第一章9『こんなの無理じゃん』
「逃げろおおおおおお!!!!!」
ようやく目視出来た存在は全身が黒く、まるで影のような四足歩行の怪物だった。
姿は巨大な獣のようだが輪郭が煙のようにぼやけていて実体を感じられない。
先程の怪物の倍以上に巨大で、凄まじい存在感を放っている。
あまりのプレッシャーに全身が危険信号を発していた。
───試験で用意された中ランクの怪物とは比べ物にならない。こいつは明らかに格が違いすぎる。
どう考えても
ブルーが叫んでチームメイトを逃がそうとするが、オルトーは足が竦んで動けそうになかった。
「くそっ!」
オルトーは役に立ちそうにない。
ブルーはクァイスにセレネを守って貰おうと姿を探すが、何故かどこにも見当たらない。
目の前には獲物を選ぶような目付きで辺りを見回す怪物がいる。
もう考えている暇はない。
戦うしかない、と震える手で武器を構えた瞬間、怪物の上空から雄叫びと共に槍を構えたクァイスが降ってきた。
「ああぁぁぁあああああ!!!!」
叫びのまま凄まじい勢いで怪物に激突し、そのまま転がり落ちる。
怪物の背中には大きな槍が深く刺さり、鮮血が噴き出した。
いつの間に飛び出ていたのだろうか。怪物がその場で叫んで暴れている。
予想外だが、これは好都合だ。これだけ戦えるのなら力を合わせれば逃げる事くらいは出来るかもしれない。
しかしそれは最終手段だ。先に助けを呼ばなければ。
「おい!トラブルだ!助けてくれ!!!」
クァイスが作った隙を利用して怪物から距離を取り、大声で助けを呼ぶ。
これで時間が経てば助けに来てもらえるだろう。
ふと怪物が出てきた茂みの方へ視線をずらすと、見えてはいけないものが見えてしまった。
救出用の研究員と思われる人間が血を流して倒れていたのだ。
しかも、倒れていたのは一人だけではなかった。
「これは…まずいな」
全身に鳥肌が立ち、冷や汗が流れる。
現役の研究員ですら適わなかった怪物に二人だけで戦って勝てる見込みはない。
もしセレネやオルトーを見放したとしても逃げ切れる保証もない。
そして、見放すつもりもないのが問題だ。
───どうする?
仲間二人は戦えない。逃げるわけにもいかない。
怖い。怖い。怖い。
…違う。そんな感情今は切り離せ!
俺は今ここで出来る最適解を探し出すしかないんだ。
ブルーは思い切り地面を蹴り、腰の鞘からナイフを取り出した。
試験では持ち込んだ武器の使用は禁止されているが、そんなことを言っている場合ではない。
障害物を使って飛び回り、暴れる怪物の隙を窺う。
怪物が雄叫びを上げた瞬間、前足を高く掲げた。
───ここだ!!!
岩を蹴って怪物の腹目掛けて飛び込み、ナイフで思い切り斬りかかった。
しかし、横一閃に振り払ったナイフには全く手応えがなかった。
それどころか、怪物の姿が消えてしまったのだ。
高速で移動したとしても説明がつかないほど、一瞬で。
「なっ…!?」
───またか…!
まだ怪物の気配はある。
どう移動したのかはわからないが、瞬間移動が出来るのならどこから襲ってきてもおかしくはない。
怪物がいた場所には先程まで刺さっていた槍が落ちており、本当に瞬間移動したのかと勘ぐってしまう。
「オルトー!クァイス!どっちでもいいからセレネを守れ!」
少なくとも今がチャンスだ。
ブルーの声でようやくハッとしたのか、オルトーが急いでセレネの元に向かうのを確認出来た。
クァイスはまたもや姿を消している。
怪物の気配は依然として変わらず、どこかから視線を感じたままだ。
周りを一周見回すが、どこにもいない。
まさか、と上を見たが当然のように姿はなかった。
「うっ…」
ブルーは眩しい照明に思わず手で顔を覆う。
上空には人工の太陽のような照明があり、部屋が明るく照らされていた。
地面に自分の影が大きくはっきり映っている。
「あれ、こんな大き…」
呟いた瞬間、身体に強い衝撃が走った。
思い切り吹き飛ばされ、勢いよく岩に叩きつけられた。
頭を強く打ち付け、気を失いそうになる。
あまりの不意打ちに受身を取る余裕すらなかった。
「がは…っ」
口が切れて思わず血を吐く。
───まさか影に潜んでいるとは。
こんな馬鹿でかい怪物が誰にも気付かれずに侵入している時点で身を隠す手段があることに気が付くべきだった。
くっそいてぇ…
起き上がろうとするが、身体が言うことを効かない。
全身がズキズキと痛み、指一つ動かそうにも亀裂が出来ているかのように連鎖的に痛みが走る。
辛うじて開いた目で怪物を見ると、凄まじい勢いで突進してきているのが見えた。
───死…!
覚悟して目を瞑った瞬間、ドン、という重い音と共に地面が揺れた。
恐る恐る目を開くと、またもやクァイスが怪物に一撃叩き込んでいた。
よく見ると、先程の槍を構えている。
─── 一体どこから現れたんだ…?
さっきもそうだが、クァイスは何かの能力を持っているのか?
なんにせよ三人が戦闘不能になった今はもうクァイス一人に頼るしかない。
せめてオルトーが戦えればいいが、あまり戦力として期待は出来ないか。
あぁ、もう痛みすら感じなくなってきた。
「ブルー…って言ったか。俺が時間稼ぎをすれば前線に復帰出来るか」
このタイミングであれだけ無口だったクァイスが口を開いた。
流石にここまでの緊急事態で協力する意思が湧いたか。
しかし一歩遅かった。思い切り岩に叩きつけられたおかげで復帰出来そうもない。
アイコンタクトで合図を送ると、クァイスは苦渋の表情で頷いた。
ブルーは力なく目を瞑り、戦闘音を聞きながら思考する。
───最初に見つけた足跡は明らかに試験用の怪物のものじゃなかった。
聞こえてきた爆音の雄叫びも全部あの怪物が元だったんだろうな。
クァイスは相当な実力者だろうが、あの怪物相手では恐らく勝つどころか逃げることすら厳しい。
やっぱり、無事に生き残るのは厳しいか。
クァイスが吹き飛ばされたような音が響く。
何か、何か起こってくれ──────
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