大怪盗、異世界を盗む。

@STRTaiga

ある日の出会い

「はぁ……はぁ……」

 ――ノルベント大森林。

 王都ノルベントと商業都市アッセンシアを隔てるように存在するこの場所で、少女は迫りくる恐怖から逃げるように走っていた。

 彼女の名は、アイラ・ハーセン・ノルベント。

 商業都市アッセンシアから王都ノルベントへの道中、野盗に襲われ現在に至る。


「……はぁッ……なんでっ、こんなことに!」


 必死に逃げるが、既に彼女の体力は尽きかけている。追跡の気配は尚も途切れていない。護衛の兵士も全員あっけなく殺されてしまい、助けをうこともできない。

 ノルベント大森林は、舗装ほそうされた道を外れればすぐに鬱蒼うっそうとした木々に囲まれ、身を隠すのには適している。しかも、現在は日も沈んでいるため、さらにそれを助長させる。

 しかし、彼女は隠れることすらできない。


(振り切ることさえ出来れば……!)


 隠れる為にはまず、背後から迫る追手を振り切らねばならないのだ。

 だが、彼女の恰好はまともに走れるような物ではなく、かなり着飾った状態であるため、それができない。

 足元にかかるほどのロングスカートは森の草木に何度も引っかかり、破れ、既にボロボロの状態となってはいるが、ほどこされている装飾や、そのものの素材の良さから一目で高価なものだとわかる。

 そして、それらは彼女の身分を示すものでもある。

 普段は権威を表し、姿そのものを力として行使できるその格好は、この場では大きな足かせとなってしまう。


「だから私は……こんな格好ッ!……嫌だったのよ!」


 彼女は権威や力などに興味はなかった。しかし、産まれた環境がそれを許すことはなかった。その家系に生まれた以上、そうあらなければならなかったのだ。


「……はぁ……はぁ、どんだけしつこいのよ」


 息を切らしながら尚も走り続け、ついにはそんなボヤキすら出てくる。

 走り続ける程、森はその深さを増していく。

 追手も森の深さに足を取られ始め、徐々に距離は離れつつあるようだ。

 

(あと少し!あと少し走り続ければこの森が私の姿を隠してくれる!)


 そんな希望が見え始めた時、彼女はに行きついた。否、


(この森で私は……の?)


 森の木々は姿を隠してくれる。しかし、その森を住処にしている者たちがいる。

 ――魔物モンスター

 彼らは人とは違い、鋭い嗅覚や聴覚を兼ね備えている。

 迷い込んだ絶好のチャンスを逃すようなことはないだろう。

 もう森の深いところまで来てしまった、方向も覚えてる訳がない。

 止まれば夜盗、駆ければ魔物。

 どちらにしても、絶望的な状況なのだ。

 彼女はその思考を一瞬でも巡らせてしまった。


「あっ……」


 一瞬の出来事だった。

 絶望を思考し、1秒に満たない時間だが脱力してしまった彼女は、険しい道に足を取られてしまった。

 膝から崩れ落ちてしまった彼女に、追手の足はどんどんと近づいてくる。


「……終わりね」


 上がり切った息の中、諦めたように言葉を吐く。


「よぉ嬢ちゃん、随分と逃げ回ってくれたが、これまでだな」


 すぐさま追いついてきた夜盗の一人が随分ずいぶん語りながら彼女を追い詰めていく。


「……そのようね、私にはもう、逃げる手段も気力もないわ」


 追手が一人であれば逃げずとも戦う手段もあったであろう。だが、追手は一人どころか暗闇くらやみでも目算で10~12人はいるとわかる。

 ここから逆転する手立てを彼女は持ち合わせてない。


「こんな深い森で派手に逃げ回っていた割りにはやけに大人しいな」

「……魔獣の餌になるくらいなら、ここで痛みなく殺されたほうがマシよ」


 彼女にはそれなりに人を見る目があった。彼らの動きは完全に金銭目的であり、そして姿を見た者はその場で即殺する徹底ぶりに加え、この森で走り回った割には息も上がらず余裕すら見せるという一連の練度。

 この場でような質ではないだろう、と彼女は考えたのだ。


「命乞いくらいはしてくるものだと思っていたんだがな、どうやらそれなりに利口なようだ」


 夜盗の男は懐から短剣を取り出しながら彼女に近づいていく。


「せめてもの情けだ、お望み通り痛みなく殺してやろう」


 ぎらついた短剣が彼女の首元にあてがわれる。


(どうやら本当に、ここで終わりのようね)


 彼女は瞑目し、自らの命が絶たれるその時を待つ。

 しかし彼女は尚利口だった。彼らの一連の行動についてのその先を思考してしまった。


 ――金銭目的。本当に?

 あの立ち回りはあからさま過ぎではないか?

 それに私は女性である上にこの格好だ、金銭を目的とするならば捕らえたうえで身代金を要求して、さらに金銭を得る事を考えないのだろうか。

 さらに言えば彼らの練度は本当に夜盗程度が身に着けられるものなのだろうか。

 私に付いていた護衛はいずれもかなりの手練れとされる者達だった。そんな彼らがああまであっさりと殺された。

 夜盗と片付けるにはあまりにも強すぎる。

 まさか……この夜盗たちは――


 その思考を巡らせた瞬間、彼女はすぐさま行動を起こす。


「ぐっ!このガキ!」


 眼前の男に向かって渾身の蹴りを繰り出した。

 その蹴りは見事に男の腹部に命中し、彼女と男の間にわずかな隙を生み出した。

 すぐさま彼女は次の行動を起こし、最後の手段として持っていた短剣を取り出す。

 この人数を相手取るにはあまりにも心もとないが、彼女にはそれしか残されていなかった。


(彼らが『そう』なら、ここで死ぬわけにはいかない!)


「ここにきて無駄なあがきを見せるたぁな、もう少し利口だと思ったんだが……いや、どうやら利口故にこの行動か……ふむ、利口すぎるというのも考え物だ」


 彼女が違和感の正体にたどり着いた事に彼らも気づいたらしい。

 彼女は短剣を前に構え、彼らの攻撃に備えている。


の正体に気づくのは流石だが、どうあがいてもこの状況を打開することは出来ないとわからないものかね」


 夜盗と思われていた者たちはやはり余裕を見せる。

 だが、先ほどまでとは雰囲気が違うようだ。


「やっぱり死にたくなくなっちゃったのよ、悪いけど最後まで足掻かせてもらうわ」

 

 この場にただならぬ緊張感が生まれる。

 彼女にとっては生か死かの場面、当然の緊張感だろう。だが彼らも相手が一人の女性だろうと油断するような者たちではない。

 互いにじっと構え、その場が動くその瞬間を待つ。

 少しでも集中を切れば、その集中を切った者が死ぬ。

 そんな緊張感がビリビリとこの場を支配する。


(……少しでも油断してくれる人間がいれば、そこに活路があったかもしれないけど、そんな簡単に行くわけがないわね)


 絶望的だと、彼女の脳は言っている。だが、諦めるという選択は短剣を握った瞬間に捨てていた。

 彼女の目は死んでいない。

 たとえ可能性が限りなく0パーセントに近かろうと、抗い続けると決めたのだ。

 そして彼女が一歩踏み出そうとした瞬間――


「なぁお前ら、そういう事は人がいないとこでやってくんねぇかな?」


 ――その気の抜けた声がその場にいた者たちの耳に伝わった。


「は?……なっ!誰だ!」


 夜盗に扮した集団のリーダーと思わしき男は一瞬呆気に取られるものの、すぐさまその声の主に向かって構え直し、その正体を探ろうとする。

 もはや眼前の彼女の事など気にしておらす、突如として現れたその気配に集中を注いでいる。

 それほどまでに、あまりに唐突な出現だった。

 そのさなかで、極限まで緊張を高めていた彼女は彼らに遅れて声の主の方を見る。


「え……」


 彼女は、驚愕を隠せなかった。


(どういう事なの、何故――)


 彼女から見て右の方向、そこにかぶを椅子にし座っている男の姿がある。

 男は魚を刺した串を焼いており、そのうちの一本であろう物を口に運んでいる。

 まるで、かのように、『火』などというこの暗闇において最も目立つ物をそばに置きながら。


(――何故私は……私たちは気が付かなかったの!?)


「なぁあんた」


 男は火に目を向けたまま語りかける。

 その姿はローブのような物に包まれていてよくは分からないが、腰に一振りの剣だと思わしきものを携えている。


「あんただよ、あんた、あー……お嬢さん」

「え、私?」


 この場においてお嬢さんなどと称される人物は一人しかいない。

 

「あぁそうだ、一つ聞きたいんだが、この状況で諦めない理由はなんだ?」


 そんな問いかけを、男は繰り出す。

 この緊張感が張り巡らされた状況で、それをものともしていないような雰囲気である。


「あ、諦めない理由って……」


 あまりにも突拍子なこの一連の流れに彼女は動揺しきってしまい、言葉が詰まってしまう。


「おい貴様!何者だ、早急に答えなければ問答無用で消させてもらう」


 集団のリーダーと思わしき男が、今にも切りかからんとする様子で男に問いかけていた。


「今俺は彼女と話してんだ、邪魔しないでくれ」

「な、なんだと!?」

「そう怒んなよ、ノルベント王国暗部部隊長、カイル・バージさん?」

「……っ!」


 馬鹿な、という思考が彼の中を渦巻く。

 その名前は知られてはならない名前だ。暗部所属だということも、何故こんな男が知っている?

 と。


「で?諦めない理由はなんなんだ?ま、予想はついてるけどな」

「それは……」


 彼女もまた明らかに戸惑っていた。

 ついさっき辿り着いた思考――

 ――彼らが暗部だと言ことを、何故この男も知っているのか。

 さらに言えば彼女ですらも、名前までは知らなかった。

 この男は一体、何者なのか。

 味方なのだろうか。

 わからないが、彼女は決断をした。もともと絶望的なこの状況、少しでも可能性があるほうに歩みを進めるべきだと。


「私が彼らに殺されれば……次は妹、妹を彼らから守るためには、私がここから生き延びるしかないの」


 決死の覚悟で、彼女は答えた。


「なるほどな、分かった」


 すると男は立ち上がり、腰の剣に手を掛ける。


「というわけで、お前らの獲物は俺がことにした」


 そして暗部と称される集団に向かって男はそう告げる。

 当然「はいそうですか」とはなる筈もなく。


「ふざけるなよ貴様、黙って聞いておれば……我々の正体を知っている以上貴様にも死んでもらうぞ」


 そちらもそちらで男に対して攻撃的な構えをとる。


「既に俺の後ろを取っている奴が二人か、なかなかではあるけど、全然甘いな」


 その言葉にカイル・バージが眉をぴくっと震わせた。

 この男は既に動いていたのだ。

 彼女を取り囲む集団の後方に、あらかじめ姿を見せないように2人潜ませていた。そして男が現れてから彼女と会話している隙に合図を出し、その2人を男の背後に回らせていた。

 だがそれもばれてしまっていたようだが、配置的には暗部集団が圧倒的に有利だ。


「見破りはしたようだがどうする?貴様を完全に包囲したぞ」


 しかし男はこの状況でも、全くと言っていいほど緊張感を持っていないように見える。余裕綽綽よゆうしゃくしゃくとそのまま集団に向かって歩き出す。


「そうだな、どう考えても不利な状態だ、だがお前は一つ大きな勘違いをしている」

「勘違いだと?」


 先に仕掛けたのは暗部集団だった。

 カイル・バージは会話を続けるふりをしながら、男の後方に潜む二人に攻撃の合図を出していたのだ。


「あぁ、勘違いだ」


 合図を受けた二人はすぐさま動き出し、男へと迫っていく。

 

「どんな勘違いをしてると言うんだ?」


 音もなく忍び寄る二人に男は気づく素振りも見せず……

 やがてその攻撃が男に襲い掛かるその時――


「お前らの相手は俺一人じゃねえ」


 ――まばゆい2本の閃光と共に、男の背後の二人はその場に倒れた。


「なっ!?」


 明らかな動揺を隠さぬままカイル・バージは倒れた二人を見る。

 二人は胸元が焼けたように何かが貫いており、一瞬のうちに絶命したのだと理解した。


「お前ら、俺が突然現れたように見えたんだろ?だったらあからさまに目立つようにしてた俺の他に、誰もいないか周囲の警戒くらいするんだったな、ま、あいつはそんな警戒程度で見つかるような動きはしないだろうけど」


 そう言いながら男は歩みを続け、彼女の前に立つ。


「そんなわけで助けてやるよ、お前のあの根性、気に入った」

「えっと、ありがとう……ございます?」


 そして腰の剣……刀を抜き、彼女を背にし、カイル・バージに向き直る。


「あ、たすけはするけど、仲間になってもらうぞ、人手が欲しかったんだ」

「え?」


 そんな素っ頓狂な返事を背に男は、暗部と呼ばれる集団に構えを取る。


「……ぐっ、貴様!裏を掛けたからといっていい気になりおって、人数はこちらのほうが明らかに有利なのだぞ!」

「なんだ、もう一つ勘違いしてんのか」

「なに?」


 すると、男に急激な緊張感が生まれる。

 否、緊張感というにはあまりに威圧的で、力の差を示すとでもいうようなオーラがあふれ出す。


「たとえ俺一人だったとしても、お前らでは俺に勝てんよ」


「ば……馬鹿な」


 カイル・バージは恐れてしまった。

 明らかな格上の存在だと、知らしめられてしまった。

 人数差はあれど、勝てる相手ではない。


(今まで何を見ていたのだ!俺は!)


 大人しそうながらも突き刺す様な朱色の瞳。

 筋骨隆々と言ったわけではないがローブで隠れてもなおわかる、無駄なく鍛えられたであろう体格。

 隙のない刀の構え。否、構えなど取っていなくとも、この男に隙はない。

 思い返せばこの男が現れてから今に至るまで、この男の一挙一動に隙などという物は一切存在しなかった。

 カイル・バージはその時点で、動けなくなってしまった。


「戦意喪失したところ申し訳ないが、お前らに生きていられると彼女が困るみたいなんでな、ここで命は奪わせてもらう、最も、人の命を獲ろうとしてた身だ、文句は言わせねえぞ」

「くっ、文句など言うものか、我々にもプライドがある、どんな強者であろうが最後まで任務を遂行する」

「へぇ、お前らも中々いい志持ってんだな、じゃ、遠慮なく行くぞ?」


 そういって男は切りかかろうとする。


「あ、あの」


 が、その手前で彼女に語り掛けられる。


「どうした?あんたがやめろって言うんなら無闇に命は取らねえけど?」

「あ、いや……それはやってもらって構わないんだけど」

「そうか」


 気を取り直してと言わんばかりに再び切りかかろうとする。


「あ!あの!」

「なんだよ!締まらねえなぁ!」

「いや、貴方が何者なのか教えてほしいのよ、もしヤバイ奴の仲間にされそうなら、後でこっそり後ろから切りかからないといけないし」

「後半は思っても口に出すな」


 男は少々呆れながらも、ローブのフードを下ろし、顔を晒した。


「俺は、『怪盗』だ」

「かい……とう……?」


 そんな言葉はこの世界に存在しない。

 故に彼女が言葉の意味を知るのは少々後になる。


 そして意味を知った彼女が男の背中に切りかかったのも言うまでもないのだが……


そのお話はまたいずれ。


 



 





 










 



 











 


 





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