第4話


 フードさんはおもむろに右手の平を前に出し、そのまま左から右に横薙ぎにする。

 フードさんの手の動きに沿って結界が消滅する。

 溶けるように消えていく結界に支部長は驚いたようであるがすぐにフードさんたちの存在に気づいたらしい。


「お前たちはそこで何をやっているんだ!」


 穏やかにキリム様と話していた支部長が声を荒げ怒りをあらわにする。


「少々見学をさせてもらっていました」


 それに対してフードさんは怯む様子もなく、堂々としている。


「訓練場にはだれも入れるなと言ったはずだ。なぜこいつを入れた」


「ああ攻めないでやってください。彼らは仕方なく僕をここに入れたんです」


「仕方なく?」


「仕方なくです」


 フードさんと支部長の会話が繰り広げられているが、フードさんが何を言ってるのかいまいちピンとこない。

 支部長も同じく理解できていない様子で困惑をその目に宿している。


「ところで支部長。試験結果を教えてもらってもいいですか?」


「いいわけないだろう! 立ち入り禁止の訓練場に入ってくるような規則違反者に教えられるものなど何もない!」


 マイペースなフードさんに対して怒りが爆発したのか、さらに剣幕を激しくして怒鳴り散らす支部長。


「魔術連盟の規則違反として厳罰に処する」


「具体的にはどのように処罰されるのでしょう?」


「お前たちが魔術師なのであれば魔術師ランクの降格を行う。ロビーでの件もあるから不敬罪として扱い、罪人としての手続きも行おう。お前は魔術連盟のデータベースに一生罪を犯した人間として登録される」


「罪人ですか」


「ああ、そうだ。魔術連盟では過去の犯罪歴を記録しているのは知っているな? 不敬罪ともなれば重罪だから、ペナルティは大きいだろう」


 そう告げる支部長は、さっきまでの怒りに満ちた表情から打って変わって愉悦に満ちていた。


「流石にそこまでは横暴じゃないですか?」


「私は支部長だからな。その程度のことを判断する権限は持ち合わせているのだよ」


 そう言うとキリム様の方を向いて、得意げに告げる。

 キリム様はキリム様で、ニヤニヤとした顔をフードさんに向けていた。


「このような処罰で良いでしょうかキリム様?」


「ふん、良いだろう」


 あああ、フードさんが大変なことになっている。というか私もこれに巻き込まれるのだろうか。

 逃げた方が良い気がしてきたが、今から出口に向かってバレたら問題だ。

 座席の隙間から息を潜めて成り行きを見守るのが関の山である。


「ではどうすれば許していただけますか?」


「最初からそう殊勝な態度を取れば良いのだ。だがもう遅――」


「ちょっと待て支部長」


 そこでキリム様が横槍を入れてくる。


「まずフードを取らせろ。顔も見せずに弁明も何もないだろう」


「それはそうですね。おいそこの者、フードを取って顔を見せろ。それから魔術連盟証も出せ」


「はいはい、わかりましたよ」


 渋々といった具合にフードを取る。


 その瞬間、だれもが目を奪われた。


 フードからこぼれ落ちた銀色の髪はつややかで枝毛など一切無いように見える。

 光の加減で翡翠色も混ざる不思議な色彩をしている。

 私の位置からは見えないがあの美貌を真正面から見て普通でいられる人はいないだろう。

 現にキリム様や支部長たちはフードさんに見惚れて何も言えなくなっているようである。


 少し間が空いて、キリム様は何かをひらめいたように意地の悪そうな顔をする。


「おい、そこの女、俺の愛人になれ。そうすればこれまでの不敬もすべて許してやろう。なあ支部長、それでいいか?」


「え、はあ。はい、キリム様がそうご希望されるのであれば」


「愛人になれとは、僕に対して言ってますか?」


「それ以外にだれがいる。平民を奴隷ではなく俺の愛人にしてやると言っているんだ。こんなところで燻っているようなお前らからしたら大出世だぞ?」


「そうですか。ところで先ほどの試験で魔術師ランクはいくつになったんですか?」


 マイペースだ!


 この緊迫したタイミングで興味本位なのか突然関係のない質問をするフードさん。

 いや関係が無いわけではないが、少なくとも今聞くことではないだろう。

 見ていてハラハラが止まらない。


「今聞くことではないだろう!」


 支部長が怒鳴った。あの支部長と意見が合うのはなんだか腑に落ちないが、正直同意である。


「まあ待て支部長」


 なおも言い募ろうとする支部長をキリム様が止めた。


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