第一章7『ハードモード』

【一週間後 勇者試験当日】



「ブルー、ほんとにほんとに頑張ってね!」


 出立の際、ハナはうるうるとした声色でブルーに声をかける。

ブルーの生い立ちを知ってか、ハナは随分とブルーを気にかけていた。


───年下の癖にお節介なやつだ。


「随分サマになってるじゃないか。気張っていきな」


 カーラはこの日のために衣装を用意してくれていた。

シンプルな紺色を基調としたジャケットと肌にフィットする黒いズボンはこれからの戦闘において邪魔をせず、格好いい仕上がりとなっていた。

昨夜カーラから衣装を受け取った時ブルーは思わず涙腺が緩んだが、涙は合格した時に取っておこうとぐっとしまっておいた。


 ハナやカーラの他にも多くの”家族”が揃ってブルーを見送りに来ていた。


「みんな、本当にありがとう。絶対合格してくる」


 全員の顔を確かめるように見渡し、ブルーは会場へ向かう馬車に乗り込んだ。

程なくして出発し、ブルーは家を去った。


「カーラさん、どうしてブルーが研究員を目指すって分かったの?」


 ブルーを乗せた馬車がすっかり見えなくなった頃、ハナはカーラに尋ねた。


「あいつの父親が研究員だってのはこの街では有名だったからねぇ。あいつが目指すのは考えなくてもわかるさ」


 カーラの言葉を聞いた後、ハナはブルーの後押しをするように『がんばれ』とだけ呟いて家へと戻っていった。



***



 馬車に揺られ、家が小さくなっていく。

いつもと違う緊張感のある時間に、ブルーは少しの不安と大きい期待を感じていた。


「どんなに苦しい試験でも、絶対に受かって研究員になってやる」


 変化していく景色に言葉を預け、ブルーは意志を固めた。

エクスを助けたあの日、男二人を相手に傷一つなく勝利を収めたブルーは僅かながらも確かな自信を感じていた。

怪物と戦ったことはあっても父親との特訓以外対人戦をしていなかったブルーにとって、あの対戦は貴重な経験だった。


───そういえば、あの怪物はなんだったんだろうな。

思い出すだけでも気分が悪くなる。


 誰が見てもおぞましいと答えるような怪物の姿は、ブルーの記憶に強く刻み込まれていた。

突然現れ突然消えた、謎の多い怪物だ。


「お客さん、着きましたよ」


 しばらくして、目的地に着いた。

運転手の声と同時に立ち上がり、ブルーはお礼を言って早々と馬車を降りた。


「やっと、着いた」


 顔を見上げ、両手をぐっと握りしめる。

今回の試験会場、そして、ブルーの目的の場所。


研究所プロエラスタジオ…!」


 ブルーの瞳に、巨大なドーム状の建物が映る。

ブルーが挑む勇者試験は、研究所のトップの人間が主催者を務めていた。

研究所が開催している勇者試験に合格すれば研究員になれるだけでなく、父親失踪の手がかりが見えてくるかもしれない。ブルーはそう考えていた。


「それにしても…」


 緑豊かな自然に囲まれた中に不自然に無機質で白い近代的なドームがある景色は壮観だ。

ドームの大きさは、街一つ分あるのではないかと思う程巨大だった。


 ブルーがあまりの景色に目を奪われていると、唐突に背中に軽い衝撃が走った。

振り向くと、ブルーと同じか年下程度の桃色の髪を後ろで結んだ少女が倒れていた。


「えっと、大丈夫か…?」


 ブルーが手を差し伸べると、少女は手を取って立ち上がった。


「あの…ごめんなさい!今日使う資料を見ながら歩いていたらあなたに気付かなくて…」


 少女はひとしきり謝ると、台風のように去っていった。

研究員の真似でもしているのだろうか。手には分厚い紙の束を抱え、眼鏡をかけて白衣を着ていた。


 気を取り直し、ブルーは試験会場のドームの中へと足を運んだ。

自動ドアを通った先は寂しい程に白で統一されており、無機質で未来的な空間が広がっていた。

視界が一気に緑から白に変わり、まるで異空間に繋がっている扉に足を踏み入れてしまったのかと疑う程に異質な雰囲気を感じさせる。


 ブルーが入口すぐの受付で研究所から送られてきた一次試験突破の証拠を示すカードを見せると、早速クジを引かされた。

ブルーは大事な二次試験のチーム分けがこんなにあっさりと決まって良いものかと思ったが、素直に紙に書かれた番号の部屋に行くことにした。


「212215…ここか」


 紙と同じ番号が書かれた部屋の前に立ち、ドアノブに手をかける。


───どんな人物が待っているのか。

研究員になるための第一歩…ここで足を踏み外す訳にはいかない。


 ドアノブをゆっくり捻り、手に力を込める。


「ねぇ君、僕と同じチームかい?」


 ドアを開こうとした途端、背後から声をかけられた。

振り返ると、いかにも金を持っていそうな服装をした金髪の少年が立っていた。

撫で付けられた髪に長いまつ毛が際立つツリ目。タメ口で話しかけられ第一印象は芳しくない。

背丈から見るに、年はブルーと同じ程度だろうか。


「…212215」


 ゆっくりと数字を読み上げて返答するブルーの顔には、少し嫌悪感が浮き出ていた。

返答するまでの間少年はブルーをじろじろと観察する。


「へ〜。こんなお子様が一次試験を突破出来たんだ。せいぜい足を引っ張らないでくれよ」


───想像以上に想像通りのやつだった。


 嫌味な言葉に眉がピクっと反応したが、下手にトラブルを起こす訳にはいかないと奥歯を噛み締めて言葉を飲んだ。

人は見た目で判断してはいけないとは言うが、見た目だけで判断出来る人間もいることをブルーは学んだ。


 少年はブルーの肩に手を置くと、押しのけるように強引に部屋へと入っていった。


───これは、かなりハードなチーム戦になりそうだ。


 控え室に入ると、既に二人の受験者が座って待っていた。

一人は明るい印象の美形な女性で、年齢は十七,八歳くらいだろうか。

明るい水色が短い髪と服で揃っていてどことなく高貴な印象を抱かせられる。


 もう一人は同じく十七,八歳程度の強面な男性。金色のオールバックの髪が照明を反射して輝いていた。

腕を組んで口元がキュッと締まっている辺り、人とあまり関わろうとしないクールなタイプに見受けられる。

そして横にはゴツい槍が立てかけられていた。


「あ、こんにちはー!はじめまして!」


 入るや否や女性が立ち上がり、笑顔で出迎えて来た。

男性の方は迎える気がないようで、外方そっぽを向いて座っている。


「はじめま…」


「はじめまして。僕の名前はオルトー・パルデンス。気軽にオルトーとお呼び下さい」


 ブルーの挨拶を遮るように先程の少年が自己紹介をする。


「オルトー君ね!よろしく!私のことはセレネって呼んで。そちらの君は?」


 彼女の視線がブルーに向く。ドアの前での会話は聞こえていなかったようだ。

ようやくか、とブルーは口を開いた。


「ブルーフェルって言います。周りからはよくブルーって呼ばれてます。あと…」


 ブルーはゆっくりと視線を横にずらし、オルトーを指差して、続けた。


「こいつ、かなり性格悪いんで気を付けた方が良いですよ」


 ブルーは表情を変えずに平然と言葉を放った。

セレネとオルトーがブルーを驚きの目で見る。


───前言撤回。トラブルを避ける考えは吹き飛んだ。

気に入らない奴とチームを組んでも最大限のパフォーマンスは引き出せない。


「なっ...!この僕に向かってなんてこ...」


「うるさい。どうせどっかでトラブルになるくらいなら今はっきり言ってやるよ。お前みたいな自己中心的な奴がチームを乱す原因になるんだから黙ってろ」


 仕返しをするようにオルトーの言葉を遮る。

オルトーは顔を真っ赤にしてわなわなと震え、ブルーを睨みつける。

僕のプライドが許さない。表情からそんな言葉が聞こえてくるようだった。


「貴様ァッ!」


 叫び声を皮切りに、オルトーが飛びかかってきた。


「言っておくけどな、そんなすぐ感情的になるような奴が...」


 ブルーはオルトーの軸足を軽く蹴り、少し横に避けながら後頭部に裏拳を当てた。

バランスを崩されたオルトーはブルーの後方に吹っ飛び、鈍い音と共に床に沈んだ。


「この試験を合格出来るわけがない」


 僅か数秒の決着とあまりの展開に部屋が静まり返る。

オルトーには手加減して気を失わない程度にはしたが、しばらくは立ち上がれないだろう。


「これに懲りたらさっさと棄権してくれ。俺も争いたい訳じゃないんだ」


 流石に少しやりすぎたか。でも少し胸がスっとした。

こいつがここで諦めて棄権してくれればすぐに代わりの受験者が来るはずだ。


 ブルーは振り返ってオルトーを見る。

すると、驚くことに既に立ち上がっていた。

多少手加減したとはいえ幼少期から鍛え続けているブルーの打撃をまともに受けてすぐに立ち上がれるのは相当丈夫でないと不可能だ。

流石勇者試験の受験者といったところか。


「ふふ...お前やるじゃないか」


 起き上がったオルトーが発したのは意外にもブルーを認める言葉だった。


「いいだろう、僕のチームメイトとして認めてやる!」


 オルトーはダサいポーズと共に叫んだ。


「.........?」


 ブルーはオルトーのあまりの言動の意味不明さに言葉を失った。

こいつの脳味噌はその辺のゴミでも詰められたのではと疑問が湧くほどに理解が出来ない。


「ここまでの強さなら僕のボディガードとして十分だね。よろしくね、ブルー君」


 手を伸ばしてきたが、握手でもするつもりなのだろうか。

ブルーは困惑のまま無視して通り過ぎ、椅子に座った。

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