第22話



 リースさんの圧を受けて、私は渋々魔術に対するイメージを話す。


「私が魔術式を作るときは、物語をイメージしています」


「物語?」


「はい。本で読む物語もそうなんですが、どちらかと言えば小さなとき母が聞かせてくれた物語のようなイメージです。同じ物語を何度も聞きましたし、その度に言い回しが変わっていたり、ときには細かなところの内容すら変わっていたんですが、そういうなんて言うんでしょう、言葉によって語られる物語という概念として魔術をイメージしているような気がします」


「なるほど。魔術式を物語のように解釈していると。物語として何かしら銘打たれているものは、誰もがそのストーリーを思い浮かべることはできるし、その結末は同じであれど、細かい言い回しや内容は違うこともある。それは魔術も同じだと。結果は等しくあれど、その過程には個性やブレがあって、そこを物語という枠組みに解釈し直すことで問題なく取り込んでしまうというわけですか」


 私が魔術式を展開するときの感覚的な仕組みを考察している様子のリースさん。この一瞬でここまで考えられるなんて、やはりリースさんはただ者ではないのだろう。


「自分でもよくわかってませんでしたけど、そう言われるとそんな感じで魔術を発動している気がしてきました」


「すごいのは物語がまっすぐに紡がれて分かれ道を作らないように、生成された魔術記号から順番に魔術式の形が作られていることですね」


「あー、でもこれって別に珍しいってだけで便利なわけでも無いと思いますけど」


「どうでしょう。シスタちゃんが魔術を学び始めたのはいつですか?」


「ええと、魔術書を手に入れたときだから……多分四年前くらいです」


「やっぱり」


 パンと手を叩いて何やら得心とくしんしたのか微笑むリースさん。


「普通、四年で中級魔術を使えるようにはなりません」


「え?」


「魔術記号の組み合わせ方を覚えていく作業というのは、非常に時間がかかります。魔術の規模が大きくなればなるほど、その組み合わせというのも膨大になっていくわけですから」


「はあ」


「もちろんある程度の規則はあるので、全部が全部丸暗記というわけではないのですが、それでも覚えることは多いです。この手順がシスタちゃんの魔術ではスキップされる。これだけでもメリットは大きいです」


「なるほどです」


 リースさんは、ゆっくりと、私が理解しているのを確認しながら説明してくれるので話がわかりやすい。

 だからこそ、否が応でも私の魔術が人と違うことをわからされる。


「それに、魔術を組み上げる練習もしなければなりません。本来、魔術記号を組み上げるのはかなり難しいんです。魔術記号同士を組み合わせていくと、魔術記号の性質がガラリと変わることがありますから、組み合わせるごとに少しずつ魔力で調整しなきゃいけないんです。その繊細な操作の訓練は一年、二年では到底足りません。感覚で覚える場合でも、理論的に暗記する場合でもです」


 リースさんは一呼吸置くと、私としっかり目を合わせてから続けた。


「もし十年で中級魔術を使えたら、その時点で天才ですよ」


「そ、そうだったんですね……」


「ですから、その特殊な魔術的感覚は固有魔術と言って差し支えないでしょう」



 懇切丁寧に説明して納得してしまった以上、認めるしか無い。


 私の魔術は、ちょっと普通じゃないのだろう。


 でも、なんだろう、ワクワクが止まらない。


 人より魔術を覚えるのが早いということは、より早く英雄の物語にあったような魔術までたどり着けるかも知れない。


 何度も思い描いた魔術の深淵を、私の手で操れるかも知れない。


 未来への期待に、膨らんでいく夢に、うるさいほど心臓が高なる。


 顔が熱くなって、目元が潤んでいるように感じる。


 ああ、実際私は今少し泣きそうになっているのだろう。


 武者震いのような涙だ。


 この涙こそ私の決意の証。


 私の物語の始まりの証。



「さて、早速ですがシスタちゃんの固有魔術に名前をつけて登録しちゃいましょう。何か希望はありますか?」


「名前ですか。思いつかないです……」


「それではこんなのはいかがでしょう。魔術は紡がれるナーサリーライム、歌うように紡がれる物語は何を描くのでしょう?」



 魔術は紡がれるナーサリーライム、私が私の物語を描いてみせようじゃないか。


 シスタが、英雄みたいな魔術師になる物語を。




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