妹の様子がおかしいのだが

 それからしばらく経った頃だった。いつも僕限定で不機嫌だった伊吹が、父親や母親にまで反抗的な態度を見せるようになっていたんだ。

 さすがに目に余るところであったので、僕はある日の昼休み、隣のクラスの毘奈に何か知らないか聞きに言った。



 「……え? 伊吹ちゃんの様子がおかしい?」

 「そうなんだ、前から小生意気な奴だったけど、最近じゃ親にまで反抗的でさ」

 「そうか……」

 「何か知ってるの?」


 

 毘奈は少し困った表情をして、僕の顔を見上げた。



 「たぶんね、もうすぐ大会が近いからだと思う……」

 「それって、そんなに重要な大会なの?」

 「伊吹ちゃん全中に出たいって言ってたでしょ? でも、それに出る為には各地区の大きな大会で、参加標準記録を超えないといけないの」

 「今度の大会がその大きな大会ってこと?」

 「ううん……その大きな大会に出る為に、今度の大会で結果を残さないといけないんだよ」



 陸上のことに興味のない僕にとっては、なんのこっちゃって話だった。とりあえず、その全中だかなんだかっていうのは、余程狭き門であるらしい。



 「今度の大会に出る為にもね、校内で選抜があって、伊吹ちゃんは一年生だけどそれに選ばれたんだよ」

 「ふーん、あいつそんなに速かったんだ」

 「私みたいに一年で全中に出るんだって、相当頑張ってたからね。でも最近は、記録が伸び悩んでいるみたい……それが原因じゃないかな?」



 そうか、憧れの毘奈に追いつこうと頑張ってはいるものの、思うように結果が出ないわけだ。全く、あいつは一体何と戦ってるんだか……。



 「で、どうなの? 正直なところ、伊吹は頑張ればその標準記録ってやつを超えられそうなのか?」

 「うーん……そうだね……」



 毘奈のこの曇った表情から、答えは聞く前から明白であった。まあ、そうでなければ、妹もああはならないか。



 「正直言っちゃうと、結構厳しいとこなのかな……でも、頑張ってる伊吹ちゃんに、そんなこと言えないでしょ?」

 「まあ、誰にでもあるようなことだからな……しばらく様子を見てみるよ」

 「ごめんね、力になれなくて……私も部活のときは、できるだけフォローできるようにするからさ」



 用事を済ませて教室を出ようとする僕を、毘奈が申し訳なさそうに呼び止める。



 「あ……吾妻!」

 「ん……なんだよ? 何か他に気になることでもあるのか?」

 「ううん、えーとさ……皇海学園の件なんだけど……やっぱり無理かな?」

 「ああ、その件か……悪いけど、やっぱり俺はいいや」



 僕がそう言うと、毘奈は少し名残惜しそうに唇を噛み、やはり何もなかったみたいに微笑んだ。



 「あははは……そうだよね、何回もくだらないこと聞いちゃってごめんね、吾妻」



 表面上はさもいつも通りのようであるが、どうもこいつも、ここのところ少し様子がおかしい。気に喰わないようなことがあれば、もっと我慢しない奴だったからな。

 調子が狂ってしまうところではあるけど、今は妹の件で大変だ。これ以上余計なことを気にするのはやめとこう。

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