あの『彼女』が最大最強のスキルを捨てた理由 ~それが、未来~

sippotan

どうして君がここに来たんだ!?

「なんでここで諦めるの!? これまでの努力が全部無駄になるのよ!」

「どうして君がここに来たんだ!?」

 彼女はその日、2人の先生から咎められていた。



 僕が久しぶりに『彼女』の姿を見たのは入学式、まさか二次募集でこの高校に入ってくるとは思わなかった。

 知り合いの話では、音大付属高校の音楽科に合格していたはずだ。

 つまり、彼女の意思で入学を辞退した……これは間違いない。


 だが、彼女と中学では同じクラスであったが友達までの関係ではない。元クラスメイトとして「久しぶりだね!」ぐらいは言えると思うが、彼女の事情までは聞けない。


 僕のクラスは1年3組、幸いというか残念というか彼女と同じクラスにはならなかった。

もし同じだったら、事情を聞きたくてうずうずする悶々した日々になっていたかもしれない。


 入学式から3日後、体育館で部活動のオリエンテーションが行われた。

 僕の高校の入部方法は独特で、部活動の先輩方が舞台上でパフォーマンスをした後、それぞれ入部希望の部室に向かうという方式だ。この高校は帰宅部が許されないので形式的でも何かしらの部に入らなければならない。


 悩んだけど、軽音楽部に入ることにした。

 小学校の頃に楽器を習っていた経験があったし、最近の流行で女子が多く、雰囲気も緩いのが希望の理由だ。


「キャー! 来てくれてありがとうございまーす!」

 部室に入った途端、先輩方から熱いラブコールを受ける。

 狭い部室、スコアが詰められた本棚に使い込まれたドラムセット、先輩の私物と思わしきテレキャスター、ケーブルが繋ぎっぱなしのアンプが何台も転がっている。

 僕の他には入部希望の男子が1人、女子も3人いる、みんな違うクラスの面々だ。


「はーい新人! 早く入って入ってー」

 先輩の女子部員が僕を誘導してくる。

「またおめでとうコールやるからドア閉めなきゃなんだよー」

 もう一人の先輩女子部員もこう言う、どうやらこのコールがこの軽音楽部の伝統のようだ。

「私に続いてちゃんとコールしてね~、ここに入った以上もう部員だからねー!」

「わかったらハーイって言ってねー」

「ハーイ」

 2人の先輩女子部員に言われ僕はハーイと言う、もちろん1年の面々もハーイと言っている。

 よく見ると男子の先輩も2人いるのだが、ハーイとは言っていない……

 思った。男子の先輩方も言ってよ、恥ずかしいじゃないか、と。


 部室のドアノブが下がった。

「はい準備して!」

 ドアが開き、一人の女子が入ってきた。


『彼女』であった。


 僕は、思わず叫んだ。

「どうして君がここに来たんだ!?」



「え? え? 何?」

 部室にいた全員の視線が俺と彼女に集中する!

ヤバイ! やっちまった!


「あ、あぁすいません、実は彼女とは同じ中学で同じクラスだったんです……」

「へー、そうなんだ」

「もしかして付き合ってたとか?」

「そ、そんなんじゃないです!!」

 僕はとっさに必死に身振り手振りして否定した。だが、先輩たちが僕を見る目、まさに興味津々といった雰囲気だ。

「そ、そうです。ただのクラスメイトです。誤解しないでください!」

 入ってきたばかりの彼女も強い口調で先輩方に言う。

「ふーん、わかった。じゃ、あなたも君もあそこに並んでね」

 僕は窓際の列に並ぶ、彼女も女子の入部希望生の集団に混ざる。

 しかし気まずい……とんでもない誤解だ、完全に彼女としゃべる機会を無くしてしまった。


「おーい、軽音部は集合したかー?」

 軽音部顧問の田中先生が部室に入ってきた。そして彼女を見て開口一番、叫んだ。


「どうして君がここに来たんだ!?」


 お前もか、とその場にいた全員が一斉にそう思ったかのように田中先生の方を向く。


「てか、田中先生もあの子のなんなんですか?」

 先輩女子部員が田中先生に詰め寄る。

「ええと、言っても大丈夫か?」

 田中先生は彼女に確認するように聞く。

「……はい」

 彼女は軽くうなずく。


「教え子だった、学校ではなく休職中に手伝ってたヤマハ音楽教室の生徒でね」

「あー、そうだったんですか」

「え? だとピアノかなんかできんの?」

「エレクトーンだ」

「エレクトーン?」

 先輩女子部員は田中先生に聞き返す、僕はある程度なら知っているのだが、先輩方は知らないのだろうか……?

「それって何?」

 今度は彼女に聞いてくる。

「……電子オルガンってやつです」

「オルガン……」

「ゴスペルで弾くやつ? この前『天使のラブソング』でやってたのとか?」

「てか、教会?」

「あーー……、うん」

 彼女はそう言って黙ってしまった。

「……まぁどうにかなるっしょ」

「てか田中先生ってそういうのも教えるんですね、初めて知った」

「はは、まぁな」

「あ、先生、4時になったよ!」

「よし、これで希望者締め切るよー、じゃあ気持ち切り替えて新入生歓迎会やりましょう!」

 田中先生が音頭を取って強引にムードを変えてしまった。そして軽音楽部は1年生部員6人を迎え、何事もなく歓迎会は終わった。



「ちょ、ちょっと待って!」

 放課後、校門を出た所で彼女を見つけた僕はとっさに声をかける。

「まずは、ゴメン!」

 小走りに駆け寄り、彼女が振り向くのを確認しないまま僕は思いっきり頭を下げた。

 彼女からの言葉は無い。

 僕が顔を上げると、目の前で僕のほうを向いて立っていた。

 聞いてくれていたのかな……背筋を伸ばす。


「……そうでしょうね、知ってる人は知ってるからね」

 口を開いてくれた。

「気にしなくていいよ、驚いたけどね」

「それは……マジでゴメンなさい」

 また僕は頭下げる。

「もういいもういい、てか歩道真ん中だから寄って」

 彼女は右手を振り、壁に寄れと言ってくる。そうして僕と彼女は壁沿いで立つ。

 まずは一息、僕は深呼吸する。


 ともかく、謝罪は出来た。

 でも聞きたい事はある。今ここで聞くべきか、しばらくして軽音部の活動中に聞くか、悩む。


 いや、今聞こう。

「……なんで軽音部に入ったの?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る