なんで軽音部に入ったの?

「……なんで軽音部に入ったの?」


「……それは言えない」

 彼女はそう言った。

 仕方が無いが、これも僕は想定してた答えだ。

「いや、違うの。話すのが初めてってわけじゃなくて、ぶっちゃけ自分でもまとまってない……だけ」

「……うん」

 僕はうなずくだけしか出来ない。

「ごめんなさい、心配させて」

「いやいや、僕の方が謝らなきゃ」

「でもホントごめん! これ以上は言えない」

 語調を強めた。

 それで僕もこれ以上何かを言うのは止めた。


 お互い黙った時間が続く。


「……もういいかな?」

 彼女の方が先に口を開いた。

 僕は口には出せず、ただうなずく事しか出来なかった。


 夕日の逆光の中彼女の背中を見送る。そのシルエットは黒しか見えない。

「……あ」

 そう言って彼女は振り返ったようなのだが、逆光で顔が見えない

「でも心配してくれた事は感謝してる、ありがとう」


 その言葉を聞いても僕は返事をできなかった。せめてもの表現で、僕は手を振った。



 あれから2週間が経った。

 志望変更期間を経て、僕らはようやく正式に軽音楽部への入部が決まった。

 入部希望の6人は誰も動かなかった、彼女も動かなかったのだ。


「では、今日は1年の希望パートを決める」

 田中先生が部室でそう言う。

 スマホで見たどっかのまとめブログでは、男子はギター、女子はベースが一番人気と読んだ事がある。僕は以前ヤマハ音楽教室でアコースティックギターを習っていた時期があった。同じギターなら……いや、エレキとアコギでは違うのだろうがまぁフレットさえどうにかなればいいのだからどうにかなるだろう、それでいいはずだ。

「希望パートは挙手でな、お前らちゃんと悩んで決めたか?」

「大丈夫です!」

「問題ないです!」

 彼女以外の1年生部員は揃って声を上げているようだ。

「じゃあまずはギター」

 僕は手を上げた。続けて女子部員が2人手を挙げる。

「次、ベース」

 女子部員が1人手を挙げる。

「最後、ドラム」

 もう一人の男子部員が手を上げる。


「あれ? どうした?」

 彼女だけが手を挙げなかった。


「……キーボードって、ありますか?」

 彼女は小さい声で田中先生に告げる。

「あー、そうだよね……。でもここ数年キーボード希望者がいなかったからね」

「え? そうなんですか?」

 僕は思わず田中先生に質問した。

「ああ、バンドはリードとリズム、ベースとドラムで構成できるからキーボードは必須じゃないんだ」

 そうなのかと僕は変に納得してしまった。

「ボーカルは?」

 ギター希望の女子部員が聞いてくる。

「ウチの場合はギターが兼務、これが絶対。大会のルールで決まっているからね。なので原則4ピースが基本」

「で、キーボードって部にあるんですか?」

 男子部員が質問する。

「ある、ちょっと待っててくれ」

 田中先生がそう言うと、部室の奥にあるロッカーから黒いカバーに包まれたキーボードを出してきた。

「だいぶ古いやつだが……」

 女子部員の手も借りてカバーから引き出す。


 出てきたモノ、田中先生はキーボードだと言っていたが立派なシンセサイザーである。


 【YAMAHA MOTIF6】

 2001年に発売された、61鍵のキーを備えたプロ用のシンセサイザーだ。と、型名をぐぐったら出てきた。


「卒業した部員がメルカリで2万で買ったってやつだが多機能すぎて使いこなせなかったみたいでね、部に寄付してそのままってシロモノ」

「先生重いですよコレ!」

 15キロ以上あるシロモノだ。

「……やれる?」

 田中先生は彼女に聞く。

「……やってみます」


 早速、部員総出で部室のスペースを広げ、パイプスタンドを展開する。ACコードを繋ぎ、スピーカーは内蔵されていないので出力端子に適当な外部スピーカーを繋ぐ。

「これも使われなかった原因」

 田中先生がMOTIF6の電源を入れ、何か操作をする。

「いちおうプリセットのピアノ音色を出す手順だけは覚えてる」

 そう言いながら鍵盤を押す、キレイなピアノの音がスピーカーから流れてきた。


「これでいけるぞ、弾いてみてくれ」

 田中先生が言うが、彼女は鍵盤を見つめたまま動かない。

「……楽譜は」

「無い、すまない。なんか暗譜でいけるやつでもいいから」

「……なら『旅立ちの日に』を」


 前の騒動で、彼女がヤマハ音楽教室に通っていた事を知られている。部員の顔には期待がにじみ出ている。

 彼女は背筋を伸ばし、深く深呼吸をし、足を前に出すと、静かに弾き始める。

 さすが音楽教室に通っていた子、タッチの運びが……と僕が思ったのもつかの間、音の違和感に気づいた。周りの部員を見ると、やはり違和感を感じているのか、目の片側を引きつらせている部員が多い。

 軽やかに伸びず中途半端によれる音色、不自然な伴奏、異様に体を揺らすタッチ……


 1番を弾き終わると、突然彼女は演奏を止め、うなだれてしまった。

「お、おい大丈夫か?」

「ねぇ、しっかり」

 田中先生と女子部員達は横に立ち、彼女を気遣う。


 彼女も体も心配だが、同時に演奏に対する疑問も出てきた。

 これが、彼女の『理由』なのか? なぜ彼女の演奏がこんなにも狂っているのか?



 翌日の部活動、彼女は結局ドラムを選んだと田中先生から部員達に告げられた。

 とはいえ、軽音部にあるドラムセットは1つしかない。1年生部員でも2人、もちろん先輩方も叩くので、練習できる順番が回ってくるのは2日に1回ぐらいになる。

 そして、彼女は体調不良を理由に今日の部活を休んでいる。


 僕は気になって田中先生に聞いてみた。

「……なんでドラムを選んだんですかね?」

「いきなり弦楽器には行きにくいってのもあるが、一番の理由はハイハットの足捌きに興味を持ったみたいだ」

「へぇ……」

 足捌きか、確かにドラムのハイハットは独特の操作が求められる、部室の実物を見たから分かる話だ。でもなぜ足捌きを……? 僕は考える。


「先生!」

 たぶんこれが正解だと思う、思い切って提案してみよう。


「一回みんなで彼女の演奏エレクトーン、聴いてみませんか?」

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