まだ私はやれる! 続けたい!

 翌日、彼女の家から部員総出でエレクトーンを運び出す大仕事が始まった。

 田中先生がパワーゲート付きの軽トラを借りてきた、家具用の台車や毛布も積んできた。

 毛布でぐるぐる巻きにされたエレクトーンは、無事に軽音部室に運び込まれた。


 ゲーミングチェアを運び、電源コードを繋ぎ、彼女が試奏する。

 どこからともなく拍手が巻き起こった。


「家での演奏は出来なくなるけど大丈夫?」

 田中先生がエレクトーンの横に立って彼女に訊く。

「大丈夫です、ここで全力でやらせていただきます」



 部活動終了後、僕は誰もいない部室にやってきた。


「先生、エレクトーンの裏からこんなもの出てきたんですが」

 フロッピーディスクが2枚、そしてヤマハ出版の楽譜だ。

「あぁ……念のためバックアップ取っておくか、預かる。練習終わったらまた来てくれ」


 職員室で田中先生から受け取ったディスクと楽譜を部室にしまいに来た。

 暗い部室、赤いカバーがかかったエレクトーン、手にはクリアファイルに楽譜とフロッピー、一枚はヤマハのラベル、もう一枚は、ラベルに彼女の筆跡ではない字で『ユーザーボイス』と書かれている。


 演奏会の時、彼女は説明の一環でフロッピーの演奏データを再生していた。

 やり方は見ている。


 僕はエレクトーンの電源を入れた。

 手書きのフロッピーを挿入し、即座に読み込みが始まる。中央のLCDには1曲のソングが表示される。

 PLAYボタンを押し、再生する。



「やったじゃない! 本当にスゴイよ」


 有り得ない『声』が聞こえてきた。

 慌てて僕は部室を見回す。が、誰もいない。窓を開けて周囲も確認するが、遠くに野球部の練習が見えるだけだ。


「追試かぁ……」

「でも演奏は完璧だった! なのにあんな理由で落とされるなんて!」


 今度は『彼女』の声だ、え? 帰ったんじゃないのか?

 ……いや、なんか変だ。

 僕はエレクトーンのスピーカーに耳を当てる。


 間違いない、この音声はエレクトーンから出ている。


「まだ私はやれる! 続けたい!」


「やだ! だったら会場変える! 東京で受ける!」


 『彼女』の音声はまだまだ聞こえてくる。


「あああああぁぁぁぁぁぁ!」

「どうしたんだ!?」

 今度は泣き声だ、一体何がどうなっているのか分からない声だ。


「なんでここで諦めるの!? これまでの努力が全部無駄になるのよ!」

 最初に出てきた女性の声だ。


 ここで『再生』は終了した。


 何だったんだ……


 僕はフロッピードライブが動いていないのを確認すると、ディスクを抜き、楽譜と一緒に隣の棚に仕舞い、エレクトーンにカバーをかけると慌てて部室を飛び出した。

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