第2話


 あたりを見渡すと以前来たときよりも遥かにローブを着た人の割合が多い。

 村暮らしが長かったので、小綺麗なローブを着た人の群れというのは新鮮だった。

 魔術の入門書によれば別に魔術師だからとローブを着る必要はないらしい。そもそもローブを着るのは魔術付与を行ったローブが魔術師的に使い勝手が良いかららしく、魔術付与を行っていないローブには雰囲気作りの意味しかないのだ。

 それでもローブを着て魔術師試験に挑むのが伝統らしく、着ていないとバカにされるという話を偶然耳に挟んだ。そこで行商人にローブを持ってきてもらう交渉をしていたところ、気を効かせた隣の家の奥様が「じゃあ私たちで作りましょう」と村じゅうに声をかけてくれたのだ。

 魔術で農作業や家事の手伝い、祭事の準備などをしたお礼だという。

「魔術師になるんだ!」と昔から意気込んでいた私を奇異な目で見ず、ローブまで作って応援してくれた村のみんなには感謝している。


 村を出るとき、いつか偉大な魔術師になったら絶対恩返しするとこのローブに誓ったものだ。


 入り口のすぐ脇でローブの裾を持ち上げてノスタルジーに浸っていると、すぐ後ろから機嫌の悪そうな青年の声が聞こえてきた。


「チッ、なんで俺が試験なんか受けなきゃいけねえんだ。屋敷まで人をよこせよ」


「た、大変申し訳ございません。試験のための機材は持ち運べませんでして。もちろんキリム様の才能には私どもも感銘を受けておりまして、最優先にて試験を受けていただきたく」


「帝国学院に通うにはそこそこの魔術師ランクが必要なんだ。初級魔術師くらいになっておくと都合が良い。父上からも出資の話があったはず。わかってるよな?」


「ええ、特別な形での試験の準備を進めてあります」


「ふん、いいだろう」


 なんだろうと振り向こうとした矢先に「おい。邪魔だよどけッ!」と強く突き飛ばされてしまった。よろめいた先で人にぶつかったおかげで転ばずには済んだが、その人に大きく体重をかけてしまった。


「す、すいません!」


 咄嗟にぶつかった人に謝る。フード付きのローブを深く被り、性別はわからないが、小柄な体格だということはローブ越しでもわかった。


「いえ、大丈夫ですよ」


 謝罪する声も中性的で、いまいち性別がはっきりとしない。特に気にする素振りもないので良かった。


 問題は突き飛ばしてきた青年だ。


 入り口近くに立っていたのが悪かったのはわかるけど、そこまでしなくてもいいじゃないか。

 それに人一人分くらい通れるスペースはあったはずだ。

 そんな恨み事を心の中でつぶやきながらキリム様と呼ばれた青年を見る。


 キリム様は見るからに仕立ての良さそうな装飾付きのローブを羽織り、おそらく魔道具であろうキレイな石付きのネックレスや指輪をジャラジャラと身に付けていた。

 年齢は同い年くらいに見える。やや歳上くらいだろうか。我の強そうな瞳であたりを睥睨し、何やら不満げな様子だ。


「おい、お前。この俺になにか言いたいことがあるのかッ! 言ってみろッ!」


 私が抗議するような目をしていたのが気に障ったのか、青年は叫び声を上げた。


 周りの人たちも入り口の様子に気づいたのか連盟支部のエントランスの喧騒が段々と静かになっていく。ざわめきの質が熱っぽいものから、ヒソヒソとした湿ったものへと変わっていった。


「えと、い、いいえ、なんでもないです」


「その貧乏くさいローブ、田舎ものだな。領都にはふさわしくない田舎臭さだ。お前みたいな田舎ものが魔術師になれるわけないだろう。さっさと諦めて草でもむしっていた方がよっぽど役に立つ」


 村のみんなが作ってくれたローブをバカにされた。悔しくて目尻に涙がにじむ。でもここで泣くのは負けた気がして、拳を握りしめて必死にこらえた。

 何も言い返さない私に満足したのか、次の獲物を探すかのようにキリム様は横に目を動かす。


「そしてお前、なんだその胡散臭いローブは」


 私だけではなくフード付きのローブを被った人……フードさんでいいか。フードさんにも声を荒げ始めた。んな馬鹿な、と思う難癖の付けようである。よほど連盟支部へと自ら足を運ぶ羽目になったことが気にくわないらしく、あたり散らす相手を探していたに違いない。

 それでひどく傷つけられたことに納得がいかないし、あまりの理不尽さに怒りと悲しさがごっちゃになって心で渦を巻く。


「はあ……」


 フードさんは一方で、困惑したように息をもらした。

 それが呆れのため息のように感じたのか、キリム様は顔を赤くしてますますヒートアップをする。


「顔を見せて名を名乗れッ! 下民ごときが顔も見せず不敬だぞ!」


「キリム様ッ! そのくらいでお願いします。周りの者が注目しておりますし、キリム様には早めに試験を受けていただきたく存じますのでどうぞこちらへいらしてください。不届き者にはきつく含めておきますゆえ、この場は一旦お収めくださいませ」


「ッ! 仕方ない。処分はそちらできちんとしろ。これは伯爵子息である俺からの命令だ」


「ええ、ご随意の通りに」


 元々案内する予定だったのか、連盟支部の職員の中でもひときわ偉そうな人が入り口近くに待機しており、キリム様を諌めていた。

 キリム様もあたりの雰囲気に気づいたのか一旦ほこをおさめてくれたらしい。

 偉そうな人は支部長を名乗り、キリム様と護衛らしきガタイの良い男たちをどこかへと連れて行った。


 とんでもないことになってしまった。

 今日は魔術師試験を受けられないかもしれない。そうなったら次は三ヶ月後だ。

 そもそも領主の息子の命令だ。魔術師試験を受ける受けないの話ではなく、捕まって投獄されてしまうかもしれない。


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