基本はソロだから演奏する時はいつも一人
「じゃ、今日は個練前にワンコーラスだけ通しやるよ」
部長がそう告げ、先輩方のレギュラーメンバーを前に立たせる。
「あとは……じゃあエレクトーンの実力テストかな」
彼女を指差した。
僕を含め1年の視線が彼女に集まる。エレクトーンなんてパート、彼女しか出来ないから当然か。
部長は自前のテレキャスターを構える、他の先輩方もマイクとアンプをセッティング、彼女も靴を赤いシューズに履き替えエレクトーンの前に座る。
「伝統のRusty Nailといきたいけど……」
「すいませんレパートリーに無くて……明日までに練習しておきます」
「いいよ、これが初めてなんだし。じゃあ千本桜で」
演奏会でも聴いたグリッサンドから入るイントロ、弾き方が違うが先輩方による迫力あるギターソロ、そこに重なるオルガンとエレピの連弾は先輩方には負けていない。音の厚みは4ピースだったオリエンテーションのRusty Nailより格段に増している。
だが、異変は起きた。
1Aメロ、ボーカルを務める部長のテンションが『大』になるシーン、そこにエレクトーンの主旋律が重なった。
彼女がそれに気づいたのか、3つ弾いた所で右手を止めた。
目が泳ぐ、表情が焦りの色を隠せていない。
「すいませんでした、うっかり主旋律を弾いてしまいました……」
演奏終了後、彼女が部長の所に駆け寄り謝る。
「あー、確かにソウナルよね……私もド忘れしてた! ドンマイ!」
個練が終わり、今日の部活動は終わった。
僕は部から借りたエレキを返しに来た。部室では彼女が一人個練をしていた。
気まずいな、さっさと出よう。ロッカーにエレキをしまいそそくさと出ようとする。
「あ……まだいたんだ」
彼女の方から声をかけてきた。
「ああ、もう帰るけどね、まだ個練やってるの?」
「うん」
「……その譜面、Rusty Nail?」
「先生に言ったら貰えた」
田中先生か、何事も手が早い。
「通し、良かったよ。音の迫力全然増してた」
「いやダメだよ、出だしでやらかしちゃったし」
「アレはね……」
彼女は3秒黙りこんだ後、話し始める。
「エレクトーンってね、基本はソロだから演奏する時はいつも一人。だから全然分からなくて……」
「え? じゃあ誰かと一緒にってのは」
「無い、ずっと個人レッスン」
エレクトーンのレッスンは受けた事が無いが、そういうものなのか。
「だからまず練習、譜割りも考えなきゃなんだ」
「すごいな、めっちゃ尊敬する」
「……そもそも巻き込んだのはあなたでしょ?」
確かにそうだ、演奏会言い出したりエレクトーンを持ち込ませたのも僕だ。
「ごめんなさい……怒ってますか」
「いや」
そう言うと彼女は立ち上がった。
「マジで怒ってたらそもそもいない、それに軽音部、悪くは思ってない」
「……じゃあ?」
「まだありがとうは言わないけどね」
凹む。
彼女は大事そうにエレクトーンにカバーをかける。
「あなたも元・教室生なんだからギター頑張りなよ、でないと私が弾くから」
「……それは勘弁して」
「そうね、じゃあ帰りましょう」
彼女の気に、怒りの感情は微塵も感じなかった。
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