罪と野獣と美女と罰 第20話




「んっ、全然入らないよ。舐めてもいい?」


「もちろん」


「むーっ……あっ、入った! 寒いだろうけど、すこーっし我慢してね。ちょちょいのちょいだから」


 放課後。部室。

 目ざとくも僕のブレザーのボタンが取れていることに気づいた里々が、自前のソーイングセットを取り出して、針に糸を通すことに苦労しながらもボタンを縫いつけてくれていた。よくそんな爪で細かい作業をこなせるもんだな。


「里々は見た目と違ってこんなに家庭的なのに、お前は見た目通り家庭的なとこは微塵もなさそうだよな」


 いつもの位置に腰を据え、智則くんの小説を黙々と読み進めている果奈にチクリと嫌味を言う。

 それは、意気揚々と謎解きを披露しようとした僕に対して、「もう少し待って。今ちょうど、土足禁止のお店に入店を断られたララが、看板にキャノン砲を向けてるとこなの」と、話の腰を折った果奈へのわずかばかりの反抗であった。


「あら、私にだって家庭的なところくらいあるわよ」


 目もくれずに返事をよこす果奈。

 いいや、お前に家庭的なところなんてないね。こいつはハンガー掛けをトレーニング器具だと思ってるだろうし、炊飯器に至っては魔物を封印する道具だと認識してるかもしれない。家事の一切を女性に任せる気はさらさらないけど、こいつとじゃ分担作業もままならないだろうよ。


「例えばそうね、空音が風邪で寝込んだら何日だって夜なべして、一日中おでこにポタポタと水を垂らし続けるわ」


「それ拷問じゃなかったっけ? 発狂するやつだよね?」


 家庭的どころか猟奇的だよ。


「よし、終わった! ほれ、お待ちどー」


 漫談にも参加せずひたむきにチクチクと作業をこなしていた里々が、綺麗に折り畳んだブレザーを手渡してくれる。


「ありがとう。さすがだな」


 どちらかというと果奈に向けて言ったのだが、どうやら気づいていないようだ。


「はてにゃんまだ読み終わらないの? わや遅読」


 ソーイングセットをカバンにしまいながら果奈を急かす里々。

 催促を受けた果奈は「そうね」と言って本を畳んだものの、すぐにまた本を開いて高らかに「よし!」と頷いて続きを読み始めた。


「読むんかい」


「ふふっ。お約束よ、お約束」


 色気のこもるウィンクをこちらに投げ、今度こそ読書を諦めて小説をカバンにしまう果奈。 口調が変わってないところを見ると、智則くんの小説はそれほど果奈の胸には響かなかったみたいだな。


「始めましょうか」


 本と入れ違いにカバンからストロータイプのコーヒーを三本取り出した果奈が偉そうに言い放ち、それぞれの前に飲み物を配置する。

 僕と果奈はブラックで、里々にはカフェラテ。

 これらは購買で売っているちょっぴりお高めのコーヒーで、僕らがいつもディベート終わりに飲む特別なコーヒー。あまりにも安い打ち上げだが、なにを飲むかではなく誰と飲むかが重要なんだ。


「うーん、清々しいっ。いつもなら晴天に辟易する私だけど、謎の匂いが晴れた今はあの憎い太陽の光さえも気持ちがいいわ」


 へんてこな物言いを天井にぶつけながら大きく体を伸ばして目を細めた果奈は続けて、


「さぁ、拝聴しましょ。歴史の糸を紐解くように、そしてその糸で大好きな恋人にセーターを編むように、じっくりねっとり聴かせてちょうだい」


 と妖しく瞳を光らせ、いたぶるような手つきでコーヒーにストローを突き刺した。


「任せとけ。里々もいいか?」


「あ、ちょい待ち」


 企み顔を見せた里々は自身のカバンに手を突っ込み、


「はい、これで準備おっけい。わや周到!」


 コタツの上に、パステルカラーのお菓子をばら撒いた。


「お、マカロン残しといてくれたのか」


 ずいぶんとハイカラなお茶請けだったが、飲み物がコーヒーとなればうってつけ。


「ウチの中の天使が食べちゃえ食べちゃえってうるさかったけどね。腕を噛んで必死に我慢したの。わや健気!」


「天使が!?」


 腕まくりしてみせた里々の前腕には確かに、よーく見知った歯型がくっきりと浮かんでいた。 渡されたブレザーを羽織りながらしばし舌舐めずりで歯形を愛で、コタツの上に散らばる八個のマカロンから六個をわや健気な里々の前に滑らせる。


「それじゃあ始めるぞ」


 悲喜交々で欺瞞に満ちた、偽りの解決編に突入だ。

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