第33話 救出

 複数の神官たちに礼拝堂の中に引きずりこまれたレイラは、朦朧とする意識を叱咤して、懸命に数人の神官たちに抵抗しようとした。


「や……め」


 こちらは女性一人、対して男性の神官は複数。


 力も数も到底かなわない。


 しかもお酒の中に、媚薬のようなものが含まれていたらしく、体に全く力が入らなくなっていた。


 レイラの頭が現実を前に真っ白になっていく。


 どうにかして逃げないといけないのはわかっているが、思考に霧がかかったようで、何の手立ても思いつかない。


「マヤ様は嫌がらせを受けてると泣いていたんだぞ」


 一人の神官が、レイラをとがめるように言った。


 これは前にも女官が話しているのを聞いたことがあるが、全く身に覚えがない。


 そもそも、会ったのはほんの2回ほどしかなく、最近は顔もみていない。


「ご……かい、はな、して」


 レイラは呂律の回らない口で何とか言葉をつむぐが、神官たちは鼻で笑った。


「魔族の元にいた女の言葉を信じると思いますか?」


「心だけではなく、体も醜く穢れているのでは?」


「噂では魔王の寝所にはべっていたとか」


「ロ・メディ聖教会では、貞淑を重んじます」


「聖女は清らかなる乙女でなければならないのです」


「それを、私たちが確認して差し上げましょう」


 まるで自分たちが正しいと幼子に言い聞かせるように、神官たちは口々に言った。


 噂に過ぎないことを彼らはさも見てきたかのように語る。


 礼拝堂の左右には小部屋がある。


 そこにはソファや机などがあり、休憩が行えるようになっていた。


 どうやらそこに向かっているらしい。


 引きずられるレイラの視界に、礼拝堂の最奥にある巨大なステンドグラスが入った。


 今は太陽が空の頂点に来る時刻。


 太陽の強い光を浴びて、ステンドグラスの極彩色は目を開けていられないほど輝いて見えた。


「何をしているのです?」


 背後から険しい声が聞こえた。


「っ……シス様っ!」


 神官たち全員が弾かれたように礼拝堂の入口を振り返ったときだった。


 レイラの目の前で、けたたましい音を立ててステンドグラスが割れ、キラキラと太陽の光を反射させながら、舞い落ちた。


「!!?」


 破られたステンドグラスの向こうから入ってきた人影が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 じゃりじゃりと割れたガラスを踏みしめる音が聞こえる。


 白銀の髪に、黄金色の鋭い瞳。端正な顔には、いつものように眉間に深いしわが寄手散る。


 ラディスだ。


 レイラは泣きそうになった。


「お前は……」


 レイラの腕をつかんでいた神官が恐怖に震える声を出した。手も震えている。


「下がりなさい!」


 シスが走り寄ってくるが、神官たちが、見えない力に上から押し付けられるように次々と地面に倒れる。


「あ……」


「う、あぁ……」


 レイラは拘束を解かれて、床に崩れ落ちるところを、ラディスの腕に支えられた。


「魔王、こんなところにまで乗り込んできて、戦争を始めるつもりですか?」


 シスの唸るような声が聞こえた。


 レイラはゆるゆると顔を上げた。


「姑息な手でレイラをさらっておいて、よく言う」


 ラディスの手から、小指の先ほどの小さな小石が床に落とされる。


 それを見たシスがはっとした顔をした。


「返してもらう」


 レイラは力の入らない腕で、ラディスにすがりつこうとした。


「彼女は私が召喚した聖女です」


「殺そうとしたところを私が助けた。レイラはもう私のものだ。死体の処理をせずに済むとお前も言っていただろう」


「あの時は……知らなかったので」


「死体の処理……やっぱり最低だわ」


 絶句していたレイラが我に返ってあきれていると、ラディスが、レイラの力の入らない腕の代わりに、ぎゅっと抱きしめてくれる。


 ラディスの体温を感じると、じわじわと心に安堵感が広がっていく。


 どうやってここから抜け出すかばかり考えていたのに、ラディスが助けに来てくれた。


 まさか彼が迎えに来てくれるなんて、考えもしていなかった。


 この世界に来て、彼だけが最初から最後まで、レイラを庇護してくれている。


 それが例え、レイラを通じて、誰かに向けた行動だとしても。


「私がこの世界に召喚したのですよ!」


 シスが腕を振ると、光の槍が、地面からラディスの体を狙う。


「聖女を返しなさい」


「遅かったな。彼女はすでに俺の眷属だ」


 レイラを抱きしめたまま、ラディスは後ろに飛びすさった。


 ラディスを狙って、地面から光の槍が立て続けに突き出す。


 それをすべてよけたラディスだったが、背後から、光の網のようなものが覆いかぶさってくる。


 レイラを不安定に抱きしめたままだったため、反応が遅くなる。


「くっ」


 光の網を振り払ったところで、シスが肉薄し、次の瞬間、手に出現させた光の槍でラディスの肩を貫いていた。


「……聖職者のくせに、ずいぶんと攻撃的な」


「あなたに言われたくありませんね」


 ラディスが肩を突き刺した光の槍をつかむ。


 彼が触れた場所から槍は黒く変色し、光を侵食して黒い槍へと変えていく。


「っ!? 光が汚染されている」


 シスが黒く変色していく槍を手放すと、槍は光の粒子になって霧散した。


「近寄るな」


 なおも攻撃の意思を示して、手をかざしたシスに、ラディスが鋭く言い放つ。


 大きな声ではないが、その場が制止したかと錯覚するほど力のある声だった。


「瘴気の穴の浄化という目的は一致している。心配せずとも、レイラは私の庇護の下、役割を果たす」


「魔族の言葉など、誰が信用できますか」


「魔女……」


 ラディスがつぶやく言葉に、シスの表情が凍り付いた。


「500年前、お前たちが召喚し、用が済んだら魔女として皆殺しにした聖女たちの生き残りが、今回の瘴気の穴を生み出している」


 シスはぎこちなく首を振った。



「私から見たら、人間の方がよほど残酷で、穢れている。レイラも役目を終えたら殺すのか?」


「何を言っているのです? ……そんな昔のことは資料に」


「そんなことはさせない」


 言い捨てると、ラディスはレイラを抱えたまま、ステンドグラスが割れて吹き抜けになった窓の外へ跳躍した。


「待ちなさいっ」


 一度の跳躍で礼拝堂の外に出たラディスに、普通の馬の数倍は大きい魔獣の馬が駆け寄ってくる。


 ラディスがレイラを抱えたまま、ひらりと馬に飛び乗ると、馬は走り出す。


 馬に揺られながら、レイラは血がにじんだラディスの肩に手を伸ばそうとした。


「ケガ……」


「問題ない。しばらく眠れ」


 ラディスの大きな手が、レイラの視界を塞ぐ。


 こんな風に意識を失ってばかりのレイラは、抵抗しようとしたが、そこで意識は唐突に途切れた。

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