完璧すぎる幼馴染
明くる日、僕は母親に至極面倒な用事を頼まれた。
「ええ!? 母さん、またー?」
「仕方ないじゃない、あの子は部活で朝早いんだから! 母さんだってね、そう毎日それに合わせてお弁当作れないの!」
あからさまに嫌がる僕を、母親がド正論で咎めた。
僕の中学では現在給食室の改装中であり、その間家から弁当を持参しなければいけなくなっていた。
それはいいのだが、陸上部に入っている妹は朝が早く、母親の弁当が間に合わなかった日は、僕が妹のクラスまで弁当を届けに行かなきゃならなかったんだ。
「
「いや……むしろ兄妹だから嫌なんだが……」
「文句言ってると、あんたの弁当作らないわよ!」
「わかったよ、もう……」
僕がここまで嫌がるのには理由がある。この前あいつのクラスに届けに行った時なんか、本当に酷かったよ。
僕が妹の教室まで行くと、滅茶苦茶都合の悪そうな顔して僕の腕を掴み、教室の外まで無理矢理引っ張って行ったんだ。
それで何て言ったと思う?
『勝手に人の教室に入って来ないでよ! お兄ちゃんと知り合いだと思われちゃうでしょ!』
なんて言いやがったんだ。弁当を届けてやった健気な兄に対する言葉とは思えないだろ?
さすがにこの時ばかりは、温厚な僕でも「餓死してしまえ」と思ったよ。
と、そんなこんなで時間はあっという間に昼休みだ。クラスメイトたちは机を動かし始め、がやがやと思い思いのランチタイムを過ごし始める。
でも、僕には呑気に飯を食い始める余裕なんてない。貴重な昼休みの時間を割いて、あの腹黒くてドライな妹に弁当を届けにゃならんのだから。
「あーあ、憂鬱だな……」
僕が思いっきり気怠げな顔して教室を出ると、不意に隣の教室の方から鬱陶しい声が飛んでくる。
「オッス、あーずま! お昼休みにどっかにお出かけ?」
「……げっ!
僕が振り返ると、そこには程よく日に焼けた健康的な肌が印象的で、ポニーテールのやたら元気な女子が手を振っていた。
何を隠そう、この鬱陶しい少女こそが、文武両道でコミュ力モンスター、そして一部の危篤な男子たちの間では、学年可愛い女子ランキング一位とされている僕の完璧過ぎる幼馴染、
「可愛くて優しい幼馴染に“げっ!”はないでしょ! どうしたの? そんな死んだ魚みたいな目して?」
「死んだ魚って、お前な……。まあいいや、この弁当を伊吹の教室まで届けなきゃならないんだよ」
「え? 一年生の教室行くの!? 私も行ってみたい!」
「ええー! また余計な面倒が……って、待てよ……」
普段であれば、毘奈なんかの同行は疲れるのでごめん被るところではある。だが、今回ばかりはこの鬱陶しい幼馴染も役に立つかもしれないぞ。
「そうだな、毘奈! 一緒に懐かしき一年生の教室へ行こうじゃないか!」
「え……? なんかいつもと違ってノリがいいね。まあいいか、よーし! 一緒に伊吹ちゃんの教室までグレートジャーニーだね!」
こうして僕は、毘奈のわけの分からないテンションに付き合いながら、あの腹黒くてドライな妹のいる教室を目指したんだ。
なんだかんだ言って、狭い学校だ。僕と鬱陶しい幼馴染は、ものの数分で一年生の教室まで辿り着いていた。
何も知らずに隣ではしゃいでいる毘奈を見ながら、僕はしめしめと思っていた。
妹の教室に差しかかる直前、僕はさり気なく毘奈にある提案を持ち掛ける。
「あー、悪い毘奈、僕はここで待ってるからさ、伊吹に弁当を渡してきてくれない?」
「えー! なんで?」
「いやー、僕が行くと妹が恥ずかしがるんだよ。な、いいだろ?」
まああれだ、なんとかと鬱陶しい幼馴染は使いようってね。しかし、僕の浅はかな思惑とは裏腹に、毘奈は急に僕の腕を掴んで言った。
「もう、なに眠たいこと言ってんの? せっかくここまで来たんだからさ、一緒に伊吹ちゃんに会いに行こうよ!」
「あ! ちょっ! 毘奈!?」
僕が抵抗する間もなく、毘奈は教室の前まで僕を引っ張って行き、教室中に響き渡るような大声で伊吹に向かって手を振った。
「おーい! イーブキちゃーん! 吾妻と一緒にお弁当届けに来ったよー!!」
「あーもう! そんな大声で……」
当然ながら、教室中の生徒たちがこの破天荒な幼馴染に注目する。あーあ、僕の策略が完全に裏目に出てしまったよ。これなら、まだ一人の方がマシだったかも……。
「ひ……毘奈姉!?」
それに気付いたポニーテールの浅黒い少女、まるで毘奈のコスプレみたいな僕の妹が、酷く焦りながら真っ赤な顔をしてこちらへ駆け寄って来る。
「な、なんで毘奈姉が一緒に来てるの!?」
「吾妻がね、一人で行くのは嫌みたいだからさ、この可愛くて優しい幼馴染が一緒に来てあげたのだよ!」
「毘奈姉が来てくれるのは嬉しいけどさ……恥ずかしいよ」
さすがにこの時ばかりは、妹に少し同情してしまった。僕が妹だったら、穴があったら入りたい気分だろうからさ。
でも、こんな恥ずかしい思いをさせられてるのに、妹の態度は僕が一人で来た時とは雲泥の差だったんだから。
まあ、これも僕が毘奈を連れて来た理由の一端でもある。妹の伊吹は、この陸上部の先輩で、完璧すぎる僕の幼馴染のことを、実の姉……いや、それ以上に慕っているんだ。
何しろ髪型や服装、部活に至るまで、まるで熱心な信者であるかのように毘奈のことを猿まねしてるんだからね。
「兄妹して何言ってんの! ね、吾妻、早くお弁当渡してあげて」
「ん……ああ、そうだな」
毘奈に促されるまま、僕は無愛想に弁当を渡す。妹は毘奈に申し訳なさそうにする一方、僕に対しては「余計なことしやがって……」ってな感じで、睨みつけてきた。
僕としては、小生意気な妹に一泡吹かせてやれて少し気分が良かったが、この奇妙な接触がもたらした特殊効果は、それだけでは終わらなかったんだ。
なにやら、やけに妹のクラスメイトたちが、僕らの周りに集まってきたぞ。
「も、もしかして、陸上部の天城先輩ですか!?」
「すごーい! 伊吹、知合いだったなら早く教えてよ!」
「去年の全中(全日本中学陸上競技選手権大会)見てました! 滅茶苦茶感動しました!!」
「スタイルいい! しかも可愛くて超美人!!」
「おい、あれが可愛くて有名な天城先輩か?」
「マジで!? ウオー! 噂以上だな!」
一瞬にして一年生の教室は、どこぞのアイドルでも来たみたいに大盛り上がりとなっていた。
黄色い声を上げる女子たちは、毘奈の周りをぐるっと取り囲んで、男子たちは距離をとりながらもニヤニヤしながら毘奈を眺めている。
「ありゃりゃ……しまったしまった、私としたことが正体がバレてしまったか!」
「あれだけ目立っといて、よく言うよ……」
どうやら、僕が思っていた以上に、この完璧過ぎる幼馴染の影響力は高かったようだ。
毘奈の周囲を取り巻く状況に、僕は我関せずといった感じでそれを眺めていたが、その災禍は思わぬ形で僕にも飛び火してくる。
「一緒にいるの、伊吹のお兄さんですよね? もしかしてお二人……付き合ってるんですか!?」
「ええ!! 嘘? 天城先輩の彼氏さんなんですか!?」
「な……なぬ!?」
そうか、そう来るのか。僕は想定外の質問にポカンとしてしまう。
そんなもの答えは最初から決まっている。しかし、毘奈は場を盛り上げようと、変なスイッチが入ってしまう。
「ねえねえ吾妻、私の彼氏かって聞かれてるよ! どうなの? どうなの?」
「ちょ! 毘奈、おまっ!?」
毘奈は僕の腕をたぐり寄せ、体を密着させながらわざとらしく上目遣いをして見せる。
一年生たちは、毘奈のわざとらしいパフォーマンスを鵜呑みにし、右往左往している僕に一気に注目が集まった。
やっぱり、毘奈なんか連れて来るんじゃなかった。僕がそう思った時、横から思わぬ助け船が入る。
「ちょっと、皆んないい加減にしてよ! 毘奈姉とお兄ちゃんはただの幼馴染だよ! 毘奈姉もふざけすぎ、変な誤解されちゃうよ!」
「あははは……ごめんごめん」
「大体、毘奈姉がお兄ちゃんみたいなイケてない男子と、付き合ってるわけないでしょ!」
最初はキッパリ否定してくれた妹に感謝しようとも思ったが、聞けば聞くほど、実に腹の立つ解説だった。
「あらら、ざんね〜ん! 吾妻、私の彼氏になり損なっちゃったね!」
「ああ、危ういところだったよ」
「何それ? 吾妻可愛くない!」
僕の軽口に毘奈はブーたれる。それからしばらく、毘奈は一年生からの質問攻めにあっていた。
その間も一年生たちは、毘奈の一挙手一投足をキラキラした目で見つめていたよ。
妹の伊吹も、毘奈の大人気ぶりに羨望の眼差しを向けている。まあ、少なくとも妹にとっては、毘奈と関係が深いことが知れ渡って、さぞかし鼻が高かったことだろう。
僕としては何もいいことはなかったが、せめて毘奈を連れて来てやったことには、感謝くらいして欲しいものだ。
「あ! 吾妻、話し込んでたら、もうお昼休み半分終わっちゃったね!」
「な……僕の貴重な昼休みが! やっぱり連れて来るんじゃなかった……」
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