第7話 水の天馬(ペガサス)と囚われた魔導師

 ジュリアは湖に戻った。


 誰も追ってきてくる気配はない。辺りはさっきまでの騒ぎが嘘のように、静かだった。


 目の前の湖も、何も物言わない。


「わたくしの……思い違いだったのかしら。いいえ、ミゲルは確かに、湖に向かって魔法の呪文を……」


 ジュリアは湖に近寄ろうと一歩踏み出した。すると、つま先に振動が伝わってきた。

 揺れている!?


 そう思っているあいだに揺れはどんどん大きくなり、ジュリアは踏ん張らなければ立っていられないほどだった。


 やがて、目の前の湖面が盛り上がったかと思うと、水しぶきとともに、大きな何かが湖から姿を現した。

 水でできた翼が、太陽の光を受けて、七色にきらめく。


 ――水の天馬ペガサスだ!


「やっぱり、ミゲルは湖に魔法をかけていたのね!」


 ジュリアの予想は当たった。


 七年前のあの日、ミゲル少年は助けてもらった礼として、魔法で、ジュリアに小さな水の天馬を見せてくれた。そのとき彼は、

「今はこんな小さな馬しか出せないけど、大人になったら、もっと大きな馬を出せるくらいの魔導師になるよ」

 と、言っていた。……まあうろ覚えだけれど。


 今の、大人の彼なら湖から大きな水の天馬を生み出せるはず、湖に向かって叫んだのは、そのための呪文だったのではないか……と、ジュリアは考えたのだ。


 そして、そのジュリアの考えは当たった。

 目の前には、翼を持つ、巨大な水でできた馬。


 この馬に乗って、ミゲルを助けにいけるかも。いや、ミゲルはきっと、それを望んでいる。自分の救出を、わたくしに託したのよ。


 ジュリアは勝手にそう思うことにした。


 が、水の馬は翼をはためかせ、今まさに飛び立とうとしていた。水しぶきと突風が、ジュリアを襲う。


「えっ? わたくし、まだ、乗っていないのよ?」


 ジュリアは慌てて水の馬の尾っぽにしがみついた。すると痛かったのか、不快だったのか、天馬は尾っぽを振り回した。ジュリアは空中に投げ出される。

 一回転して、どすんと着地したかと思うと、偶然にも天馬の背の上にいた。振り落とされなくて済んだようだ。

 天馬の体はすべて水でできているのに、ジュリアは沈むことはなく、たてがみにしがみつくことができた。


「お願い、水の天馬ペガサスさん! わたくしを、ミゲルのところへ連れて行って!」


 ジュリアはしがみつきながら、天馬に叫んだ。すると、


『もとよりそのつもりだ。私は我があるじミゲル殿の元へ。ついて行きたいなら勝手にしろ』


 天馬は低い声でジュリアに答えた。


 この水の馬、しゃべった!


 話しかけておいて、ジュリアは驚いていた。魔法って、すごい。


『行くぞ、女。せいぜい落ちないようつかまっていろ』


 水の馬はそう言うなり、空高く飛び立った。



♦♦♦



「おい、今何と言った? ミゲル魔導師とやら」


「何度でも申し上げます、アンドロイドを異世界から召喚したのは、ジルベール王太子が俺好みの女を召喚しろと、僕に命令したからです」


 ここはテーラ国の王宮の地下にある尋問室。国や王族に対しての反逆者は捕らえられ、ここで取り調べられる。


 ミゲルも両手両足を縛られ、天井から吊るされる形で拘束され、シャルルの尋問を受けていた。部屋にはミゲルとシャルルのほか、数人の兵士が控えている。

 シャルルはミゲルの発言に綺麗な顔を歪ませ、苦虫をかみ潰したような顔をした。


「嘘を言うな。あの真面目な兄上が、そんなことを言うはずはない」


「嘘ではありません。ちなみに召喚しろと迫られたのはこれが初めてじゃないんですよ。いくら僕が一級魔導師だからって、私的な理由で異世界から女性を召喚するなんて人道的に無理ですって、毎回毎回なんとか説得して回避してたんですから」


 少年王子は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。言葉がないようだ。案外表情がころころ変わるタイプなんだなあ、とミゲルは思った。

 縛られている手足が痛い。魔力を封じられていなければ、こんな枷、すぐに外せるのに。


「魔力封印銃っていうのには参りましたよ。いつそんなアイテム造ったんですか? やっぱり魔力が高い人間ってのは国にとってやっかいですか」


 ミゲルは相手を無駄に刺激させないよう、努めて何気ない口調でシャルルに問うた。

 そんなミゲルをシャルルは「誰が質問していいと言った?」と、ひと睨みしたが、

「当然だろう、魔力が高い人間というのは脅威だ。私も魔力が多少あるが、そんな比じゃない。国に仕えさせて、管理するべきだ。お前もその口だろう?」

 と、何気にミゲルの質問に御丁寧に答えてくれた。ミゲルは若干拍子抜けしながらも、


「ええ、そうですよ。数年おきにある魔力検査に十四歳で突然引っかかって、王宮に仕えるよう、お達しが来ました」


 昔のことを思い出し、遠い目をした。


「十四歳か。今の私より二つ若いだけじゃないか。大分遅い方だな」

「はい。かなりレアケースだと言われました」


 そう、魔力検査に引っかかって、王宮に仕えるのが決まったのは七年前、子どものジュリア様と出会う少し前だった。もともと体が小さくて、いじめられっ子だったが、王宮に仕えることが決まると「生意気だ」とさらにいじめられる羽目になった。魔力はあっても、まだ魔法はうまく扱えなかったから、いじめっ子たちに太刀打ちできなかった。それこそ、小さな水の馬をつくるのが精いっぱいで。


「……あれから、ジュリア様にふさわしい男になろうと、一級魔導師を目指したんです」


「……は?」


「あ、いえ、すみませんシャルル殿下、こっちの話で……」


「――こ、こんな和やかに会話してる場合じゃない……貴様、私をおちょくってるな!」


「ちょっと、シャルル殿下だってけっこうのってたじゃないですか!」


「うるさい! かくなる上は……、おい、大量のトカゲを持って来い!」

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