第一章8『異例の一次試験』

「え、えっと......気を取り直して自己紹介でもしますか!」


 セレネが手をパンと叩いて進行を始めた。

既にこの部屋の空気は地獄のようだが、明るい進行役がいて何とかチームが成り立っている。


「一番は私ね!セレネ・ブリアンって言います!気軽にセレネって呼んでね!

私の実家は農業をやってるんだけど、すごく貧乏で困ってるから試験に合格したら支援をして貰って親孝行出来たらいいなって思ってるの。だから一緒に"仲良く"頑張って試験出来ると嬉しいな!」


───貧乏な家庭か。


 見た目からは想像もつかない程に身なりは整っている。

キラキラした笑顔で話しているセレネを見て、ブルーは心做しかハナの顔が浮かんだ。


「仲良く...ね」


 ブルーは誰の耳にも届かない程小さな声で呟いた。


───仲良くなんかどうやってもなれないだろう。


「じゃあ次は僕!僕の名前はオルトー・パルデンスさ!親はこの研究所の偉い人で、僕もそんなかっこいい人になれるように勇者試験を受けに来たんだ!」


───偶然にも研究員を目指す目的が同じらしい。親近感のひとつも湧かないが。

というかなんで隣に座ってきたんだ気持ち悪い。


 ブルーは怪訝な顔でオルトーを見てから、自分の番だと自己紹介を始めた。


「俺はヴィト・ブルーフェル。来た早々トラブルを起こして申し訳ないけど、俺は絶対に試験に合格しないといけない理由があるんだ。今回はよろしく」


 そして、注目がもう一人の男性に向いた。


 ここまで一言も発していないがどういう人物なのだろうか。

見るからに威圧感のある人物だが、先程のトラブルでもそっぽを向いたまま関わらなかったことを見ると意外と平和主義なのかもしれない。


「...クァイス。以上」


 男性は小さな声でポツリと言葉を放った。


 クァイスというのは名前だろうか。あまりにも情報量が少ない。

でも全く意思疎通をしない訳ではなさそうだ。


「よろしくね〜」


 セレネはニコニコとしているが、こんなものなのだろうか。

今回の試験は不安要素しかない。


「それで試験のことなんだけど、私前衛であんまり戦えないから後衛のサポートになると思う。回復は任せて」


───なるほど、後衛か。

前衛で戦う俺にとっては相性がいいが、他の二人はどうだろうか。


 今回の二次試験では並レベルの怪物一体相手にチームで力を合わせて戦う都合上、チームバランスはとても重要になる。前衛後衛の役割分けは少なくとも必要だ。

その点だけで述べるとセレネとブルーの組み合わせは運がいいと言えるだろう。


「俺は前衛で戦う。今回のルール的には持ち込んだ武器は使えないから俺の得意分野は発揮出来ないけど、まあある程度は活躍出来ると…思う」


 ブルーは話しながら腰に差してあるナイフに目を向けた。

クァイスが槍を持っていた通り、今回の試験では予め用意されている武器を選んで使う形式になっている。

ブルー達受験者はこの部屋に入る前に既に武器は選んで持っていた。

ブルーはもちろんナイフを選んだ。


 ブルーが他の二人に役割を聞こうとしたとき、ノックの音が聞こえた。

変にトラブルを起こしたせいで時間が食われ、いつの間にか試験の時間になっていた。


 試験官に誘導されたままドームの奥へ行くと、森のような自然が再現された場所へと連れられた。

相変わらずの白い空間に急に緑が生い茂り、異物が混入したかのような違和感を感じる。


「すごい...!」


 セレネが驚いて言葉を漏らす。

実際、本当の森のように見える。ドームの中はこんな場所もあるのか。


「では、これより試験を開始する。

怪物が潜んでいるこの森の中で討伐をしてもらう。

制限時間は15分。ブザーで開始と終了は合図する。決してチーム同士のトラブルは起こさないように。

もし何かあった場合は大声で呼べばスタッフが救出する」


 試験官はそう言い放つと、少し離れた場所にある部屋に入った。


 いよいよ開始だ。ここでつまづくわけにはいかない。

 深呼吸し、ゆっくりと息を整える。

肩の力を抜き、目を瞑って開始の合図を待った。


 間もなくして、ブザーがドームに鳴り響いた。

ブザーの音と同時にオルトー,セレネ,クァイス,ブルーの四人は一斉に走り出し、森の茂みへ飛び込んだ。


「...待て!」


 走る途中、ブルーは大声で制止を促した。

チームメイトがブルーの指先を辿ると、怪物のものと思われる足跡があった。

直径40cm程度だろうか。本体はかなり大きいと予測出来る。


「ねぇ、この怪物って...」


 セレネが何かを言おうとした途端、森の奥から爆音の雄叫びがドームに轟いた。

部屋全体が震え、鳴き声というより叫び声に近い。


「ブルー君、これは───」


 オルトーがブルーに顔を向けると、既にその場にブルーはいなかった。

地面に出来た深い窪みがブルーのスピードを物語っている。

 オルトー達は後を追いかけ、茂みの奥にいるブルーを見つけて駆け寄った。


「そんなに焦らなくてもいいじゃないか」


 オルトーがゆったりとした口調でブルーに語りかける。

ブルーはオルトーの言葉を無視して、警戒したように戦闘姿勢で辺りを見回していた。

少し遅れて合流しようとセレネが茂みを掻き分けた時、ふとブルーの足元に目が引き寄せられた。

そこには全長二メートルはある巨大な獣が血を流して倒れていた。


「嘘...もう倒したの...!?」


 セレネが驚きの言葉を吐いた途端、ブルーが勢いよく振り向いて叫んだ。


『来るな!!!』


 ブルーが言葉を発した瞬間、前方の茂みから巨大な何かが凄まじい勢いで飛び出して来た。

ブルーが姿を目視するより速く、とてつもないスピードでセレネが吹き飛ばされる。

不意を突かれ反応出来る訳もなく、鈍い音と共に木に叩きつけられ、セレネはそのまま気を失ってしまった。


「逃げろおおおおおお!!!!!」

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