第4話 忘れていた出会いとなんだか可愛い魔導師
「ひどいですよ、ジュリア様、僕のどこが女の子に見えるって言うんですか!」
「そ、そうよね、貴方はどう見ても男性よね……。だけど、わたくしが子供のころ、ここで出会ったのは、貴方だったわ。闇夜のような黒い髪と、白い肌に、青い目……とくに、今してるその涙目がそっくり」
ジュリアは頭の中でパズルのピースがかちりとはまるのを感じた。楚々とした伯爵令嬢が板についた今では、すっかり忘れていた出来事だった。
ジュリアはそのとき、十一歳だった。だから、七年前ということになる。母親と魔法馬車に乗り、来年から通う貴族の女子学校を色々見て回っている最中だった。
ジュリアは退屈していた。どこの学校もつまらない話ばかり。女性の幸せとは、でしゃばらず、逆らわず、おとなしく、たった一人の結婚相手に従い、一生仕えることだと説かれ、……じつにつまらない生き方だと思った。
これ以上、女子学校見学を続行したくなかったので、ジュリアは母親の目を盗んで馬車を飛び降り、逃げ出したのだった。せっかく遠出したのだから、色々なところを自分の足で歩いてみたい、というのもあった。
走って走って、馬車から逃げきると、この湖を見つけた。雨上がりの湖面に虹がかかり、とても綺麗だった。ジュリアが伸びをして、全身に太陽の光を浴びていると、一人の女の子が数人の男の子に取り囲まれているのが目に入った。
女の子は男の子たちに小突かれて、雨上がりの地面に転がった。ジュリアはいじめられている、と思い、とっさに助けに入った。
「……あのとき、いじめられていたのが貴方だったのね」
ジュリアは昔を思い出しながら、ミゲルの方を見た。
「ええ。あのとき、ジュリア様はすごい剣幕て『やめなさいよ、あんたたち!』って、僕を助けてくれました。一人の男が『女のくせに生意気だ』って飛びかかってきても、ひるまずに、男の腕を噛んだりして、応戦して……」
ミゲルが嬉しそうに、だけどどこか恥ずかしそうにうつむいて、顔を赤らめた。
何なのかしら、この魔導師。わたくしより年上で、十九か二十歳くらいに見えるのに、憎らしいぐらいに可愛いわ……。
ジュリアははしたなくも、しげしげとミゲルを見つめてしまった。ミゲルはうつむいているので気がつかずに、しゃべり続けていた。
「男たちはやがてジュリア様の攻撃に根負けして、逃げていきました。ジュリア様はお召し物が泥だらけになったけれど、一向に気にせず、それどころか、僕のケガを気遣ってくれました。……ご自分だって、擦り傷だらけだったのに」
「男の子たちはきっと、わたくしのドレスを見て、貴族だとわかったのでしょうね。それでまずいと思って……」
今思えばそうなのだろう。いくらなんでも一人の女が多数の男にかなうわけない。
「たとえそうだとしても! 僕にとって、あのときのジュリア様は……まさに女神様でした! そのあと、ご自分のドレスを切り裂いて、僕の傷の手当までしてくれて……僕の女神です、本当に、あのときは、どうもありがとうございました!」
ミゲルはそう言うなり、ぱっと顔をあげて、子犬のように、微笑んだ。
その笑い方も、ジュリアは覚えていた。
いじめっ子の男の子たちが去ったあと、ジュリアは自らのドレスを引き裂き、ミゲル少年にキズの手当をしてやった。
ミゲルは手当てしてもらった箇所をじっと見つめたあと、
「お礼に、水の馬を見せてあげるね」
と言って、湖に近寄り、なにかの呪文を唱え始めたのだった。呪文が終わると、ミゲルはしゃがんで湖の水を両手ですくい、ジュリアの顔の前に掲げた。
「ほら」
そこには、水が集まってできた、小さな
「わあ」
ジュリアはその滑らかな水の馬に見とれた。見る角度によって翼が七色に光り、とても綺麗だった。
「助けてくれて、ありがとう。今はこんな小さな馬しか出せないけど、大人になったら、もっと大きな馬を出せるくらいの魔導師になるよ。……き、君のために……いや、何でもない、助けてくれて、本当に、ありがとう」
そう言って、ミゲルは今みたいに笑ったのだ。それこそ、しっぽを振った子犬みたいに。七年経っても変わっていない……そう思うと、自然とジュリアに笑みがこぼれた。
――が、そこではっとした。
この魔導師が「アンドロイド」とやらを召喚して、わたくしは婚約破棄されるはめになったのではなかったのか。わたくしの一生を台無しにしたのではなかったか。
彼は一体なぜ、そんなことを……?
ジュリアはほころびかけた口を引き結ぶと、ミゲル魔導師から距離を取った。
「ジュ、ジュリア様……?」
ジュリアの行動にミゲルは戸惑いの表情を浮かべた。
「貴方がわたくしと昔出会っていて、わたくしに感謝の気持ちをいだいていることは、分かりました。ならなぜ、わたくしの婚約の邪魔を貴方はしたの? あのアンドロイドを召喚したのは、貴方なのよね? 一級魔導師さん」
そう、しかも彼は魔導師の中でも優秀な、一級魔導師なのだ。女性が地位のある職業に就くことはこの国ではほぼないので、ジュリアは魔導師がどういうふうになるものなのかは知らないが、一級魔導師というのがとてつもない魔力を持ち、すごい魔法を使える、ということは知っていた。
わたくしの頭の中に話しかけてきたのも、空中に浮いたのも、ここまで一瞬で飛んできたのも全部、彼の魔法なのだわ。すべての魔導師が使えるわけではない、高度な魔法。
迂闊だった。目の前の魔導師は全然強そうに見えないけれど、むしろ守ってあげたくなるようなオーラを発しているけれど、実際は、何をしてくるのか分からないのよ。昔飼っていた犬みたいに可愛いからって、心を許すところだった。あぶないあぶない。
ジュリアは身構え、
「答えて頂戴。貴方はなぜ、私の婚約の邪魔をしたの?」
隙を見せないようにしっかりと、ミゲルを見据えた。ミゲルはそんなジュリアの態度に困ったように頭を掻くと、幾分決心したように口を開いた。
「実は、ジュリア様に二人きりでお話したいことがあるとは、それなのです。ジュリア様、ジルベール王太子は……ジュリア様が思っているような方ではありません。彼はただの軽薄な、女好きです」
「な、なんですって?」
ジュリアは絶句した。
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