第32話 頭の中では色々考えています Side:ラディス

「行方はつかめたのか?」


 ラディスの低い声に、答えるものはいなかった。


 ラディスとシルファの足元には家臣一同が頭を垂れてひざまずいていた。


 沈痛な空気が流れる。


「……も、申し訳ございません……がっあっ」


 家臣は話を終えることなく、床に突っ伏した。


 室内に風が吹き荒れ、窓ガラスが割れ、調度品にひびが入った。


 強大なラディスの魔力に威圧され、立っていることができなくなったのだ。


 見開かれたラディスの黄金色の瞳が、爛々と輝いて、白銀の髪の間から彼らを見ていた。


「陛下、それくらいで……、みな、気絶しています」


 シルファが声をかけてくる。


 ラディスは目を細めて家臣たちに背を向けた。


「使えん奴はいらん」


 些細な失敗で、処分になった家臣は、すでに数十人にも及んだ。


 レイラがいなくなって3日、まともに眠れない日が続いていた。


 ラディスは日に日に自分がいら立っていくのがわかっていた。


 レイラを愛玩動物だとシルファは揶揄していたが、逆だった。


 短い間に、いかに自分がレイラに飼いならされてしまっていたか思い知らされる。


 彼女が下心なしに本気でラディスの体を心配してくれていたこと。


 レイラが触れるだけで癒され、心地よかったのは、彼女の純粋に疲れたラディスを癒したいという気持ちが、指先を通して無意識に癒しの力を発現させていたのだろう。


 それは彼女が人間だからというわけではない。


 レイラが消えたとき護衛についていながら、レイラを守れなかったロビィには謹慎を言い渡した。


 本人は相当落ち込んでいたようだった。


 レイラの消えた鳥かごに残っていたのは、どこにでもある小さな小石のみ。


 目撃情報と魔力残滓から、人間の利用する法術の類でどこかに転送されたと予測はできたが、それ以上のことはわからなかった。


 こんなことならば、一時も離れるのではなかった。


 レイラはか弱い人間だ。


 こうしている間にも、彼女の身に何が起こっているかわからない。


 真っ先にロ・メディ聖教会を疑ったが、今にも飛び出して行こうとするラディスを、シルファが戦争を起こすつもりかと止めた。


 魔族の王であるラディスが証拠もなしにロ・メディ聖教会に乗り込めば、全面戦争になりかねないというのだ。


 さらにラディスにはやらなければならない仕事が山積みだったため、シルファに懇願されて、調査を家臣にさせていたが、これ以上は待てなかった。


「証拠があればよいのだろう」


「ラディス様! お待ちください」


 シルファの制止を振り切って、ラディスは廊下にでた。


 シルファも慌てて後に続く。


 リリンが行方をくらませているが、リリンはよくも悪くも単純で、邪魔ならばすぐに自ら手を下して処分していただろう。こんな遠回りなことをするとは思えなかった。


 誰かにそそのかされたか……。


 人間の法術に接する機会があるとすれば……。


 そこでラディスは地下牢へと向かった。


 確かリリンには、城に潜り込んでレイラを探っていた人間の尋問を担当していた。


 異世界から召喚されたレイラはこの世界に知人がいない。彼女を知る人間はさらに限られている。


 今、最もレイラを手元に置きたいのは、彼女をこの世界に召喚して、自分が望むものではなかったと処分しようとした神官だけだ。


 人間は瘴気が大地にたまり染み出してくる約500年ごとに異世界から召喚した聖女の力で、瘴気を浄化してきた。


 500年前もそうだった。


 教会は複数の聖女を異世界から召喚し、聖女の力で瘴気の穴を塞いだのだ。


 その後は、元の世界に返したと発表したが、裏では聖女たちを全員始末していた。


 人間はある意味、魔族以上に狡猾で残酷な生き物だ。


 地下牢に到着したラディスだが、牢につながれていたはずの人間の男は、どこにも見当たらなかった。


「ここにいた人間は?」


 地下牢を管理している魔族は、腰を低くしてラディスにひれ伏した。


「……それが、リリン様が拷問の力加減を間違えたようで……人間はもろいですから」


「あぁ……あの子、獲物をいたぶると止まらないところがありますからね」


 納得したようにシルファはうなずく。


「死体は?」


「処分を任されたので……遺体は、へへっ我々の何人かで分けて」


 牢番の魔族は、しゃがれた声で引きつった笑いを浮かべる。


「うえ、男の固くて臭そうな肉なんて分けてどうするんですか……これでは、証拠は残っていませんよね」


 ラディスは無言で、人間の男のつながれていた場所に近づいた。


 何かが光ったように見えたのだ。


「……」


 無言で小さな灰色の小石を拾い上げる。


 レイラが消えた鳥かごの中に落ちていたものと同じものだ。


 その場で、魔力残滓を検知すると、どうやら空間と空間をつなげて、通信を行うような痕跡が小石に残っていた。まだかすかに術者の魔力が残っている。


「通信に移動……召喚も……空間をつなげるな」


 どれもが同じ系統の魔術……人間でいう法術を利用している。


「これがあれば十分だ」


 この小石は魔術スクロールのようなものだ。


 魔術を閉じ込め、それが本来扱えない者もスクロールさえあれば、魔術が使えるというものだ。


 ただしよくある巻物にずらりと術式が書かれているスクロールとは違う。


 術式を圧縮して小石に詰める。


 かなり高等な技術が使われている。


 痕跡をたどれば、術者にもたどり着けるだろう。


 小石を握り締めて、地下牢を出たラディスに、レイラを捜索するために出ていた調査隊の一人が駆け寄ってきた。


「西の森に出現したいくつもの瘴気の穴が一晩にして消失したという情報がありました。聖女の作った聖水によるものとか」


「それは……」


 ラディスは次の瞬間には廊下の窓のへりに足をかけていた。


「情報はそろったからいいだろう。迎えに行く」


「ラディス様! いけません。あなたにはやることが、あぁぁぁ待ってください!」


 シルファの制止の声を振り切って、ラディスは窓枠を乗り越え暗闇の中に消えた。

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