第一章10『改めて』

 何か、何か起こってくれ──────


 ブルーが強く祈ったとき、突如銃の発砲音が響いた。

直後、ズシン、と地面が揺れる。

ブルーが音に驚いて目を開いたのは、既に怪物が倒れていた後だった。

 何が起きたか分からないまま困惑していると、倒れた怪物の奥側から声が聞こえてきた。


「ほんと、何やってるの。みんなしてだらしない」


───女性の声?なんか聞き覚えがあるような…


 女性の言葉は研究員に向けたもののようで、研究所の人物のようだった。

助けの声を聞いて来てくれたのだろうか、どちらにせよ助かったことに変わりはない。


「全く、君たちも大丈…」


 女性が怪物を避けてブルー達の元へと歩いてくる途中、ブルーと目が合った。


「あ」


 ブルーは彼女と同時に同じ反応をした。

 聞き覚えのある声の正体は、研究所に入る前にブルーにぶつかってきた桃色の髪の少女だった。


「あのときの人…受験者の方だったんですね」


 少女はブルーの元へ駆け寄ると、治癒魔法を使って傷を癒しながら話しかけてきた。


「あ…あの怪物は一体…」


 ブルーの言葉を聞くと、少女は怪訝な顔で怪物を一瞥いちべつする。


「この怪物は研究所の地下に閉じ込められてたんだけど、管理担当の人の不手際で脱走しちゃって…」


 申し訳なさそうに話す少女はまるで研究員のようだが、年齢的に見ても明らかに研究所で働いてるようには見えない。

 不思議そうな顔で少女を見つめるブルーを見て少女はハッとする。


「あ、ごめんなさい。私はローズ。親が研究員でこの研究所の手伝いをしてて、今回も手伝いの一環で怪物を追いかけてきたの」


───なるほど、そういうことだったのか。

ただ、それはそうともう一つ謎がある。


「なんで…この怪物を倒せたんですか?」


 ブルーはおろか救出用の研究員ですら敵わなかった怪物は、明らかに受験者が戦うべき相手ではなかった。

あんなものが街にでも放たれていたらと思うと身震いする程だ。


 しかしそんな恐ろしい怪物を彼女は何事もなかったかのように倒してしまった。

見たところ銃のようなものを持っているようだが、そんなに強力そうな武器には見えない。


「あぁ、私少し魔法について研究してて、怪物に効く魔法を凝縮して打ち出す銃を自分で開発したの。

…といっても気絶させるのが限度だけどね」


 えっ、とブルーは身体が思わず跳ねた。

気絶しているだけならばいつ起きてもおかしくはない。


「あ、そんな怯えなくて大丈夫。少なくとも三時間は起きないから」


 ローズの言葉にブルーはホッと溜息をく。もう二度とこんな体験はしたくないのが本音だ。

 ローズはブルーを治しきると他のメンバーの元へ行き、無事に全員の傷を完全に治してくれた。

その後気を失ったままのセレネを拾って一旦森を抜け、試験を開始した場所に戻った。


「...ということで、今回はうちの研究員が迷惑をかけました。試験については隣のこの人から聞いてね」


 ローズは視線を横に向け、説明をするように促す。

隣の試験官の男性はアイコンタクトを受け取ると、ブルー達を見ながら話した。


「えー今回は監督が十分に行き届いておらず、尚且つ怪物の管理不十分で本当に申し訳ありませんでした。今回の試験は文句なしの合格です。むしろ高ランクの怪物を引き止められるほどの実力者に言う必要もないくらいですね」


 男性が一通り話すと、ローズはニコリと微笑み、おめでとうとだけ言ってどこかへ去っていってしまった。

 一見普通の少女の見た目をしているが、実力人格共にそこらの大人より信用出来そうな人物だった。もし研究員になれたら改めてお礼を言おうとブルーは決めた。


 クァイスが背負っていたセレネを医療スタッフに預け、今日は解散となった。

ブルーはドーム内のホテルに着くと、部屋に入ってすぐベッドに飛び込んだ。


「あぁ〜まじで疲れた」


 ブルーにしては珍しく、完全にだらけて言葉を発する。

それもそうだ。今日だけでトラブルが多すぎた。


───色々思うところがあるが、三次試験はすぐ明日開始だ。深く考えるのはまた別の日にしよう。


 ブルーは静かに目を瞑ると、疲れもあってかスっと眠りについた。



***



 翌朝、ブルーが指定された場所へ向かう途中にクァイスとセレネが話しているところに出会った。

昨日のこともあってクァイスが心を開いたのだろうか。


「あ、ブルー君!」


 セレネはブルーに気付くとすぐに手を振って反応した。

様子を見るに元気そうだ。


「二人共、どうしたんですか」


───昨日は色々ありすぎて敬語を忘れてた。

いや、もうタメ口でもいいか?なんか絶妙に話しづらくなってしまった。


「昨日の女の子...ローズさんが私のことを助けてくれたのはクァイスさんだって教えてくれてお礼を言ってたの」


 セレネは相変わらずの笑顔で話す。

実際、クァイスがいなかったらチームは全滅していただろう。


「確かに...そうですね。ありがとう、クァイス」


 ブルーが手を伸ばすと、クァイスは少し驚いた表情で握手を返した。

ぐっと手を握り、確かに感謝の意を示す。

ブルーは不思議とクァイスとは仲良くなれそうな気がした。


 そのままオル...なんとかとは遭遇せずに会場へと三人で向かった。

向かう途中セレネが積極的にクァイスに話しかけていて、クァイスが困惑したようにポツリポツリと返答していた。


 会場に着くと、今度は広い舞台に出た。

眩しい照明に、広い観客席。天井がひらけて空が見え、まるで野球場のようになっており、ドームの中は最早何でもありだ。

勇者試験は祭りのようなものと聞いていたが、観客席には特に誰も入っていなかった。


「広いね…すごい」


 セレネが感嘆の声を漏らす。

ブルーも辺りを見回し、大きく息を吸い込む。


「研究所の財力は本当にどうなってるんだ…」


 三人は試験官に誘導されるままに控え室に向かった。

控え室の扉を開くと、オルトーが既に中で準備をしていた。

真剣な面持ちで武器の手入れをしていて、三人に気が付くとすぐに立ち上がってこちらに向かって歩いてきた。


 三人の目の前まで行くと、オルトーは突然頭を下げた。


「三人共、昨日はごめん。僕、昨日色々と考えたんだ。

助けて貰ってばかりで、嫌味しか言えなくて、こんなチームメイトの足を引っ張る役立たずでいいのかって」


 オルトーは顔を上げ、真剣な眼差しで続ける。


「僕、心を入れ替えるよ。少しでもみんなの助けになれるように頑張る。

だから、改めてチームメイトとしてよろしくお願いします」


 オルトーはもう一度、深々と頭を下げた。

どうやら昨日の怪物との戦闘は、悪いことばかりではなかったようだ。


 ブルーは手を差し伸べ、ぐっと手を握った。


「よろしく」


 全員で、そう言った。

改めてチーム再結成だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る