第2話 憂鬱な第二王子とポンコツ王太子

 王太子が正体不明の美女にぞっこんだ、という噂は瞬く間に王宮内に広まった。

 ジルベールはいかなるときも「アンドロイド」を傍に置き、かたときも離さないと。


 テーラ国の王……ジルベールの父親は、王の間にもう一人の息子、第二王子シャルルを呼んだ。


「私に話があるそうだな、シャルルよ。申してみよ」


 王は王座にふんぞり返り、突き出た腹をさすりながら、まだ少年と言える第二王子を見下ろした。王妃との子ではなく、側室との間にもうけた子供だった。

 国王に発言を促され、シャルルは母親譲りの綺麗な顔を引き締めた。

 

「恐れながら申し上げます。父上、最近の兄上は、おかしくはないでしょうか」


「おかしい、とは?」


 国王は赤ら顔でげっぷをした。もう昼だというのに、昨日たらふく飲んだ酒がまだ抜けていない。シャルルは自分の話をちゃんと聞いているのか不安になったが、めげずに続けた。


「正式に婚約者だったジュリア伯爵令嬢と、突然、婚約破棄したと思ったら、得体の知れない女性と四六時中くっついて、公務をおろそかにしています。彼女は一体誰なんですか?」


「あー、アン……アンドロメダ? ちがうな、アンド、なんとかと確か言っていたな。ジルベールはジュリア嬢ではなく、そのアンドなんとかを王妃にするそうだ」


「ちょ、父上、するそうだ、って、何を呑気な。伯爵家になんて説明するのですか。それに、名前もよく分からない女性が未来の王妃陛下だなんて」


 シャルルはいい加減な国王に、たまらずツッコミを入れた。


「伯爵家なんて……ヒック、どうとでもなる。それに国は男の力で、ウエップ、回るものだ。世継ぎさえ生んでくれれば相手の女など、オエップ、どうでもいい」


「……父上、この近代化社会に、そんなことを言っては、国民やまわりの国が納得するかどうか」


 世の中は魔法の力で近代化し、民主主義、男女平等の世界に移行しているというのに、このテーラ国は今だ絶対王政、男性優位の方針だった。

 それで国民が納得していればいいが、王の気分次第で国の決まりがころころ変わり、振り回される国民の不満は高まる一方だった。


「はー、なんだか気持ち悪い。飲みすぎたなあ。というわけで話は終わりだ。シャルル、下がっていいぞ」


 国王はしっしっと、息子を追い払う仕草をした。

 国王にそう言われては下がるほかない。この国は国王が絶対なのだ。


「この国はどうなってしまうのか……」


 シャルルは父親が話にならないので、ジルベール……兄と直接、話し合うしかないと思った。



♦♦♦



 ジルベールは王宮のテラスにいた。テラスで「アンドなんとか」という女にケーキを「あーん」してもらっている最中だった。


「何やってるんですか兄上、真っ昼間から!」


 シャルルはイチャつく兄と、アンドなんとかに詰め寄った。


「こ、こんな王宮のテラスで、他の者が皆見ているではないですか。それに、公務の方は、どうなさったのです」


 込み上げる怒りをなんとか抑えながら兄に問うと、兄ジルベールは締まりのない顔で「あ~」と言った。


「あ~じゃないですよ兄上、まだお仕事が残っているでしょう?」


「もう終わった」


「え?」


「俺の未来の王妃……アンドロイドが全部やってくれたよ。だから問題ナーシ」


 ジルベールはそう言いながら、甘えるようにアンドロイドという女の膝に、頭を乗せた。膝枕というやつだ。


「兄上……」


「第二王子シャルル殿下。お初にお目にかかります、異世界より召喚された、アンドロイドと申します」


 シャルルが見ちゃいられないと情けない声を出すと同時に、アンドロイドがシャルルに向かって綺麗にお辞儀をした。もっとも、膝にジルベールを乗せているので立ち上がることはできなかったが。


「アンドロイド……それが貴方の名前ですか」


 その美しさに、シャルルも一瞬だけ目を奪われた。だけど何だろう、どこか、冷たい感じのする女だ、とシャルルは心の奥で感じた。


「アンドロイドが私の名前……まあ、そうであると言えます」


「……? 貴方が兄上の公務をすべて行ったというのは本当なのですか」


「ええ。私の手にかかればお茶の子さいさいです」


「アンドロイドは凄いぞ、一度教えたことは忘れない、仕事は正確、疲れた顔も見せない、完璧だ」


 ジルベールが膝枕されながらデレデレ顔でドヤった。


 それはそうである。なにせ23世紀の日本のアンドロイドなのだから。アンドロイドは人間そっくりに造られた機械だ。機械だから記憶力は抜群、仕事は正確でミスをしない、そして、どんなに働いても疲れることはない。けれども機械人間の存在という概念を持たないジルベールやシャルル、ひいてはこの世界の人々は、アンドロイドを絶対的に理解できなかった。

 この世界は科学の代わりに魔法が発達している世界なのだから。


 公務を完璧に……? それならば、やはりこの女性はこの国の王妃にふさわしいのだろうか。シャルルは少し戸惑ったが、兄のみっともない姿を見て、いやいや、やはりこれではいけない、と思い直す。


「アンドロイド殿。貴方は召喚されたと言われましたね。それは、誰に?」


 シャルルはこの感情が読めない、どこかおそろしくもある女に問うた。


「一級魔導師のミゲルです」


 アンドロイドは顔色一つ変えずに答えた。


「ミゲル……」


 そいつを捕らえて、尋問したほうがいいな。

 シャルルは軟体動物のようにアンドロイドにへばりつく兄を一瞥して、とりあえず頭を下げると、テラスを離れた。

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