罪と野獣と美女と罰 第16話




『私は人を殺してしまいました。

 いつものように雪が降り、いつものように息が輝くあの日。

 学校を途中で抜けてきた私が目にしたのは、横断歩道に向かって歩く一つの後ろ姿でした。

 声をかけようとした私の目に次に飛び込んできたのは、横断歩道に減速せずに向かってくる大きな車。

 おぼつかない足取りのまま顔も上げずに歩くその人は、向かってくる車の存在を少しも気にしていないように見えました。

 危ない、と思いました。

 私はすぐに駆け出しました。

 クラクションの音が響くと同時に、私はその人の体を掴んで歩道に引き倒しました。

 間一髪でした。

 なんとか助けることができたけど、その人はまるでなにもなかったかのように、まるで私なんてそこにいないかのように立ち上がると、虚ろな目で転がったバッグを手に取り、そのまま赤信号の横断歩道を歩いていってしまいました。

 今度はたまたま車が通らず無事に道路を渡っていきましたが、もしまた車がやってきていたとしても、多分私は動けなかったと思います。

 だって、その人のバッグが地面に転がった時に私は見てしまったのです。

 バッグの中で光る、抜き身の大きな料理包丁を。

 家に帰ると、私はすぐに布団にもぐりました。

 体の震えは恐怖や不安によるものか、それともいつもと同じで寒さからくるものなのかは結局わからないまま眠りにつきました。

 次の日の朝に目が覚めると、あの殺人事件が起きたことをお母さんから聞かされました。

 私が常々許せないと憤っていた、あのおじいさんが被害者とのことでした。

 おじいさんは、刃物で刺されて亡くなったとのことでした。

 私はすぐに気づきました。

 誰がおじいさんを殺したか。

 私はすぐに気づきました。

 私があの人を助けなければ、殺人事件は起きなかったかもしれないということを。

 もちろんそんなのはただの巡り合わせで、誰に咎められるものでもないとわかっています。 だけど私は警察にも友達にも、犯人を目撃したことは誰にも言いませんでした。

 どうしても、誰にも言えませんでした。

 だから私は共犯のようなもの。誰にも言わないことを選択した私は、おじいさんを殺した共犯となったのです。

 だから、私は人を殺してしまったのです。


 あんな人は死んで当然。繰り返しそう自分に言い聞かせ、なにも見なかったことにして口をつぐむ。

 私にとって、それは簡単なことではありませんでした。

 誰にも話せない秘密を抱えることがこんなに苦しいなんて思ってもみませんでした。

 犯人を見逃す罪を背負って共犯になることよりも、誰にも話せない方が苦しいなんて思ってもみませんでした。

 このままではおかしくなると思いました。

 トドメなら、もしかしてトドメなら、話してしまっても平気な顔をするかもしれないと思ったけど、やっぱり言えるはずがありませんでした。

 だから私はこの手紙を残すことにしました。

 この学校には懺悔室なんて教室はないから、私に残された手段はこれだけ。

 誰にも言えないけど、こうして吐き出すことで少しでも楽になればという自分勝手な理由です。

 タイムカプセルの開封は二十五年後。

 タイムカプセルの蓋を閉めて地中に埋めてしまえば、もうなにも怖いことはないんです。

 犯人も私も、逃げ切ったのです。

 巨木の下に全てを隠して、私たちは逃げ切ったのです』

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