第11話


『こんにちは。これで合っていますか? 届いていますか? リースさんですか?』


 お腹いっぱいでいい具合に眠くなってきた昼下がり。

 魔術連盟本部にある執務室で事務的な作業をしていると、僕の魔術連盟員証に知らないアドレスからメッセージが送られてきた。


『どなたでしょう?』


 一応立場があるので、リースかどうかははっきりさせずに返事をしてみる。

 このアドレスは比較的知っている人が多いとは言え、もし知らない人だったら問題だ。


 返事はすぐに返ってきた。


『私です。シスタです。以前ナダス伯爵領の魔術連盟支部でお会いした』


『シスタちゃんですか。そちらはどなたのアドレスですか?』


『私のアドレスですよ? 昨日魔術師試験のやり直しがあって、その場で通信機能の付与をお願いしたんです。さっき付与された魔術連盟員証を受け取ったので早速連絡してみちゃいました』


『もしかして以前から魔術連盟に貢献されていました?』


『いえ。魔術連盟に登録してまだ一ヶ月経ってないです』


 ちょっと待ってほしい。


 魔術連盟においても、通信機能を魔術連盟員証に付与するのは簡単ではなくコストが大きい。具体的にはそこそこの魔石を一つ潰すことになる。

 だから、入門者を脱して魔術に真剣に向き合えるようになったであろうFランク魔術師になって、ようやく付与する許可が出るようになるはずだ。


 シスタちゃんの話では、まるでFランク魔術師だと認定されたような物言いである。


 魔術師の師匠がいて、その師匠に魔術について一通り教わったのだろうか?


『シスタちゃんの師はどなたですか?』


『猫でもわかる魔術~入門編~です』


『魔術連盟出版の?』


『魔術連盟出版のです』



 僕が驚いているのには理由がある。


 魔術は手ほどきを受けさえすれば、比較的簡単に使えるようになる。

 しかし、往々にして苦手な魔術はあるもので、そういった魔術を使いこなせないと魔術を洗練していくことはできない。

 なぜなら、魔術連盟によって切り開かれた魔術体系は、積み上げ式だからだ。

 魔術式に使われる魔術記号は魔術の難易度が上がるにつれてどんどん増えていくし、その組み合わせ方、展開の仕方、圧縮の仕方なども多様化、高難易度化していく。

 例えば、初級魔術を一通り使いこなした上で、魔術式の圧縮などを行えないと準中級魔術を使いこなすことは難しい。


 だから、魔術師ランクはこの積み上げがどの程度しっかりとできているかを評価項目の一つとしている。



 Fランク魔術師は初級魔術師と呼ばれる。

 初級魔術を一通り使いこなし、安定して魔術式を展開できるようになり、魔術式の圧縮などをしっかりと行えてようやく認められる。

 時たまに一部の魔術に特化して才能を見せる魔術師もいなくはないし、固有魔術という特殊な魔術もある。

 そういった一部の例外を除けば、この原則は絶対だ。

 そしてそういった例外の情報は必ず本部の方へと上がってくる。

 ここ数日でシスタという魔術師が例外的なランクアップをしたという話は聞こえてこなかった。


 つまり、この通信が行えるシスタちゃんは、ほとんど準中級レベルの魔術に手をかけているということ。


 師もなしにそれは相当困難なことである。


 猫でもわかる魔術~入門編~は確かに名著だし、わかりやすく書かれているとは思う。

 だが、それでも独学で学ぶには難しすぎる。


 魔術式の展開の安定化方法、魔力の操り方、魔術記号のニュアンス、魔術記号の組み合わせ方、魔術式の圧縮方法、それらを彼女は独学で学んだとでも言うのだろうか?

 もしそうなら、とてつもないセンスである。

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