第3話

「気落ちしないでください。大丈夫ですよ。僕がなんとかしますから」


 うつむいて途方にくれる私へ、フードさんが声をかけてきた。

 淡々と事実を告げるような口調が気になって、思わずフードさんの方を見上げる。


 そして私は固まった。

 そこには絶世と何度つけても足りないような美貌がフードから覗いていたのだ。

 私を見つめる目は碧く澄んでいて、湖のような深さを感じさせた。

 肌は白く、雪のようだ。

 人形のようという言葉でも形容するには足りない程の造形美は、黄金比すらも超えた比率で成立しているように思われる。


「どうしましたか?」


 小首をかしげて問いかけてくる姿は可憐で、女の私ですら見惚れてしまう有様だった。


「え、えと、あの、あ、なんとかするって?」


 テンパっている私を見て、フードさんは小さく笑みをこぼした。


「まあ任せておいてください。悪いようにはなりません。ただ、今日魔術師試験を受けるのは難しくなるかも知れませんが」


「え、と、はい。お任せします!」


 悲しさは衝撃で吹き飛んでしまった。美しいものを見ることで得られるご利益は、下手な魔術よりも大きいかも知れない。そんな悟りすら開きそうになった。


「さて、そこの方々」


 領主の息子の命令であったからか、ひとまず私とフードさんを拘束するために動き始めていた連盟職員さんたち。その連盟職員さんたちを止めるかのように、フードさんが声をかけた。


「声を出さないでくださいね」


 と言って口元に人差し指を当てて静かにのジェスチャーをしながら、フードさんがローブの内側から何かを取り出す。

 長方形のカードのようなもの。おそらくは連盟員証だろう。


 それを見た職員たちは一様に口をパクパクとし始めた。

 何かを叫びたそうにしているように見えるが、声は聞こえてこない。


「と、お願いしても声が出てしまうかも知れませんので、サイレンスの魔術をかけておきました。理解できていそうな人から魔術を解いていきますね」


 何気にあの一瞬ですごいことをしていたらしい。サイレンスの魔術なんて聞いたことがない。少なくとも魔術の入門書には載っていなかった。

 あの入門書には準中級くらいまでの魔術が載っていたから、おそらくはそれ以上の魔術を使いこなしているということになる。

 私がここ数日の調査で調べたところによると、この領で中級魔術を使いこなせる人はそう多くはないらしいので、もしサイレンスが中級以上の魔術ならそこそこな使い手だ。

 このフードさん、美しいだけではなくとんでもない有能さんなのかもしれない。



 フードさんは職員たちにゆっくりと近づいて何やら話しかけているようだ。

 喧騒が戻り始めた室内は私が入ってきたときよりも騒がしく、フードさんがどんなことを言っているか聞こえてこないが、その言葉を聞いた職員たちの反応は二つに別れた。

 怒っているような表情になった職員たちと、怯えるように身体を小さくする職員たちだ。


 フードさんを睨みつける人たちに対してはサイレンスの魔術を解かず、怯えている人たちにはサイレンスを解いて話をしているらしい。蚊帳の外になった職員たちはさらに激しい剣幕になり、フードさんに手を伸ばそうとする。しかし、フードさんが何か魔術を使ったのだろう。それ以上近づくことはできずその場でたたらを踏むのみであった。


 フードさんと話を交わした職員たちは、小走りでどこかへと向かって行った。

 そして何人かに案内されるようにフードさんも移動を始める。


 一部の職員を取り残したまま……。



 向かった先は魔術連盟の訓練場兼闘技場のようだった。

 私はフードさんのすることが気になり、何食わぬ顔で後ろから着いて行った。


 フードさんは観客席の方へと足を運んだようだ。

 幸いにも気づかれることはなく、私は観客席の入り口付近への座席の影へ身を潜める。

 落ち着いたところで座席の隙間から訓練場の中を見る。


 訓練場は魔術師試験用にセッティングがされていた。

 様々な測定具のようなものからおそらく魔術を使うための開けたスペース、それから何に使うのかぱっと見ただけではわからないような数多の魔術道具たちがそこにはあった。

 そして、訓練場全体を結界のようなものが覆っていた。透明度の高い結界が何枚か重なっているようで、それぞれ別々の効果があるのだろう。


 キリム様とキリム様の護衛、それから支部長は訓練場の中にいた。

 また幾人かの職員もいる。

 職員たちは皆、キリム様のご機嫌を取ろうとしているようだ。もっと言えば媚びを売るかのようにへりくだっている様子が見て取れる。

 ティーセットのようなものすら用意してあり、キリム様は随分と機嫌が良さそうに寛いでいた。

 さすがは領主の息子、至れり尽くせりの対応である。


 フードさんは観客席の中で一番訓練場に近い席に座って訓練場の中を眺めていた。

 時折付き従っていた職員に何かを聞いているようだ。その様子だけ見れば、フードさんの小柄な体格も相まって、幼い子が観戦に来て家族に質問しているようで微笑ましく見える。職員たちが話しかけられるたびにビクビクしているのを無視すればだが。


 さて、そうこうしているうちに魔術師試験が始まったらしい。

 キリム様が広いスペースで魔術を放つ。魔術が発動されるたびに職員たちが褒めそやすので得意げだ。


 支部長が評価用のシートらしきものにちょくちょく何かを書き込んでいるようだ。

 そして、色々と置いてある魔術道具は用いないまま、支部長とキリム様は雑談に興じ始めたように見える。


 やがて、支部長がキリム様に何かを話しかけ、キリム様はそれに対し満足気に頷くと、支部長とともに訓練場を出て行こうとした。


 そのとき、フードさんが立ち上がった。

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