第一章《勇者試験》

第一章1『誕生日おめでとう』

「ブルーフェル、お前は大事な人を守れる強い男になれよ」


 言葉と共に頭に置かれた手は、安心感と期待感が入り交じる不思議な感覚がした。



【アンチアナザー】



 空が紅く染まる様子を、紺色の髪の少年がゆったりと見届けている。

木で出来た温かみのある窓から差し込む光は、少年の青い瞳に反射してくうに散る。

少年がゆらゆらと横に揺れる椅子に心地よく体重を預けていると、唐突にずしりと重たい感触が頭に響いた。

平べったいかわのような感触から、少年はそれの正体を察する。


「父さん!」


 パァっと顔を上げ、少年は父親に振り返って笑顔を向けた。

父親は黒い全身タイツのようなメカニックなスーツを着ていて、その上に足元まで丈がある白衣を羽織っている。

額に装着されたアンティークなゴーグルも様になっており、近未来な服装と合わさって独特の雰囲気を漂わせていた。


 父親はキラキラとした瞳を見て少し微笑むと、少年の頭に乗せていた金属製の何かを退かしてそのまま手渡した。


「ブルー、誕生日おめでとう。お前好みそうなナイフだよ。また原型無くなるまで使い倒してやれ」


 少年は笑顔で贈り物を受け取ると、慣れた手付きで鞘からナイフを取り出し、軽く手癖のように素振りした。


「すごい使いやすそうだ!父さん、ありがとう!」


 輝く瞳でナイフを眺める少年を一瞥いちべつし、父親は自分の部屋へと戻っていった。

少年はしばらくナイフを眺め、スクっと立ち上がった。


「早速試そう!」



***



「この持ち手の凹みを変えると逆手で持った時に少し振りづらくなるな…」


 少年はナイフを持ち、独り言を呟きながら森で太い幹の切り株に座っていた。

少年の住む家は丸太で出来たログハウスのような見た目をしており、その雰囲気の通り少し盛り上がった地形にある森に囲まれている。

家の周りの森は成長期の少年にとって最高の遊び場で、少年は家から少し離れた場所に秘密基地のようなものを作ってよく遊びに出かけていた。


 真剣な顔でナイフと顔を見合わせる少年、ブルーは物心つく前に母親を亡くし、男手一つで育てられた子供だ。

母親がいないながらも強く育ち、今日こんにち十三にして忙しい父親の支えとして料理洗濯等の家事をこなす立派な子供だった。


 少し長めの髪のシルエットは『工場』のイラストのようにトゲトゲと尖っており、軽く斜めに流されている。

分けられた前髪の間から覗かせるのは怖い印象を抱かせる三白眼の鋭い目だが、プレゼントを貰った後だからか表情が穏やかで威圧感を感じさせない。

紺色の緩いパーカーとタイトな黒いズボンが大人びている少年の雰囲気を表している。


 ブルーは凄まじい集中力でナイフを見つめ、何か細工をしているようだった。

両手にクリスタルのように透き通る不思議な工具を持ち、テキパキとナイフを改造していく。

ナイフはブレード部分が通常のサバイバルナイフより少し長めのシースナイフだ。

刀身には二本のラインが入っており、光る不思議な青い液体のようなものが流れている。


「持ち手にも魔力込めて簡単に引き出せるようにしたら強そうだな…」


 ブルーがブツブツと呟いていると、ブルーを呼ぶ父親の声が聞こえてきた。

いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。

ブルーはまだ十三になったばかりだ。流石に遅い時間まで一人にさせる訳にはいかないと迎えに来たようだった。


「お、ゴブリンいるじゃねーか」


 父親と一緒に帰る途中、ゴブリンに遭遇した。

鋭く尖った耳や鼻、ヒョロヒョロとして弱そうな緑色の怪物だ。


 ブルーが暮らすこの世界では、怪物エグマと呼ばれる化け物が頻繁に出没する。

怪物は大昔に突如として出現し、人類を襲い始めた恐ろしい化け物と人々に伝えられている。


 荒れ狂う怪物に人類はただ一方的にやられる筈もなく、対抗するための組織が怪物の発生と同時に結成された。

組織は研究所プロエラスタジオと名付けられ、怪物の撃破と研究を主な活動として人々を怪物の脅威から守ってきた。


 そしてブルーの父親はそのどちらも請け負う研究員プロエラだった。

たった一人の親でもある父に強い影響を受けてブルーは戦闘に使う武器に興味を持ち、武器いじりをよくしていたのだった。


 怪物には様々な種類がおり、ゴブリンは比較的弱い怪物だ。

怪物の発生条件は未だ解明されておらず、こうして突然現れることも日常茶飯事だった。


「せっかくだし、新しい武器の良いとこ見せてくれよ」


 怪物を前にヘラヘラと笑う父親の言葉を待たずにブルーは飛び出していた。

瞬時に木々を飛び移り、背後から切りかかるブルーは怪物にはまるで閃光のように映っただろう。

ブルーが飛び出した数秒後には赤い液体が飛び散り、地面には物言わぬ像が転がっていた。


「おーすげぇ。今回はどんな加工したんだ」


 父親の関心は今の戦闘に向けたものではなく、ブルーの加工したナイフに向けたものだった。

ブルーはナイフを素早く振って汚れを払い、鞘に戻しながら答える。


「今日はまだ軽く研いで持ち手の形状変えただけだよ」


 無感情で死んだゴブリンを観察し、武器の切れ味を確かめる。


「この短時間でそこまでの加工は十分すぎるわ。やっぱりお前は俺の自慢の息子だ」


 そう言うと父親は笑顔でヒョイとブルーを持ち上げ、肩車をしながら暖かいご飯の待つ家へと帰った。

薄ら寒い空気が肌を撫で、父親の温もりを感じた夜だった。

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