第41話 職場に魔王が現れました
「君、おい、大丈夫か!?」
「んんっ……」
レイラとマヤが目を覚ましたのは、異世界に召喚されたときにいた公園の噴水横だった。
4か月の間、行方不明になっていたという。
「それが……何も覚えていなくて……」
病院で検査をしたのち、警察や知人に話を聞かれたが、レイラとマヤは口裏を合わせて、4か月間の記憶はないと言い張った。
ショッキングな事件ではあったが、人々はすぐにその事件を忘れてしまった。
妹にも無事に再会することができた。一児の母となっており、幼いころに何もしてやれなかったことを謝ろうと思っていたのに、逆に行方不明事件を心配されてしまった。
社長もひどく心配していたようで、レイラの無事を聞いてすぐに病院に面会に来てくれた。体の異常はないとわかるとすぐに職場への復帰を許されたのだった。
「ねぇ、なんか若くなってない?」
社長のもっともな意見にレイラはそんな気がすると曖昧に返事をした。
「どういうスキンケアしてるんですか?」
「先輩、プチ整形ですか? ヒアルロン酸注射とかボトックスとか、やっちゃいました?」
後輩からも散々聞かれたが、元々、レイラの顔立ちは大人びている。
若いころは実年齢より年上に、年を取ってからは実年齢より年下にみられていたので、明らかに前とは違うと思いつつも、誰もが肌がきれいなったとか、若く見える程度の認識だった。
そりゃ若返ったなんて、本当のことを言っても、誰も信じないよね。
ラディスと離れたレイラはまた年を取る。人より多少は長生きをするかもしれないが、20年など、年を取って死ぬ間際には誤差でしかない。
それからひと月は、仕事が忙しくて飛ぶように過ぎた。
「新作の反応を、次の会議までに調べておいて」
レイラは明日の会議の資料をまとめるようにお願いして、自分のデスクに向かった。
異世界での経験を活かして、今は女性がメインのアロマ商品を男性向けに開発しているのだ。
市場はニッチだが、その分、競合相手が少ない。
モニターの反応も上々で、手ごたえを感じていたところだった。
男性には男性セラピスト、女性には女性セラピストの方が、緊張がほぐれやすいし、相談もしやすい。
就業時間までに競合他社との売り上げ比較と、プロモーション比較、顧客獲得のために何をするのか話し合わないといけない。
忙しく仕事をしていると、時々ふとラディスが激務でまたしんどい思いをしていないか、無頓着だからそれにさえ気づかないのではないか考えてしまう。
今開発してるアロマオイルを試したら、絶対気に入ってくれるのに……。
レイラはそう考えて、首を振った。
「集中集中。共有ファイルに集めてもらった資料もまとめておかないと」
仕事に集中している間は、やることで頭がいっぱいで、何も考えなくて済む。
「ちょっと、宇田。社長室まで来て」
「はい!」
ちょうど、作りかけの資料で確認したいところがあったので、ファイルをいくつか手にして、レイ
ラは社長室に向かった。
社長のオフィスには、社長の他に秘書の役割をする人や、企画書や試供品、会議を開く有無を確認するために人がひっきりなしに出入りしている。
レイラが到着した時も、広いオフィスに5、6人の女性社員が出入りして忙しそうに仕事をしていた。
なぜか今日に限って彼女たちはそわそわとしているようだった。
異変を感じつつも、レイラは顔を上げて、固まった。
手に持ったファイルがバサバサと床に落ちる。
「な、なななんで……」
なんでここにいるのよ!? と言おうとしたはずなのに、全く言葉にならず、後半は魚のように口をパクパクとあえがせただけだった。
商談用に置かれたデスクの椅子には、社長と異世界にいるはずのラディスがいたのだ。
白銀色の髪に金色の瞳。人間離れした端正な顔立ち、シンプルな黒い服を着ているが、背の高いラディスは完全に日本のオフィスで浮いていた。
先ほど女子社員がそわそわしていたのは、彼がいたからだ。
しかも、今もチラチラと様子をうかがっている。
「いや、いやいやないでしょ! どうやってここに」
冷静さを取り戻したのか取り戻していないのかわからない叫び声を上げて、レイラは社長とラディスの元に走り寄った。
「待っていたのよ」
社長はしわだらけの顔でにこにこしている。
ラディスはコツッとレイラが異世界に置いてきたアロマの小瓶をテーブルに置いた。
「通行人に、これを作ってる場所に行きたいと言ったら調べてくれたから、来れた」
「は……そういうことを聞いてるんじゃなくてね」
今はスマホがあるから道を聞く人がほとんどいなくなった。だから相当あやしかったはずだ。
あれか、イケメンだと皆、あやしいと思わないのか?
「四角くて薄いものを指で操作して調べたようだ」
「そうじゃなくて! どうやってこっちの世界に来たの!?」
「あの神官に協力させて……」
確かシスは召喚には多くのマナが必要だと言っていたはずだ。
そんなに簡単に行き来できるはずがない。
「まあ、座りなさい」
レイラは過呼吸を起こしそうになりながら、社長に勧められて椅子に座った。
「知り合いのようね。新作アロマのモニターの方?」
「あ……いや、すみません。会社をお騒がせしてしまって……」
社会人として、この状況はかなりまずい。レイラの背中に冷や汗が流れる。
「すまない。すぐにすませる」
ラディスは社長に謝ると、レイラに向き直り、真剣な表情で告げた。
「道具も使う約束だっただろう」
「へっ?」
「何度ももったいつけられて使ってもらえなかった道具とやらを使えば、どれだけ気持ちいいか気になって仕事が手につかなくなった」
何を言っているの?
「そんな理由で?」
レイラはポカンとして、ラディスの顔を見た。
彼の顔は真剣そのものだ。
そんなためだけに来るか? 異世界の行き来は、そんなお手軽なものか!?
突っ込みを入れたいのに、社長と女子社員の目がある。異世界の話をここですれば、確実に頭がおかしいと思われるので言えなかった。
「宇田さん……道具を使って気持ちよくって……どういう」
近くに女子社員が思わずと言ったようにつぶやいた。
先ほどからレイラ以上に周囲がぎょっとして、レイラを見ている。
「え? いや、これはアロマで……」
「仕事にも身が入らない。お前がいないと満足できない体にしておいて、いなくなるなんて、あんまりだと思わないか? 責任を取ってくれ」
「はっ? う、え?」
いつになく饒舌なラディスに手をつかまれて、レイラは気絶したくなった。
「迎えに来た。約束は守ってもらわないと」
開いた口がふさがらないレイラの肩を、社長がポンポンとたたき、レイラにある道具を手渡す。
「後はやっておくから今日は早退してきちんと話し合いなさい。海外から知り合いが訪ねてきた。ということにしておくわ」
社長はいたずらっぽく笑った。
「あ……はい」
レイラは社長に手渡された天然石のカッサを見た。
カッサはアロママッサージのときに使う道具だった。
これでツボを刺激すれば、手以上の効果も得られる。
こういう道具には、多少の流行はあるが、特に体の凝りがヒドイ人には一度試してみて損はない。
「行くぞ」
ラディスに手を差し出され、カッサとラディスの手を交互に見つめた。
この手を取ったら、また異世界に連れていかれるのだろうか?
確かにラディスはすぐに無理をするから心配してたし、私がいつでも癒して上げられればいいなとはずっと思ってたけど、言葉少ないから何を考えてるかさっぱりわからないし、まあ、マッサージは気に入ってくれたみたいだし、いや、でも……。
レイラにも生活がある。
混乱しているレイラがラディスの手を取る前に、がしっとラディスに手をつかまれた。
「へ?」
「気に入っているんだ」
「マ、マッサージ?」
ラディスは意味深に微笑んだ。
それはレイラが見たラディスの初めての笑みだった。
そうして更なる説得を受け、色々と折り合いをつけて、あげくの果てに身辺整理をさせられた数週間ののち、深夜に公園に光の柱が立つ。
レイラは迎えに来たラディスによって、異世界に連れ戻されたのだった。
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