第6話 連れ去られた魔導師とひと芝居うつわたくし

「う、うう……」


 ミゲルは地面に突っ伏したまま、うめき声を上げている。

 ジュリアはシャルルの制止を無視して、ミゲルを助け起こそうとした。


「ミゲル、しっかりして」


「うう……、ジュリア様、僕は、大丈夫です、心配しないで……」


 ミゲルはうつ伏せになったまま、唇だけを動かし、何かをしきりに唱えていた。


(何かしら……呪文……?)


 背中を何かに撃たれたように見えたけれど、外傷は見当たらない。ただ、ひどく苦しみ、起き上がれないようだ。


 影が落ちて、はっと顔を上げると、すぐ傍にシャルル第二王子が立っていた。幼い顔に似合わず、厳しい表情をしている。

 そして、驚くべきことを言った。


「そこをどいてもらえますか、ジュリア伯爵令嬢。お二人の会話を中断して申し訳ないが、この者は、私の兄、ジルベールを惑わせた罪で捕えさせていただきます」


「ジルベール様を惑わせた?」


「ええ、そうですよ。この魔導師は、異世界からアンドロイドという女を召還し、我が兄、未来の国王を腑抜けにした……。重罪です」


 シャルルは冷ややかにミゲルを見下ろした。


「ま、待って、シャルル殿下、ミゲルを連れて行かないで、話を聞いて下さい」


 ジュリアはミゲルに覆いかぶさろうとしたが、シャルルの護衛に無理矢理立たされ、自由を奪われた。


「手荒な真似をして申し訳ない、ジュリア伯爵令嬢。ちゃんと屋敷に送り届けさせますから」


 シャルルは厳しい顔を崩さなかった。そのまま屈んで、うつ伏せに倒れるミゲルの状態を調べた。護衛の一人が声をかける。


「殿下、危ないですよ」


「大丈夫だ。私も魔法が多少使えるしな。それに、魔力封印銃はうまく命中したようだ。どうだ、ミゲルとやら、魔力が放出できないだろう?」


 シャルルは手荒くミゲルの頭を掴んだ。ミゲルはなおもなにか呪文を口にしていた。


「なんだ、往生際が悪いな」


 シャルルは片頬を引きつらせると、


「この魔導師を王宮へ連れて行け! 色々と聞きたいことがあるからな! みんな吐かせてやる」


 取り囲む護衛に命じた。


「ミゲル! ミゲル!」


 ジュリアは必死にミゲルの名を呼んだが、ミゲルは答えず体を弛緩させたまま、護衛たちに引きずられるように、連れて行かれる。


 と、湖の前を通りすぎるとき、彼は突然、湖に向かって、大きな声で叫んだ。


「――、――、――!!」


 ジュリアには聞き取れない、魔法の呪文のようだった。


「無駄だ、お前の魔力は封印銃によって封じてある。魔法は使えない。無駄な抵抗はよせ」


 シャルルが興ざめしたように吐き捨てた。そして、


「雇われ魔導師の分際で、兄上を惑わせたことを後悔させてやるからな。覚悟しろよ」


 冷酷な笑みを浮かべた。


「ではごきげんよう、ジュリア伯爵令嬢。お前達、彼女をちゃんと屋敷まで送り届けるんだぞ」


 そう言い残して、シャルルはミゲルとともに木立の中に去って行ってしまった。


「そんな……ミゲルに何をしたの? これからミゲルに何をしようって言うの?」


 ジュリアは取り乱して、普段の言葉遣いも忘れ、その場に残ったシャルルの護衛たちに尋ねた。


 シャルルの護衛たちは、至極冷静に、


「ジュリア様がお気になさるようなことではありません。さあ、屋敷に戻りましょう。あちらに魔法馬車を用意してあります。シャルル殿下のご命令なんですから、我儘を言わないで下さいよ」


 と言って、ジュリアに歩くよう促した。どこか軽んじられている口調だわ、とジュリアは思った。もうジルベール王太子の婚約者でなくなったわたくしには、用がないのね。


 ジュリアは考えた。


 あのシャルル殿下の言葉から言って、ミゲルは王宮で酷いことをされるに違いない。ミゲルの魔力を封印したとも言っていた。魔力を封印されて、魔法が使えなかったら、あのトカゲ一匹怖がる彼は、シャルル殿下に太刀打ちできないだろう。

 きっと彼は、昔飼っていた犬みたいに泣き出すに違いない。


 わたくしが、なんとかしなければ……。魔法が使えない彼のために……。



「さあ、ジュリア様、馬車にお乗りください」


 シャルルの護衛が、いかにも事務的に、ジュリアを馬車へエスコートした。ジュリアははっとした。


 ミゲルは銃で撃たれてからずっと、何かを呪文のようなものを唱えていた。そして、最後に湖に向かって、何か叫んでいた。ジュリアには聞き取れなかったが、あれは……。


 ジュリアは七年前のことを思い出し、もしや、と思った。そして、決心した。


「いたたたたたた! 痛いですわ!」


「ど、どうしたんですか、ジュリア様!」


 ジュリアは腹を押さえて、その場にしゃがみ込んだ。


「お、お腹が急に、とっても、痛いですわ! とても我慢できません! わたくしちょっと茂みの中へ行きますので、戻ってくるまで絶対に覗かないで、声を掛けたりしないで下さいね!」


 一世一代の芝居を打ち、ジュリアは喚きたてた。


「し、しかしジュリア様、シャルル殿下に無事お屋敷にお送りするよう我々は命令されて……」


「んまーーあ! 察しが悪いです事! 妙齢の女が腹が痛いと言ったらアレですのよアレ! 気がつかないなんて殿方失格ですわ!」


「はっ……、も、申し訳ありません……では、我々はここでお待ちしておりますので」


 言葉の内容よりもジュリアの剣幕に押された形で、シャルルの護衛たちは身を引いた。ジュリアは最後に一言、


「絶対に覗かないで下さいましよ!」


 と言って、茂みの中に入って行った。


 護衛の者が追ってこないのが分かると、ジュリアはもとの湖の場所へ全力疾走した。

 ミゲルは湖に向かって、何か呪文を叫んでいた。あれはきっと――。

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