬉々としていた表情は淀み、何だか変な空気になってしまった。
間もなくして、僕らは毘奈の家に差しかかって、毘奈は僕らに別れを告げる。
「……それじゃ、吾妻、伊吹ちゃん、また明日ね!」
「ああ……また明日」
「毘奈姉、じゃあね!」
毘奈は何もなさそうに装ってはいたけど、やはりいつもの鬱陶しいくらいの快活さに欠けた。
むしろ、このくらいの方が調度いいような気もしたが、しおらしい毘奈というのは、それはそれで気持ちの悪いものだ。
「ちょっと、お兄ちゃん!」
「……え?」
毘奈の様子に首を傾げていると、普段はよっぽどのことがないと話しかけてこない妹から、不意に呼び止められる。
振返って見ると、先程まで見ていた毘奈の劣化コピーみたいな妹が、すこぶる機嫌悪そうに僕を睨んでいた。
「毘奈姉の誘い、本当に断っちゃって良かったの?」
「皇海学園なんて行ったら、授業も難しいだろうし勉強大変だろ? 大体、なんでお前がそんなこと気にするんだよ?」
「別にお兄ちゃんのことなんてどーでもいいけどさ、毘奈姉の気持ちも少しは考えてあげなよ。それに、毘奈姉みたいな人が近くにいること、あんまり当り前だと思わない方がいいよ」
「は? 言ってる意味が分からないんだけど。毘奈も幼馴染だからって、いつまでも一緒にはいられないって言ってただろ?」
「はぁー……もう知らない、勝手にすれば!!」
僕の的を得ない返答に、妹は溜息を吐きながらすたすたと歩き去って行く。
全く、何だって言うんだよ。毘奈にしろ妹にしろ、さっきまであんだけ楽しそうだったのに、女ってやつは本当にわけの分からない生き物だ。
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