罪と野獣と美女と罰 解決編(偽)
「きっかけは地震だったんだ」
いきなり最後の一個となったマカロンの袋を破り、解説を開始する。
「もともと割れやすい地面だったのか、それともタイムカプセルを埋めるために掘った穴が影響したのかはわからないけど、とにかくその地震でグラウンドに亀裂が走って、あのタイムカプセルが顔を出したんだよ」
「地震? タイムカプセルは今日はてにゃんが倒れた時に顔を出したんじゃないの?」
チューチューとカフェラテを吸い上げる里々が、早くも疑問を呈してきた。
「いや、体育の時に果奈が倒れたのはこの晴雪のせいだ」
もったいぶった語り口で説くも、やっぱり果奈は、当然ついていけませんけど? みたいな顔でマカロンを咀嚼している。
「いやごめん、変に格好つけちゃったな。要するに気温と日光だよ。そいつらのせいで果奈は倒れたんだ。地震が起きて地面から顔を出したタイムカプセルは、その時はまだ雪の下に埋もれてた。でもここ数日の晴天のおかげでだんだんと雪が解けて、今日になってやっとタイムカプセルは直に空気に触れたんだ。だからさ、果奈が嗅ぎつけた巨木の謎ってのは、実は巨木とは一切関係のないタイムカプセルの匂いだったんだよ」
日を追うごとに強まった謎の匂いの理由。ここ数日の不気味なほどの好天は、巨木にかけられた謂れのない疑惑を払拭するためのものだったらしい。太陽はいつだって植物の味方ってことか。
「ねぇ空音」
マカロンを飲み込んだ果奈が、ここで初めて口を開く。
「ずっと考えてたんだけど、大半のボケには『なにゆえ~!?』ってツッコんでれば形になるんじゃない? これ、あなたの武器になるんじゃない?」
「なにゆえ~!?」
心待ちにしていた僕の大一番は、早くも頓挫しそうであった。
「は、話を戻すぞ。えーっと、次はあれだ。地震の日に謎を嗅ぎつけた果奈は、早速僕らを巻き込んで謎解きを開始したんだったな。そして最初のヒントは、里々が仕入れてきた八不思議」
「そうそう。ウチが頑張ったの。わやお手柄」
そうだよ。そういう合いの手が欲しかったんだよ僕は。
「その八不思議の中で果奈のお眼鏡に適ったのが、『赤い服の少女』だ」
「それは先生のことだったんだよね?」
いいぞ里々! その調子だ!
「謎がまとわりついてくるのを待つことにした僕たちに訪れた次のヒントは、先生との会話だった。そこで僕は赤い服の少女が先生だと知り、ついでに赤い服の美女という本来の七不思議と、ある殺人事件の話を聞いたんだ」
「殺人事件? なにそれ聞いてない」
首をかしげ、当然の疑問を口にする里々。そりゃあ聞いてないだろうよ。言ってないんだから。
「赤い服の美女は実は殺人事件とセットでさ、今回の謎は果奈が言った通り、人死にが絡んでたんだよ。珍しく、果奈の推測が当たってたってわけだ」
「あら」
嬉しそうに両頬を抑える果奈と、平気な顔で二つ目のマカロンを黙々ともぐもぐしている里々。どうやら二人とも殺人事件という単語は特に引っかかっていないらしい。こんな刺々しいワードが引っかからないなんて、こいつらどれだけツルツルなんだよ。
「次に僕らの元にやってきたのは、記憶を失った智則くんだ」
「ウチが連れてきたんだよ!」
頭より肩が上にくるくらいに手を伸ばして高らかに自己主張する里々。口の周りにパステルカラーの食べかすが泥棒ヒゲのように付着しているけど、どうやったらそんなことになるんだ? その技だけで食っていけるんじゃないか?
「ここからがまだ共有してない箇所だな」
今日の終わりにもしあの食べかすがコタツに落ちていたならば拾って帰ろうと決心し、説明を続ける。
「智則くんの家で僕が見つけたヒントは、破られたテスト用紙だったんだよ。そしてそれを見た僕は、記憶喪失は誰かによって引き起こされたものだと確信したんだ」
「誰かって誰さ。田中さん?」
ここで田中さんが出るか。もっと犯人にふさわしそうな怪しい名前の奴がゴロゴロいたと思うんだが。
「誰かって言われれば、それは先生だ。記憶を奪ったのはトドメちゃんだよ。裏も取ってきたから間違いない」
「トドメちゃん? トドメちゃんがどうして、ってかなにをどうやって記憶を奪ったの?」
「それがさ、催眠術だっていうんだよ。バカだろ? かける方もかかる方も」
一応先生なりの根拠はあったみたいだけど、それでもこうしてあらたまって口にするとこっぱずかしくなるくらい現実離れしてる。
僕の催眠術発言を受けて、にらめっこをするようにまっすぐ見つめ合った果奈と里々。
二人の顔は徐々に真顔から変顔へと変化していき、ブフッという音が鳴って決着を見た。
「さい、みん、じゅちゅ! そんなアホなっ……、わや……エスパー!」
下を向き、若干の幼児退行を患って綻びる里々と、
「催眠術で記憶喪失……! うにゃはははっ! とんでもない!」
上を向き、キャラ退行に陥って大口を開ける果奈。
勝負は引き分けであった。
先生だってオカルトに片足突っ込んだ果奈にだけは笑われたくないだろうけど、確かに催眠術はないよな。方法は聞かなかったけど、まさか五円玉なんてぶらぶらさせてないだろうな?
楽しそうな二人を眺めながらコーヒーを吸い上げる。
僕が間違ってたんだろうな。やっぱり僕らの本分は、シリアスとは一生相容れることのないギャグパートなんだ。僕らのあみだくじは、どれだけ回り道をしたところで行き着く先はこれだろう。
「それでさ、先生が催眠術まで使って記憶を消しにかかったのは、七さんのためだったんだよ」
気負うことはない。先生よりはずっと不安だけど、こいつらもきっと大丈夫。与えすぎず、消化不良も起こさない塩梅。落とし所はここで間違ってないはずだ。
「七さん? 七さんってあの七さん?」
ケタケタと笑い転げていた里々が顔を上げる。
「七とか三とかちょっとややこしいけど、そうだよ。あの七さんだ」
「おぼんフリスビー世界チャンピオン『左曲りの七』こと、七飯七さん?」
「世界チャンピオン!? てか二つ名ダサっ!」
というかそもそもおぼんフリスビーってなんだよ。競技人口何桁だよ。
「確かに二つ名はダサいけどそれより、七さんのためってどーゆーこと?」
「え? あ、あぁそうなんだよ。説明するより早いからひとまずこれ、読んでくれ。七さんの自白文」
いつもより早めに切り上げられた漫談に困惑しつつ、ひた隠しにしていた殺人事件の全容をコタツに突きつける。
「自白文って……」
おずおずと開いた手紙の冒頭に目を通すと、すぐに口をギュッと結んで視線だけを動かし始める里々。果奈も同様に、体を大きく前に傾けて表情を消す。
目に映る全ての動きが止まって、静寂が耳をいたぶる。
この部室に三人が揃ってこんなに静かな時間が流れるなんて今まであっただろうか。果奈が、「ジェスチャーだけでディベートするのだ! わーい! とんでもない!」とのたまったあの日だって、衣擦れと息切れの音が激しかったから今よりはよっぽど騒がしかったはずだ。
手持ち無沙汰にコーヒーを振ると、ストローの先から跳ねた雫が偶然、『七』という文字をコタツに浮かべる。
七不思議に、七さん。今回のキーワードは間違いなく七だろう。
なんの因果か、『嘘』って漢字にも七は含まれてるしな。
二分以上経ち、先に顔を上げた里々が、
「許せないおじいさん……か。七さんらしいや」
と呟き、嬉しそうとはまた違う類いの笑みを浮かべてコタツに胸を預ける。
先生ほどではないが里々も七さんとは付き合いが長い。これまた僕にはわからない七さんのパーソナルな部分が、こいつに今の一言を絞り出させたのだろう。
里々から遅れること一分。徐々に光で照らされた果奈の顔は、いつにも増して辛気臭かった。 果たしてこいつはなにを言うのだろうかと固唾を飲んで見守っていると、突然腕まくりをして立ち上がった果奈が、いつから巻いてたのかわからない重そうなリストバンドをカチャカチャと外し始めた。
「なっ……」
戸惑いを隠せず、声にならない音が漏れる。
果奈はそんな僕に勝ち誇ったような笑みを向けると、リストバンドをドスンとコタツに落下させた。
「お前って奴は……」
「ふふっ、驚いた? 合わせて二トンよ。これで今度は、あなたが私についてこれなくなる番ってわけ」
「とっくについていけてねーよ!」
ツッコミを全身に満遍なく浴びて、さらに喜色を強める果奈。釣られて里々も笑みを漏らすが、別に果奈は場の空気を和ませるためにボケたわけではないだろう。ボケたいからボケたのだ。それがこいつのらしさってやつなんだ。
「タイムカプセルから出てきたのは、この手紙だったんだよ」
和らいだ空気の中でゆっくりと会話を修正するも、指の先だけで手紙をつまみ上げた果奈がすぐに、
「それにしても、七さんって字書くの下手すぎじゃない?」
これまたゆっくりと会話を脱線させる。
「そうなのさ。履歴書の字も汚すぎて、日系ブラジル人だと思ったから採用したってパパが言ってたよ。わや金釘流!」
なんなんだよその日系ブラジル人への執心と偏見は。
このやりとりを皮切りに、「そういえばモノリスってリスの仲間じゃないらしいよ?」とか「この間トドメちゃんが胸にティッシュ詰めててね」なんて始まるいつもの時間。
大丈夫そうだな。二人の頭の中はゴミで溢れかえってるから、七さんの罪や事件の真犯人なんて些細なことが入り込む隙間なんてなかったのだろう。
智則くんが先生に記憶を奪われた経緯なんかも、どうせもうどうでもいいんだろうな。
「ところでさ」
袋を不器用に開けた里々がピンクのマカロンを口に放り込むと、
「タイムカプセルの暗号、あれの答えはなんだったの?」
ほっぺに人差し指をあてがってハテナマークを浮かべた。
「あぁあれな」
部室の隅に置かれたタイムカプセルを回収し、コタツの中心に置く。
「ここに書かれたわけのわからない言葉の共通点がそのまま鍵の番号になってるんだけど、わからないか?」
書かれた文章は、
『アルビノのパンダ』
『彼岸と此岸』
『あしながを自賛』
『毛の抜けた猿』
『万の咎』
『人面瘡と漫才』
『怪力無常』
『うどんで首吊り』
の八つ。
「そうね、格助詞が怪しいわね。あ、でも『怪力無情』とやらには付いてないわ。ん? これ全部漢字が入ってるんじゃない? いえ、『アルビノのパンダ』には入ってないわね。うーむ。しらねっ」
あーだこーだ推理してみた果奈は最終的に思考を放り投げると、里々の前のマカロンに手をかけて押し黙った。
「里々はどうだ?」
口をひん曲げてタイムカプセルを見下ろしていた里々は、首を横に振ることで返事をよこす。 そうだよな。これが簡単にわかってしまうおまえらなら、自白文なんてとてもじゃないが見せられなかった。
「答えは9だよ。00009」
もったいぶっても仕方ないと思い、すげなく吐き捨てる。劇的に発表したところで、潤色されて漫才になるのがオチだろう。
「9? 十万も数字あって、9? そんなの、順番にやってけばすぐに開くじゃん。わやよもや」
不満タラタラに楯突く里々。
「そこもこの暗号の上手いところなんだよ。だってこれは地中に埋められたタイムカプセルであって、そこらへんの金庫や宝箱じゃないんだから」
「どゆこと?」と、指を咥える里々。
「だから、これは開けさせないことを前提とした暗号じゃなくて、開けさせることを前提とした暗号だったんだよ」
「つまり?」と、二本目の指を咥える里々。
「解錠ナンバーを9に設定すれば里々の言う通り、順番に回していけばすぐに開くだろ? もっと言えば、この鍵は一桁目を逆に回せば
解いても開くし、解かなくても開くタイムカプセル。
挑もうとする気概を嘲笑い、虚につけ込んで神経を逆撫でしながら、そのくせ暗号もしっかり暗号として機能してる。悔しいけど、智則くんのお姉さんには脱帽だ。
「それを聞くと確かによくできてるかもしれないけど、肝心の暗号はどうやって解いたのよ。共通点が9? 意味がわからないわ」
すっかり自力での謎解きを諦めた果奈。コーヒーの成分表に目を落として素っ気なく振る舞っているが、コタツの中の足は忙しなくバタついていた。
しばらく捨て置けばこいつのことだからどうせ後ろに倒れ込んで背泳ぎでも始めたんだろうけど、オチを察して興が削がれてしまった僕は果奈の次のアクションを待たずに、缶の上の『わかる人にはすぐわかる。わからない人には一生わからない』という文字を指差した。
「このヒント。これはわかりやすい。わかりやすすぎて呆れたくらいだよ」
僕の発言に顔をしかめる二人。いや、わからないことをバカにしてるわけじゃないんだが。
「こんな風にヒントを書かれたら、もう問題文であれこれ考える必要はないんだ。わからない人には一生わからないんだからな」
「私たちみたいに?」
卑屈になり、コタツの中で膝を抱える果奈。
「いや……これはほら、きっと性格悪い奴が作った暗号だからさ。解けるのは、同じく性格の悪い奴だけなんだよ」
智則くんのお姉さんを巻き込みつつ自分を下げることで二人の機嫌をうかがうが、「あーなるほど」なんて納得してるのでどうやら犠牲は無駄にならなかったようだ。
「わからない人には一生わからないってのは要するに、正攻法じゃ解けませんって言ってるようなもんだろ? だからさ、答えは問題文じゃなくて他にあるってことなんだよ。もっと根本的な話で、共通点はなんだろうじゃなくて、そもそも共通点なんてあるのかって考えてみるんだ。そうすると簡単だろ? こうやって小難しい言葉を並べてミスリードを誘ってるけど、共通点なんて初めからなかったんだよ。共通点は、ないんだよ」
「あー!」
僕の説明を嚥下して得心した里々が、ステレオタイプに手のひらを握り拳で叩いた。
「あら、里々ちゃんもわかったの? 御愁傷様。この部屋で清らかな心を持っていたのは私だけだったようね」
一人だけ置いてけぼりのくせに勝ち誇り、薄ら笑いを浮かべる果奈。
「そんな純粋なはてにゃんにはウチが解説してあげましょう! わやお立会い!」
カフェラテのストローを引っこ抜いて指揮棒のように振り回す里々が、飛び散る雫でコタツの上を汚しながら、
「あのね、はてにゃん。共通点は、
と切り口上で説明を始めたが、
「共通点がないのなら、答えもないじゃないの」
それでも果奈には届かなかった。
答えの尻尾にすら手をかけられない果奈を見かねた里々は、むーっとした顔で立ち上がると、
「だから、ナインだよ! セブン、エイト、ナインのナイン! 『今、どん
と目に角を立てた。
後半の解説方法には疑問が残るが、言ってることは間違っていない。
そう、これらの暗号文に共通点なんてものはない。故にこの暗号の答えは『9』なのだ。
「あー、そういうこと。面白いわね。私だけ気づかないのも頷けるわ」
確かに最近のお前の口調だと答えに辿り着くのは難しいかもな。そうじゃなくても怪しいんだから。
人を食ったような暗号。同じような単語を智則くんの家で目にした時の印象がそのまま答えに繋がってたんだから、今回はちょっとこいつらにとってはフェアじゃなかったかもしれないな。
「よいしょっと」
違和感なく触れ合うコタツの中の足を意識しながら、タイムカプセルを背後に隠すようにどける。これ、埋め直さないといけないよな。猶予は十年以上あるけど。
「でも七さん、店で働いて長いけど全然そんなそぶり見せなかったよ。隠してるんだから当然だけどさ」
頬杖をつき、ストローをカフェラテに刺し戻す里々。手で押しつぶされたほっぺと口が可愛らしい形で尖っている。
「そのことなんだけどさ、七さんは殺人事件に関する記憶がないらしいんだよ。だから、この話は部室だけにとどめてくれ。七さんの耳に入ると面倒なことになりかねないからな」
自己防衛の果てに失った記憶。今更思い出させるのは可哀想だ。記憶を失うほど苦しんだんだから、罪に見合わないほどの罰はもう受けてるはずだ。
「もちろん七さんにも誰にも言わないわよ。里々ちゃんの家に行ったら、そんなことよりエロイーザさんと話してみたいわ。どれだけエロいか見ものだわ」
まだ見ぬエロイーザさんの姿を想像し、手の中に蛍を捕らえたような表情をする果奈と、
「七さんも記憶なくしてるの? みんなしてポンポンポンポン記憶なくしてわやウケる! わやのソナタ!」
コタツを叩きながら暴れ笑う里々。
幸も不幸もひっくるめ、神羅万象笑い飛ばす。僕らはきっとダメな奴らだけど、だからこそ大丈夫なんだ。
「それで、肝心の殺人犯は誰なのよ。エロイーザさん?」
想定していたはずの果奈の質問がボケで加工されていて思わず「ちげーよ!」とツッコみそうになったが、僕は何度も頭で反復した言葉を口に出す。
「わからないよ」
上手く言えただろうか。
「僕が解いた謎はこれで全部だ。助けた相手が人を殺めた後ろめたさと、殺された人が悪名高いおじいさんだったこと。これらを考慮して口をつぐんだ七さんの罪ってのが、今回の匂いの元凶だったんだよ。犯人については皆目見当がつかないけど、謎の匂いが消えたってことは、僕たちの手の及ばないことなんじゃないかな? 遠くに引っ越してるとか死んでるとか」
そして二人の様子を慎重に見極めながら、
「ちょっとつまんないよな。どうするよ、まだ続けてみるか? もしかしたら犯人に辿り着けるかもしれないし」
なんて、優しさにつけこむ。
「もういいんじゃない? これ以上やったら、きっとどっかで七さんを苦しめることになるよ。そんなのかわいそだもん」
優しい理由で身を引く里々と、
「そうね……。匂いは消えたから目的はもう達成したようなものだし、やめときましょうか」
締めに「私も甘いわね」と付け加えてから柔らかい表情でうつむく果奈。
「そっか、残念だな」
最後にまた一つ嘘を吐いた。
仕方ないじゃないか。名字が発足で、おまけに名前が空音だぞ? 嘘の一つや二つ吐かなきゃ、それこそ嘘だろう。
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