創部以来そんな事言った奴は聞いた事が無い

「お帰りなさい、お父さん」

「あ、田中先生でしたか! ご無沙汰しておりました……」

 5時半になっていた、演奏会もお開きだ。

 僕は部長と一緒にエレクトーンを元に戻そうと、譜面台を兼ねたスモークのトップカバーに手をかける。


 一瞬、青白い人影が見えたような気がした。


 僕は後ろを振り向くが誰もいない、天井の照明が写り込んだのかな?

 そのままトップカバーを閉じ、赤いカバーをかけた。



 彼女の『実力』を知った部員達、部活動が進むにつれ徐々に彼女を頼るようになってきた。

 スコアが読める、書ける、弄れる、これも彼女が得た貴重なスキルだ。


 しかし、ドラム演奏は相変わらず冴えない。

 そつなくこなすものの、スティックを振る姿に演奏会で聴いたような迫力は感じられない。



「パート変わればあんなもんでしょ」

 イオンのフードコートで集う軽音部男子部員だけのティータイム。

「いや、やっぱあの子は演奏やる気無いわ」

「ドラムはねぇ……」

 他の1年女子は初心者ながらそこそこ練習の成果が出ている。経験者と見られている彼女は尚更比較対象だ。


 僕は改めて『演奏会』の風景を思い出す。

 様々な楽器を演奏できるそのスキル、何か軽音楽部に活かす方法は無いのか……


「おい男子、ここでティータイムやってたのか?」

 部長の声だ、女子部員も合流してきた。彼女の姿もあった。

「ウチらのグチ言ってたんじゃないだろうね?」

「全然ねーっすよ、むしろこいつのベースの下手さをね……」

 男子は男子、女子は女子で別々のテーブルを陣取り、向かい合って話し始める。


「今年の軽音コンの曲なんだけどさ、久しぶりにオリジナルでやろうと思ってる」

 部長が切り出す、おー! という声が両方のテーブルから聞こえる。

「今年の期待の戦力がね、試しに作曲やらしてみたら面白くて」

 そう言って部長は彼女の両肩に手を乗せる。彼女の顔は苦笑い、だが満更でもなさそうだ。

「ただ、もうちょっとドラムに気合入れないとね~、演奏もしっかりだよ」

 そう言うと、彼女の顔はまた曇ってしまった。


「てか、パートにエレクトーンを入れればいいんじゃないんですか?」

 僕は思わず言ってしまった。


「おいおい、そんなの聞いた事ねーぞ!」

 男子の先輩が呆れ気味な感じで言ってくる。

「いや、アリかも知れない!」

 部長が呟いた。

「……たぶん機械的な構造ならキーボードと一緒だと思う。問題は出力端子があるかどうか」

「端子って?」

「AUXってやつで2つある、軽音コンだとそれが無いと演奏できない」

「……それは間違いなくあります」

 彼女だ、部長に告げた。


「となると……」

「あの……」

 女子の先輩が部長に質問してくる。

「一度決めたパートを変えるってのはアリなんですか」

 部長がしばらく間を置き、話し始める。

「創部以来そんな事言った奴は聞いた事が無い。ただ、部員の総意が取れれば大丈夫」

 僕は周りを見る、部員達も同じようにしている、幸いここには全員揃っている。

「じゃあ挙手」

 彼女以外は全員、手を、挙げた。


「……あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」

 そう言って、彼女も手を挙げた。そして拍手に包まれた。



「お前らアホか」

 田中先生は、事情を報告した俺ら部員たちにこう言った。

「いやいや先生! 先生だって聴いたじゃないですか!」

「それは分かってる、問題はそこじゃない」

「え? じゃあ何ですか?」

 部長が聞く。


「100キロ」

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