第3話 監禁されるわたくしと迎えに来る魔導師

 家に戻ったジュリアは、当主である父親の命令で、半ば監禁状態にあった。

 理由はジュリアが「王太子殿下に婚約破棄された恥さらし」だからだ。

 父親だけでなく、家族全員が、婚約破棄されたのはジュリアに非がある、と一方的に責め立てた。


(わたくしが正式にジルベール殿下の婚約者に決まったときは、さすがジュリアだと、あれだけ賞賛してくれていたのに……)


 昼食後、ジュリアは自室のソファに腰かけ、メイドが出してくれた紅茶もそのままに、ぼんやりとしていた。


 今日だけではなく、ここ数日はずっとこうして過ごしていた。もう貴族の女子学校に行く意味もないと父親は考えているようで、ジュリアは自分とは今までなんだったのかと何度も自問した。


(王太子の婚約者、という肩書が消えたら、一気にお荷物あつかい。お母様は次の貰い手を早く探さないと、と躍起になっている。まるでわたくしの人生が終わったかのよう)


 結局自分の価値は「王太子の婚約者」というただ一点だったのだ。その考えにどうしても帰結してしまい、ジュリアはそのたびに涙をこぼした。


(わたくしってば、泣き虫になったわね……)


 ――ジュリア様、ジュリア様、聞こえますか。窓の下をご覧になって下さい――。


 突然頭の中に声がして、ジュリアははっとした。今のは何?


 ――ジュリア様、僕です、ミゲルです――。


 ミゲル? 誰だったかしら。ああ、あの、アンドロイドを召喚したという、一級魔導師の。


 ジュリアは膝の上で拳を震わせた。


(そうよ、もとはといえば、あの魔導師が余計なことしたせいよ。そうでなければ、ジルベール殿下はわたくしと結婚して……)


 ――ジュリア様、お願いです、お部屋の窓の下をご覧になって下さい――。


「ああもう! うるさい!」


 なんなの? この頭の中に直接響く声は! 窓の下? いいわ、見てやろうじゃない。


 ジュリアは部屋の窓を開けて、身を乗り出し、見下ろした。そこには、一人の見慣れない青年が立っていた。

 塗りつぶしたような漆黒の髪に、白い肌が際立っている。質素な服装をしていた。


「貴方、どなた? ここはうちの屋敷の敷地内よ。どうやって入ったの?」


 ジュリアは青年に叫んだ。青年は口元に人差し指をあてる仕草をした。


 ――僕は、先日お会いした、一級魔導師のミゲルです。まわりの者に気がつかれますから、どうか静かにしてください――。


 また声が頭の中に響いた。宥めるような優しい声で、不思議と不快ではなかった。


 ――ジュリア様、貴方にどうしても、お話したいことがあります。二人きりで、話せませんか――。


(彼がミゲル魔導師? 二人っきりで話すなんて、どうやって)

 ジュリアは困惑して、後ろに二歩ほど下がった。


 ――今、そちらに迎えに上がります――。


「え?」


 気がついたら、ミゲル魔導師が、ジュリアの目の前に立っていた。


 いや、目の前にという表現は語弊がある。


 正確には、ミゲル魔導師はジュリアの目の前……窓の外に浮いていた。


「――っ!!」


 その信じられない光景にジュリアは叫び声を上げそうになるが、ミゲルの右手に口を塞がれ、阻まれた。


「ご無礼をお許しください、ジュリア様。さあ、どうか僕と一緒に来てください」


 ミゲルがジュリアを自分の方に引き寄せた。ジュリアは口を塞がれたまま、腕をばたつかせ、抵抗した。


(むぐぐ……ひ、人さらい――!!)


「あばれないで。ジュリア様、お願いですから。貴方の自由を魔法で奪いたくはないんです」


 切実に懇願するようなその声に、ジュリアははっとした。目の前に、色の白い青年の顔があった。綺麗な顔立ちだが、今にも泣きだしそうに青い色の瞳が揺れている。


 ジュリアは昔屋敷で飼っていた犬を思い出し、なぜか罪悪感にかられる。


(なんなのこの魔導師。いい年して子供みたいに。なんでわたくしの方が悪いことをしている気にならなければならないの)


 気がつくとジュリアは抵抗を止めていた。その隙に、ミゲルはジュリアをふわりと抱え上げ、窓から


 ジュリアは気が動転して、叫び声も上げられなかった――。




 ジュリアを抱えたまま、ミゲルは木々に囲まれた、人気のない湖の近くに着地した。ジュリアの家の窓から飛んで、一瞬のことだった。


 ジュリアをそっと柔らかい草の上に降ろすと、ミゲルはその場にしゃがみ込んだ。


「はあ、はあ。魔法の連発でさすがに疲れちゃった」


 荒い呼吸をくり返している。ジュリアは茫然と湖を前に立ち尽くしていた。


「この湖……ここは、わたくしの家からだいぶ離れた場所ではなくて……?」


 ジュリアはこの場所を覚えていた。子供のころ、遠出するために乗っていた魔法馬車から勝手に抜け出して、迷い込んだ所だ。


「お、覚えていらっしゃったんですね!」


 しゃがんでいたミゲルはそう言って立ち上がるなり、少年のように頬を上気させた。その表情を見て、ジュリアはあ、と思った。合点がいった、というふうに手のひらに拳をぽん、と打ちつける。


「貴方、もしかして、あのときの女の子!?」


「ええーー!? 女の子? 違いますよ、なんですか女の子って!」


 ミゲルの叫び声が湖にこだました。


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