23世紀のアンドロイドに負けて婚約破棄されたけれど言い寄ってくる魔導師が子犬系で可愛い
ふさふさしっぽ
第1話 婚約破棄されたわたくしと魔導師に召喚されたアンドロイド
「……ジルベール王太子殿下、もう一度、仰っていただけますか」
伯爵令嬢ジュリアは目の前に立つ、端正な顔立ちの青年にそう、要求した。彼が聞きなれない単語を使って、とても信じられない、びっくりな宣言をしたからだ。
……しかも王宮の、こんな廊下の片隅で、二人して立ったまま。いや、今ここにいる人間は、全部で四人か。
「何度でも言う。俺は君と婚約破棄して、このアンドロイドと婚約する。いずれ彼女がこの国の王妃となるだろう」
ジルベール……テーラ国王太子であり、ジュリアの婚約者である彼は、悪びれもせず、そう言い切った。
「婚約破棄……したいというのですね、わたくしと。それは分かりました。ところでアンドロイドとは何なんですか?」
ジュリアは王太子に恋愛感情があったわけではなかったので、さほど傷つかなかった。なので、素朴な疑問を口にした。
「僕が『23世紀の地球・日本』から魔法で召喚した、彼女のことですよ」
ジルベールの後ろから、魔導師のローブに身を包んだ男がひょっこり顔を出し、口を挟む。男は頭から目深にかぶったフードのせいでを顔が分からないが、その声から若い男だとジュリアは推測した。男の声は自信に満ちて、弾んでいる。彼の横には背の高い、ほっそりとした見知らぬ女性が柔らかな微笑みを浮かべて当然のように立っていた。
ジュリアは訝った。
「召喚? ますますわけが分かりませんわ。貴方と隣のご婦人はどなたですの」
ジュリアの質問に、隣のご婦人……見知らぬ女は一歩前に進んで、こう答えた。
「お初にお目にかかります、ジュリア伯爵令嬢。わたくし、日本から召喚されて参りました、アンドロイドです。以後、お見知りおきを」
女は全く何の悪意も敵意もないような純粋な微笑みで、折り目正しくジュリアにお辞儀した。上流階級の人間を思わせる、完璧な所作だった。
「僕はテーラ国に仕える一級魔導師のミゲルです。今回ジルベール様のご要望により、異世界から美しい女性を召喚させていただきました」
ローブに身を包んだ男は、そう自己紹介した。恭しく頭を下げるが、頭にかぶったフードは取らないので、やはり顔はよく分からない。
ジルベール様のご要望って、どういうこと……?
当のジルベール王太子はさっきから「アンドロイド」という女にくぎ付けになっており、彼女を一心に見つめて、デレデレしていた。
たしかに「アンドロイド」は女性のジュリアから見ても、非の打ち所がないほど美しかった。しかも、十八のジュリアよりやや年上で、大人の色気を醸し出しているように見える。女の魅力がにじみ出ているというか……。一応美人と称されはするものの、やや地味な顔立ちの自分と比べて「アンドロイド」は大きな緑の瞳に長いまつげ、弓なりな眉、真っ赤な唇と、パーツのはっきりした、派手な美人の顔立ちだった。
そして何より、彼女の赤いドレスの胸元からは、ジュリアと比べ物にならないくらいの大きさのバストが存在力を放っていた。
こっちのほうが、殿下の好みの女性だというの……?
どうやらわたくしは異世界の「アンドロイド」に負けたらしい。王太子に恋愛感情はないと思っていたジュリアだったが、心は揺れていた。
♦♦♦
ジルベール王太子は茫然自失しているジュリアをよそに「アンドロイド」の肩と腰を抱き、去って行ってしまった。
後に残されたのは魔導師のミゲルとジュリアのみ。
ジュリアがその場から動けないままでいると、ミゲルが一歩進み出て、彼女のすぐ前に立った。ジルベール王太子と比べるとやや小柄な男性で、背の高さもジュリアより少し高いくらいだった。
「大丈夫ですか? ジュリア伯爵令嬢」
フードに隠れて表情は分からないが、気遣うような口調でそう言うと、彼はそっとジュリアの頬に手を伸ばす。ジュリアははっとして身を引いた。
「な、なんですか? わたくしは大丈夫です。気になさらないで……」
「あ、そ、そうですね、すみません」
魔導師ミゲルは、さっと手を引っ込めて、さっきまでの自信に満ちた様子が嘘のように、おどおどとした口調で謝った。おどおどしているわりには、早口でまくしたてる。
「ひ、ひどい奴ですよね、ジルベール王太子も。何年も婚約している貴方を裏切り、アンドロイドとなんて。だ、だけどジュリア様は政略婚約だと聞いています。ジルベール王太子に未練はないはず……」
「貴方に何が分かるの」
目の前でペラペラしゃべる魔導師に、気がつけばジュリアは反論していた。
「わたくしは、幼少のころから、いずれジルベール様の妻となり、王妃となるために教育され、努力してきたのよ。それなのに、貴方がわけの分からないアンドロイドをこっちの世界に呼んだせいで、全部台無しになってしまった」
言葉にすればするほど、やるせなさと、くやしさが、込み上げてきて、止まらない。
「貴方のせいよ、どうしてくれるの」
ジュリアは薄暗い王宮の廊下で、青年魔導師に言いようのない怒りをぶつけるしかなかった。
「ジュ、ジュリア様は王太子を愛していたんですか?」
ミゲルは困惑を隠せない様子だった。
「ええ、そうよ、そうと言えなくもないわ」
ジュリアは自分の気持ちが自分で分からなくなっていた。婚約破棄されて、わたくしはこれからどうすればいいの?
ジュリアは俯くミゲルをそのままに、その場を去って、自分の屋敷に戻った。
「ジュリア様、僕のことを覚えていませんか」
背後にそう叫ぶミゲルの声を聞いたが、ジュリアは何も答えなかった。覚えているも何も、ジュリアに魔導師の知り合いなど、いなかったからだ。
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