罪と野獣と美女と罰 エピローグ
翌日。放課後。
「だからウチは言ってやったんだよ。名前の後ろにリンって付ければ可愛くなるって、ゴブリンを前にしても言えるのか、ってね! わや叡智!」
「あー、それは確かに」
部室にあるのは、僕と里々のだらけたシルエット。
夏は雪に恋い焦がれ、冬は太陽を
太陽は今日も振り上げた拳の行き場をもう片方の腕で手探りするかのように地上をなぶり続け、積雪の半分ほどをそこかしこに垂れ流した。
アスファルトとの邂逅は所詮次の降雪までの気休めでしかないけれど、それでも世界は充分明るく見えるのだから不思議なものだ。
「そんでね、乳歯は新しいって意味のNEW歯じゃないし、永久歯は綺麗なA級の歯ってことじゃないんだよって教えたら、カプリ子なんて言ったと思う?」
「んー、なんだろ」
こめかみを掌底で圧迫しながら、気のない返事をこぼす。
そんな僕の態度に異変を覚えてか、コタツの上でみかんを積み重ねていた里々の指がピタッと止まって、ピラミッドが夢半ばにして崩壊した。
「あれ、ツッコミは? さっきからボケッとして、へんなのー」
「あーごめんごめん。ちょっと考え事しててさ」
おまけに寝不足なんだよ。誰かさんのせいでな。
「考え事? 考え事ってどうせまた、『部活とは、青春という荒波を航海するための船である』とかなんとか考えてたんでしょ」
「いや、そんなかっこいいことは考えてない」
「じゃあなにさ。膀胱ってどのくらいおしっこ溜められるんだろうとか考えてたの?」
「落差すげーな!」
「あ、戻った」
まんまと僕からツッコミを引き出した里々。どうやら彼女にとっての僕は、ただそこに居てくれるだけでいいというような存在ではないようである。
「やっぱ空音はそうじゃなきゃね」
うなだれてしょぼくれる僕の耳に、愛らしさがそのまま振動になったかのような声が届く。 顔を上げるとそこには、みかんにストローを突き刺して死に物狂いで吸い上げようとしている間抜け面があった。どこで見たのか知らないけど、それきっと色々間違ってるぞ。
「あれ? なんでだ? わやキテレツ」
ムーッと唇を尖らせ、可動域の限界を探るかのように首を傾げる里々。
蛍光灯の光が一瞬チラつき、切り取られた彼女の表情が脳裏に深く焼きつく。
いつまで経っても果汁を与えてくれないみかんを不思議そうに見下ろす里々は、とことん手に負えない女で、つくづく手の届かない女だった。
「じゃあ、空音はなにを考えてたの?」
みかんとにらめっこしながら、数日前にもコタツで耳にしたような台詞を吐く里々。
「考えてたのは……ディベートだよ。今回も結局できなかったなぁって」
嘘を吐いてみた。他の女のことを考えてたなんて言えないからな。
「あー確かに」
間違ったみかんジュースの飲み方を諦めた里々が、ストローを引っこ抜いて相槌を打つ。どうやら今回はうまく騙せたようである。
でもまぁ、それもさもありなんか。果奈が担当でテーマを決めるときは、なんだかんだでいつもディベート自体が立ち消えるからな。あいつはきっとうちの部を謎解き部と勘違いしてるんだ。
次のテーマを決めるのは僕だから、しっかりと是か否か語れるお題を考えておかないと。こっそりと心にしまい込んである、『空音の彼女にはどちらがふさわしいか』というテーマのディベートを二人にやらせるという歪んだ夢の出番は、まだまだ先の話だろうからな。
「んっ、なにこのみかん色した食べ物。ウマっ、なにこれウマっ。わやボーノ」
解体したみかんを次々と高速で口に運ぶ里々。
「正解言ってるじゃねーか」
「冗談だよ。ウチなんてこの白いピロピロの名前も知ってるよ?」
剥き終わった三つ目のみかんの真ん中に指を突き刺し、見せびらかしてくる里々。
「名前なんてあんの?」
「うん。これね、『アルベド』ってゆーんだよ。友達に教えてもらったの。わやしゃれおつ」
「無駄にかっこいいな」
ビタミンも多いし名前もかっこいいなんて無敵じゃないか。教えてくれたのは多分、物知りのあの人だろう。
「空音って名前くらいかっこいいね!」
「それは……どうだろうな」
「なにその反応。まだ元気ないの? それじゃあさ、ウチが昨日の夜、闇の白ギャル軍団『しろしろ団』を壊滅に追い込んだ時のおもしろ話する?」
「マジで面白そうじゃねーか! そんなん僕も呼べよ!」
七不思議が霞んで見えるくらいそそる題材だろ。僕がチマチマと謎解きなんかにかまけてたかたわら、なにを一人でこっそり楽しんでんだよ。
「だって夜って言っても深夜だったし、空音の出る幕なんてなかったよ? この学校の校舎裏で、しろしろ団リーダー『腕まくりのミーコ』をワンパンKOしただけだもん。ちょっと触ったくらいなのに悲鳴上げて逃げてったよ。わや腰抜け」
「通り名ダサっ!」
そして姉ちゃんと校庭にいた時に聞こえた音はそいつの悲鳴だったのかよ。
「おっ、ちょっと調子戻ってきたね。あとはほら、これでも食べて」
視線を逸らし、コタツの中で賄賂のようにみかんを手渡してくる里々。
もたついたフリをして少しだけおみ足を触ってからみかんを受け取るも、里々は顔の紅潮も見せずに、ハイエナのように汚れた口周りをくしゃくしゃになった数枚の紙で手荒に拭っていた。
「お前それ、直太郎くんのメモじゃないの?」
「そだよ。もういらないからね。供養だよ。わやおだぶつ」
「わやおだぶつって、それじゃあまるで……」
思いついた抱腹絶倒のツッコミを飲み込み、目を見開く。
邪魔なものほど目に留まる。プルプルと揺れる唇を凝視していた僕の視界を遮ったのは、直太郎くんプレゼンツ『赤い服の少女』の内容。
僕はすぐに里々からメモを奪い取った。
「ちょっ、なになに? いきなり元気になりすぎじゃない?」
招き猫みたいなポーズで固まる里々をほったらかしてメモに目を通す。
岸高八不思議『赤い服の少女』の冒頭。書き始めは『逆立ちトマト』である。
「ここに書かれた赤い服の少女のさ、『逆立ちトマト』『譲り合うゾンビ』あとは……『モダン蘊蓄』もか。この表現、どう思う?」
メモをゆっくりとなぞりながら問いかけると、里々はポーズを維持したままメモに近づき、
「なにさいきなり。どう思うって……うん、ちょっと鼻につくかな」
果奈でなくてもわかるほどに特徴的な匂いを嗅ぎ取った。
「やっぱりそうだよなぁ」
本来なら僕はタイムカプセルを見た時より前に、智則くんの部屋の付箋を見た段階でこれに気づかなきゃいけなかったんだ。
赤い服の少女に出てくる、『逆立ちトマト』『譲り合うゾンビ』『モダン蘊蓄』という目にも鼻にもつく独特の表現。考えるまでもない。このセンスは間違いなく宗谷家のそれ。つまり、赤い服の少女の文章を書いたのは智則くんのお姉さんだったんだ。
昨日からずっと考えていた、智則くんのお姉さんの目的。
これではっきりした。タイムカプセルの暗号で犯人をほのめかしたかと思えば、その一方でわざわざ文章をこしらえてまで赤い服の美女を上書きし、犯人を庇うようなことをしていたお姉さん。
にわかには信じ難いけど、彼女はうちの姉ちゃんの言ってた通り、遊んでたんだ。
遺骨で積み木遊びをする赤子のように、ただ一人、遊んでただけ。そこに明確な理由なんてないし、秩序も善悪もない。
コーヒーカップの中身はやっぱり果奈の言った通り、空っぽだったんだ。
お姉さんがミステリーの名探偵みたいだなんてとんでもない。彼女は善悪の首がすわっていない、ファンタジーの魔王だ。
母親の罪を娘をダシにして隠蔽するなんて所業は、気が利いてるのか趣味が悪いのかわからないけど、いずれにせよ普通の人間が考えつくもんじゃないからな。
「で、トマトとかゾンビがどうしたのさ。お腹空いてんの? みかん吸う?」
「みかん吸うってなに?」
上機嫌にツッコみ、座ったままで体を伸ばす。
やっとスッキリした。こりゃあ姉ちゃんにメールしなきゃいけない。めでたくお前の一歩先に進めましたってな。
「それにしても、はてにゃん遅いよね」
そういえば遅いな。あいつは僕と里々が二人きりでいることに危機感を覚えないんだろうか。空音を取られちゃうーとか、里々が危ないーとかさ。
「もしかしてあいつ、また呼び出しか?」
「ううん。今日は掃除当番だよ」
みかんを食べすぎたのか、少し顔の色が変わった里々。
掃除当番とは災難だな。もちろん、あいつと一緒に掃除をするクラスメイトがだ。
あんな奴に箒を持たせたら魔女だのギタリストだのカーリングだのにおおわらわで、声帯がいくつあっても足りないだろう。ちりとりなんて持たせた日には、それを羽毛扇のように掲げながら横のクラスに攻め入る可能性だってある。
やれやれなんて思いながらグイッとコタツ布団を引き上げるも、僕の口元は不思議とほころんでいた。
「あのさ……、空音」
突如、空気を変えるには充分なトーンで口を開いた里々が、似合わない神妙な面持ちで弄ぶようにみかんを転がした。
「昨日の話なんだけど」
鼻緒が切れたような感覚が神経を舐め上げる。
「やっぱり高校生の間は、自分のこと『ウチ』って呼ぶことにしたよ」
「そいつは良かったな!」
なんなんだこいつは。どうしたらそんな話でここまで深刻な雰囲気を出せるんだ。
「あ、それと空音、真犯人わかってるでしょ」
「なっ……」
あっけらかんと、僕の心の地雷原でタップダンスする里々。
逆だろ。どう考えても発言とテンションが合ってない。刺身とガムくらい食べ合わせが悪い。
「ほらやっぱり。しどろもどろじゃん。知ってるんでしょ?」
そして追い討ちをかけるように僕の肩に手を置いた里々は、
「大丈夫。ウチも薄々気づいてる。だからこうして二人きりの時に訊いてるんだよ。犯人は……」
僕の正面に広がる空の玉座を指し示してボブを揺らした。
「犯人は、はてにゃんだ!」
「ちげーよ! 犯人は……」
吹奏楽部の声出しを遠くに聴きながら、歯を軋ませる。
やってしまった。気をつけてたはずなのに。
ニヤニヤと、僕の顔を下から覗き込む里々。
「ほーら、やっぱりわかってんじゃん。匂いが消えたのに真犯人はわからないなんておかしいと思ったんだよ。はてにゃんはアホだから気づかなかったみたいだけど、ウチは騙されないね。わや慧眼!」
これでもかというくらいに高い位置で勝利のポーズをキメる里々。
「完全にしてやられたよ」
みかんをコタツに置き、キザっぽく両手を上げて手のひらを見せる。
「空音はツッコミに命賭けすぎなんだよ。最速で最適なツッコミを入れようと考えすぎて、他が疎かになるんだね。もっと穏やかにいかないと。口撃は最大の暴挙って言葉もあるくらいだし」
「そんな言葉ねーよ?」
軽いツッコミを返して、全てを諦めた顔でみかんの皮を剥く。
「やっぱり、あんまり言いたくない? はい、あーん」
急に大人しくなった僕を心配してか、一切れのみかんを僕の口元へ近づける里々。
僕は腹いせに、指ごと咥えてみかんを受け取った。
「まぁ、できれば言いたくないな。あ、うめっ」
「ふーん。なら言わなくていいや」
「いいの!?」
コタツの上に胸を押し付け、背中を反らして伸びをする里々。
「うん。別に言わなくてもいーよ。昔のことなんて実際あんまり興味もないし、はてにゃんの嫌う匂いも消えたから、ウチも満足してるんだ。はてにゃんもきっと、殺人犯なんてもうどうでもいいって思ってるよ!」
目に映るのは、雪を焦がすほどに熱を帯びた天使の微笑み。視覚以外の全ての感覚を失ったと錯覚するほど、僕は惹き込まれてしまった。
「どうしたのさ。視覚以外の全ての感覚を失ったと錯覚するほど惹き込まれたみたいな顔して」
「そんなピンポイントな顔してた!?」
「あ、戻った」
くそっ。もう少し余韻に浸っていたかったのに、どうして僕はこうも簡単にツッコんでしまうんだ。
「なにか理由があるんでしょ? 誰かのための、優しい理由が」
笑みを落ち着かせ、しっとりと話しかけてくる。
誰かのため……。耳が痛いな。
みんなが大事な人のために動く中、結局僕は最後まで自分のためだけに行動した。
二人のことよりもろくでなしの『真実』の力を信じた僕は、人間関係に質の悪い潤滑油を注すことを恐れて、都合の悪い事実をひた隠しにした。
ニコニコとみかんの皮を剥き、パクパクと嬉しそうに頬張る里々。
こんなに眩しい里々の顔を見てると、僕は本当に無駄なことをしてきたのだとあらためて痛感させられる。
結局僕の嘘は、誰のことも騙せなかったんだな。
「そういえば、八不思議も一気に六不思議になっちゃったね」
「え?」
「ほら、『赤い服の少女』は先生のことだったし、それとこれは校長の野郎から聞いたんだけど、この学校ってそもそもあの巨木ありきで建てられたんだってさ。子どもたちがあの木のように大きく立派に成長しますようにって願いを込めて、巨木に寄り添うように校舎を建てたんだって言ってたよ。メガネ曇らせながら。だから『人食いの木』も除外なのさ。わやおじゃん」
コタツの上でみかんとマカロンをそれぞれ巨木と校舎に見立て、校長をなじりながらも丁寧に説明する里々。 そっか、僕たちはそんな守り神的な存在に濡れ衣を着せてあーだこーだと騒いでたのか。
「てかお前まだマカロン残してたんだな」
「の、残ってねーし! まふぁろんは全部ひのー食ったひっ!」
僕の言葉を聞くや否や、目にも留まらぬ速さでマカロンを口に放り込んだ里々が不明瞭に誤魔化す。
「いや、口に入れただろ今。口もぐもぐさせてるだろ」
「もぐもぐじゃないもん。もごもごだもん。ウチ入れ歯なんだもん。がはっ!」
「あーあ」
派手にむせ、顔を隠しながらコタツを飛び出して窓際へ向かう里々。目で追うと、前屈みになった彼女のスカートの裾が、いけない位置ではためいた。
「六不思議ねぇ……」
うまいこと七にならないもんだな。
「空音!」
だらしなくコタツに伏せて、六不思議という締まりのなさを思い煩いながらコインのようにみかんを回転させていると、急にこちらに向き直った里々がマカロンで汚れた口を開いた。
「どうした? 巨木が巨人に引っこ抜かれたのか?」
「違うのら」
激しく首を横に振って否定した里々は続けて、なにかを見逃さぬようにと窓に顔を押し付けたまま、「そんなのよりもっと面白いものが見れるかもよ」とうそぶく。
僕がすぐにコタツを抜け出して里々の背後に立つと、コタツの上でくるくると回転を続けていたみかんが落ち着くべき場所に、落ち着くべき形で動きを止めた。
里々に倣って窓に顔を押し付け、彼女と同じ方向を見る。グラウンドの、巨木がそびえる方向だ。
「アレは……」
僕の目に最初に飛び込んできたのは気持ち悪い色のコート。次いで巨木。最後は果奈。あの果奈が三番手になるなんてすげー並びだな。
「どういう状況? なに話してんだろ」
「わからないの? 高校生の男女が校内の木の下で交わす言葉といえば一つでしょ。愛の告白だよ!」
「えっ!?」
めり込むほど窓に顔を押し付ける。
あの野郎、やっぱりか。
「どう思う? 成功すると思う?」
馬に蹴られそうな表情でいたずらっぽくニヤけ、窓を曇らせる里々。
「成功するわけあるかよ。あんな気持ち悪い色のコートを着て告白なんて、地下から飛び降り自殺するようなもんだ」
「そうだよね。あんな気味の悪い色のコートを着て告白なんて、仲の悪い夫婦みたいなもんだよね」
「……その心は?」
「セイコウしない。なんちゃって!」
「……」
下卑た謎かけで場を盛り上げる里々だったが、今はそれどころじゃない。
「あ!」
体を折った智則くんが握手の形で果奈に片手を差し出すと、僕の頭の中に彼の「つ、付き合ってください」という震える声が響いた……と思ったら。
「わや悲惨」
差し出された手を無視した果奈が首を伸ばして腕を組むと、僕の頭の中に「今生はご縁がなかったということで」という高飛車な声が響いた。
気持ち悪い色のコートが濡れることも厭わずに智則くんが膝をつく。その勢いたるや、ブラジルの沖合まで突き抜けそうであった。
もうじきクリスマスだってのに見てられないよ。
「やっぱりね。でもま、勇気だけは認めちゃうかも。出会って数日で白黒つけようってんだからさ」
僕を横目で一瞥してから、後頭部で手を組み合わせつつコタツへ戻る里々。
僕はその後ろ姿に小さく、「悪かったな」とぶつけたのだった。
雪の上、見下ろされる智則くんと見下ろす果奈。
この時ばかりはどうしてか、うっすらと陰る中のあの巨木でさえ本来の役割通りに二人を優しく見守っているようにすら思える。
まるで、見た者の心をそのまま映し出す鏡のような存在だ。
「あ、そうか」
足りない七不思議目に、『巨木の下で告白すると必ず成功する』ってのはどうだろうか。若者らしく青春的で、これ以上ないくらいにありきたり。謎だ殺人だで食傷気味の今の僕たちには、なんともぴったりじゃないか。
実際には玉砕したわけだけど、濡れ衣を着せてしまった巨木への謝罪の意味も込めて、成功することにしてしまえばいいんだ。その方が優しいし、あったかいだろう。
そうと決まったら、明日にでも里々に頼んで校内に流行らせてもらわなきゃな。オカ研にお願いするのもいいかもしれない。
きっとうまくいくはずだ。だってそうだろう。火のないところに煙は立たないというけど、本来火をおこす時ってのは、必ず先に煙が上がるものなんだから。
伝承する文章を書くのは、もちろん智則くん。フラれた男が真逆の七不思議を流行らせるなんて気が利いてるし趣味も悪いから、宗谷家にはぴったりだろう。
今回の裏テーマは贖罪と、罪の再分配。他人の不幸で欲を満たす奴らが躍り狂う、目も当てられないパレードだ。
「今度は上書きされなければいいな」
呟いてからしばらく窓の外を見続けていると、ゆっくりと動く影が無数にちらつき始める。加勢の必要のなくなった太陽が影を潜めて、久しぶりの雪が降り始めたのだ。
巨木をバックに、フラれた男と舞い散る雪。智則くんには申し訳ないが、額縁に収めたいくらい絵になる光景である。
慰めを終えたであろう果奈が智則くんを残してこちらに向かってくると、思いが通じたのか彼女の視線がこちらに向いた。
不香の花の舞う中に、ただ存在するだけで異質なオーラを帯びる女。夢の中で見る夢より神秘的なその立ち姿は、悪夢のように僕の頭を支配する。
しばし無言で見つめ合ってから、フードをかぶって玄関の方へと足を進める果奈。目を離せなかった僕がそのまま後ろ姿を黙って見送っていると、ゆっくりとこちらに振り向いた果奈の唇が微かに動いた。
残念ながら今回は、僕の頭の中に彼女の声は響かなかった。
音もなくこちらに微笑んだのを最後に再度歩き出した果奈は、同じ側の手足を同時に動かすナンバ歩きで視界から消えていった。見ろよ智則くん。お前はあんなのにフラれたんだぞ?
コタツに戻る前にもう一度智則くんの方を見ると、遠目でもわかるくらいの笑みを浮かべて天を仰いでいた。
「ははっ」
僕の周りには、いろんな
僕の求めたものは、誰が嘘を吐こうが誰が人を殺そうが、どんなあみだを辿ったところで消えたりなんてしないらしい。
僕らのあみだの先は笑顔でいっぱいなんだ。
コタツに戻ってすぐに、
「寒いな……」
気が抜けたのか、つまらない台詞をついつい漏らしてしまう。
僕の失言に対して、コタツ布団を引き上げて肩まですっぽりと埋まった里々は、
「これやってみ? あったかいから。わやぬくぬく!」
と、猫のように目を細める。
「ははっ、そうかよ」
こいつらはやっぱり正反対すぎて、しばらく白黒つけられそうにないよ。
里々に倣って、寝転ぶことで首から下をコタツ布団で覆ってみる。
「こりゃあいいや」
コタツの中で重なり合う足を意識して、心も体もわやぬくぬくである。
「見て空音、外が真っ白だよ」
「ほんとだ」
寝転んだままで窓の外を見ると、気が滅入るほどに勢いを増した雪が躍起になって僕らに降り注いでいた。
「雪はこうして浄も不浄も覆い隠すように、僕らの世界を白く染め上げるんだな」
「なにそれ、くっせ!」
どうやら僕たちの町に、春はまだ早すぎるようだ。
ツッコミに忙しくて謎解きどころじゃない! キッチ @kicci
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます