みんなで彼女の演奏、聴いてみませんか?

 幸いにも彼女は翌日から高校に出てきたようだ。

 ただ、まだ練習に参加できる心境ではないそうだが、演奏の約束はしてもらえた。



 そして土曜日の練習後、1年生部員と部長、そして田中先生も一緒になり、彼女の家に来た。


 詳しくは分からないがそこそこ年季が入った一軒家、もちろん僕が来るのは初めてだ。

「どうぞ上がってください」

 彼女は制服のままで僕たちを出迎えてくれた。家には彼女以外いない、親は仕事でいないのだろうか?


 リビングに通される。

 その片隅に、赤いベルベットのカバーがかけられたエレクトーンが鎮座していた。

 僕はその光景に昭和感を感じた。

 しかし、その昭和感には絶対似つかわしくないモノ、赤いゲーミングチェアがエレクトーンの前に置かれている。


 後ろを向くと、田中先生が仏壇の前で手を合わせている。

 小さいリビング仏壇には帳面、その脇に小さい遺影、姿はそこそこ中年の女性、誰だろうか。

 部長や部員たちも気づき、僕らは田中先生の後ろに並んで手を合わせる。

「すいません……」

 彼女は恐縮している。


 彼女の手で赤いカバーが取られる。

 現れたのは、漆黒のボディを赤い木目調パネルで飾られた筐体。スモークのトップカバーを上げると大量のボタンが並ぶパネル、昭和らしいフロッピーディスクドライブが付いている。


【YAMAHA EL-900m】

 そのエレクトーンは、1998年の『平成生まれ』だと後で調べて知った。


「なんか難しそう……」

「足元にも鍵盤があるね」

 エレクトーンを初めて見る部員たち、興味津々のようだ。


「じゃあ準備してくるので待っててください」

 そう言うと彼女はリビングを出て2階へ上がっていった。


「先生、さっき合掌してた方ってもしかして……」

 部長が田中先生に聞いてくる。

「ああ、お母さんだ。3年前にね……」

 なるほど、彼女は色々と大変なようだ。


「お待たせしました」

 リビングに入ってきた彼女の姿に一瞬ドキっとした。

 服は制服のままだが、その足元はピアノの演奏会で見るようなパンプスではなく、ベルクロ付きの、いかにもスポーツ然とした赤いシューズを履いていたのだ。


 彼女はゲーミングチェアに座る、体を揺らす、エレクトーンのパネルを弄る。

「……リクエストは」

「一番イケてるやつを頼む」

 田中先生は即答した。

 彼女は目を閉じ深呼吸、上鍵盤に右手を添え、左手でまたパネルを操作、赤い7セグメントが動き出す。


 上鍵盤のグリッサンドアタックから始まった演奏は突如激しいギターソロに変貌する。

 オルガンの和音はいつの間にかエレピの連弾に変化し、再びギターと同時に奏でる。メロに入り、メロディが尺八とシンセリードのコンビネーションに切り替わる、一体何がどうなってるのかと部員達は困惑する。

 彼女の表情はどうかといえば、至って冷静に見える。

 演奏がサビに突入すると、ギターが突如三味線リードに変化し、一瞬で全体が和の空気へと落とされる。と思っていたらまたディストーションを効かせたリードギターで締めくくる。


 彼女が何をやっていたかと言われれば、終始鍵盤を弾いていただけだ。


 それが、彼女が弾いた『千本桜』だった。


 全員が拍手した。彼女はチェアから立ち上がり、部員たちに頭を下げた。


「え? え? どうやったの?」

「パートとか全然わかんなかった!」


 質問攻めに遭う彼女、その謎を一つ一つ説明していく。

「基本上鍵盤はリード、下が伴奏、それを途中で音色切り替えてる」

「ベースも聞こえてたけどどうやって?」

「ベースはペダルで」

「ペダル!? じゃあ演奏も脚で?」

「うん」

「うわまじすごすぎ、ヤバイじゃんそれ!」

「音の切り替えも全然操作してるように見えなかったけど……」

「あ、それも下のペダルでやってる」

「うそ!」

「ほら、フットペダルの左右にスイッチあって、それで」

「あれで!?」


 田中先生は部員達がウキウキしながら聞いてくる光景を見てにっこりしている。

まるで自慢の教え子……といった雰囲気だ。

「それにしてもその格好、らしくはないよな……」

 田中先生だ、彼女が履いている靴とゲーミングチェアの事だろう。

「やりやすいようにしただけ、これなら全然調子いいし」

「このシューズって……?」

 僕が聞く。

「レーシング用のシューズ、底が薄くて滑らないから踏みやすい。このイスも体をしっかり支えてくれる」

 そう説明する彼女、心なしか微笑んでいるように見えた。


 この後、田中先生は部員たちに彼女の『教え子』っぷりを自慢してくれた。自慢される彼女は、顔を赤くして恥ずかしがっていた。


 彼女は、この昭和感溢れる平成生まれのエレクトーンで、ギターもベースもドラムも演じ、ストリングスも三味線もオーケストラも全て弾きこなし、果ては作曲や編曲までやり通せる。

 演奏グレードは3級。

 最大最強のスキル『エレクトーン・プレイヤー』を持つ女子だったのだ。


 「でも全然音楽やるカッコじゃないよね~、レーサーみたい」

 部長が彼女にそう話す。

 「えー? これ似合ってると思いますけど、だってヤマハなんだから」


 いや絶対違うと思う。

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