罪と野獣と美女と罰 第15話
部室。コタツの中。
天板の上には、腹の足しにもならないタイムカプセルがぽつり。脱いだコートを缶に巻いて誰にもバレないようにと気を配るあまり、昼食にまでは頭が回らなかった。
一人でこれを開けるためとはいえ、高級マカロン丸ごと全部はちょっと犠牲が大きかったかもしれない。小説の方はもちろんどうでもいいけど。
「さて」
首をポキポキと捻り、ダイヤルロックに手をかける。時間が惜しいからさっさと始めてしまおう。
鬼が出るか蛇が出るか。僕は番号を『00009』にセットした。
「合ってたか……」
鍵は抵抗なく外れ、タイムカプセルの蓋はいとも簡単に開かれる。
久しぶりに光を得た缶の中には、手放したはずのマカロンを思わせるカラフルな封筒が十数通。その光景に若干気が滅入ったけれど、一枚目の封筒を掴むことで僕の気持ちはすぐに晴れた。
一番上。つまり一番最後にしまわれたであろうその白い封筒には、ミミズののたくったような文字で『七飯七』と署名があったのだ。
七さんの封筒を取り上げ、他と区別できるように少し遠くに置いてみる。
さらに漁り続けると缶の中には手紙はもちろん、写真やキーホルダー、さらにはゲームのカセットなんかも入っていた。
『抜けるような青』
あ、知ってるぞこれ。姉ちゃんが昔やってた。たしか、ローマの休日を薄めたような王女様との恋愛ゲームだったと思う。
カセットを裏返すと、誰にも渡さないぞという意思の宿った力強い文字で書かれた『宗谷』という名字。そしてその下には『一の六』『二の三』『三の一』と、おそらくこの高校で過ごした学年とクラスを示す文字が書かれていた。
「宗谷……」
タイムカプセルに書かれた見覚えのあるセンスの暗号は、やっぱり智則くんのお姉さんによるものだったのだろう。七さんたちと同じ時期にこの学校に在籍してたとは思ってたけど、まさか同じクラスだったとはな。
しかし姉弟は似るとはいえ、なんでこんな訳わかんないとこ似てんだよ。もしかしてお姉さんも変な色のコート着てるんじゃないだろうな?
智則くんの女性バージョンを想像しながら、ゲームカセットをいらないもの置き場の封筒の上に重ねて作業に戻る。
「これも違う。これも違う。これも……うえっ!?」
あまりのサプライズに、ペットショップでツチノコが売られているのを目にしたようなけたたましい声を上げてしまった。
一番下。大半の封筒をどかして視認できた缶の底に、『月刊わっしょいポロリン倶楽部』が収まっていたのだ。
どうしてか、全身の感覚が周囲の気配を探り始める。
いや待て。そもそもタイムカプセルを掘り起こして中身を漁るなんて無粋な真似をしておいて、その上さらにエロ本を読むか? 神聖な学び舎で? 憩いの部室で?
どこかで昼食を終えて教室へ戻る途中なのか、廊下から女子生徒たちのかしましい声が聞こえてきた。
壁掛けの時計で時刻を確認すると、あと十分もすれば昼休みも終わる頃。
とりあえずわっしょいするのは後回しだ。七さんの手紙はゲットしたから、とっとと先生の手紙も探してしまおう。
「わっしょいする……?」
わっしょいするとはどんな状態を指すのだろうと自問しながら、缶の底に張り付いた『月刊わっしょいポロリン倶楽部』の上に重なる残り数枚の封筒を取り出す。『月刊わっしょいポロリン倶楽部』の表紙を飾る女性のあられもない姿があらわになり目移りするが、歯茎から血が出るほどに歯を食いしばって残りの封筒に書かれた署名の確認に努めた。
「冬のごちそう百連発。あなたの体で暖めて……」
雑誌の題号に誘引されながら残り全ての署名を確認したが、先生が残した過去からの手紙は見つからなかった。
なんて協調性のない人だ。タイムカプセルの行事くらいちゃんと参加すればいいのに。
机の上にいくつも置かれた七色の封筒との対比で、寂しい気持ちが胸に飛来した。
あ、いや待てよ? 缶の底に張り付くように敷かれたこの『月刊わっしょいポロリン倶楽部』のさらに下。もしかしたら先生の手紙はこの本に隠れて最下層にひっそりと張り付いているかもしれない。だからそう、僕はこの『月刊わっしょいポロリン倶楽部』を缶から取り出さなければならないんだ。
「そうですよね?」
見えない誰かにお伺いを立て、火が出るほどの揉み手をしてから僕はしぶしぶ『月刊わっしょいポロリン倶楽部』を掴み上げた。
「ない……」
本を取り出すと、タイムカプセルはすっかり空になってしまった。
トドメちゃん、本当になにも残さなかったのか? 残す思い出も繋げる言葉も浮かばないような、浮かばれない学生生活だったのだろうか。
いや待て。もしかしたら不幸な事故で、この『月刊わっしょいポロリン倶楽部』のどこかに先生の手紙が挟まってしまっているという可能性はないか? うん、ある。やはり空腹は思考の敵だ。こんな簡単なことに思い至らないなんて。
「どれどれ」
七さんの封筒と『月刊わっしょいポロリン倶楽部』以外の全てを缶にしまい、襟を正す。
傍目にはいかがわしく映ってしまうかもしれないが、僕はただひたむきに謎解きのヒントをかき集めてるだけだ。
だから自信を持て。だけど、誰も入ってくるな。
「あ、どら焼きがあったんだった」
思い出したようにどら焼きをカバンから取り出し、廊下の気配を気にしながら『月刊わっしょいポロリン倶楽部』をコタツ上にまっすぐ綺麗に配置する。
時代を感じるバブリーな表紙。智則くんの家にあったやつは時代が違いすぎてついていけなかったが、今回は大丈夫そうだ。少し小走りになるけど僕ならついていける。いや大丈夫ってなんだ? 内容なんて今はどうでもいいじゃないか。
智則くんの部屋にいた時と同様に、本の中の女性がなにかを言いたそうにこちらを見ていた。
「………………」
里々の歯形がついたどら焼きを片手に、コタツの上に几帳面に配置された時代遅れのエロ本を見下ろす。
一体なにが始まろうとしているんだ? もしかしてこれ、かなり高度な特殊プレイになってないか?
「こ、これ、いくらぐらいするんだろ」
現実と表紙の女性の眼差しから逃げるように本を裏返し、裏表紙を確認する。
うわー、これ千七百円もするのか。当時の高校生はたいへ……。
「ぅわっしょーいっっ!!」
湧き上がるさまざまな感情を抑えきれずに『月刊わっしょいポロリン倶楽部』を全力でコタツにわっしょいすると、七さんの封筒が少しだけ宙を舞った。
「エロ本に名前書くなよ! てかそもそもタイムカプセルにエロ本入れんなよ!」
頭に浮かぶアホ面のあいつに、十数年越しのツッコミを入れる。
投げ出された『月刊わっしょいポロリン倶楽部』の裏表紙には、『愛冠トドメ』という文字が油性ペンでしっかりと書き込まれていた。
先生のメッセージはエロ本に挟まれてるどころか、エロ本そのものが先生の先生による先生のためのメッセージであった。
なんて人だ。時空を超えて笑わせにきやがった。もしかしたら、先生が同級生にいれば惚れてたかもしれない。さすがに三人同時ってのは節操がないにもほどがあるから、教師と生徒という関係で良かったよ。
「ふーっ」
わかりやすく一息つき、四方八方に高ぶった感情を抑え込む。
気を取り直し、歯形をしっかりと意識しながらどら焼きを咥えて『月刊わっしょいポロリン倶楽部』をもう一度手に取る。
「あ、うめっ」
どら焼きの味に感心しながら背表紙を上にしてパラパラとページをめくるが、手紙の類いはやっぱり挟まっていないようだった。
すっかり冷めてしまった僕は『月刊わっしょいポロリン倶楽部』を缶の底にしまいこんで蓋を閉め、しっかりと施錠してから全ての数字を『0』に合わせた。
タイムカプセルをコタツからどけると、次にやらなければいけないことに合わせて自然と視線が動く。
この手紙がまさしく果奈が嗅ぎ取った謎の元であり、僕のあみだの横線。ここに書かれている内容で今後の僕の行動が決まるだろう。
しばしの逡巡。願わくば、今回の謎解きが終わった後に汚れているのは僕の手だけであってくれ。
「よし」
意を決して封筒を手に取り、気持ち程度に緩く糊付けされた封筒から三つ折りにされた二枚の紙を取り出した。
紙を開く直前、人の秘密を盗み見る罪悪感とその秘密の内容を想像して一瞬だけ手が止まる。緊張のせいかそれともツッコミのやりすぎか、喉が乾いてたまらない。
ダメだな。ネガティブな僕がいくら考えたところで事態は好転しないし、僕がなにを言ったところで過去からの手紙の内容が変わるわけでもない。
膨らむ悪寒を払拭するように一気に手紙を開くと同時に、楽しそうな生徒たちの声が廊下に響き渡った。
「そうきたか……」
七さんが学生時代に書き記した未来へのメッセージは、『私は人を殺してしまいました』から始まる自白文だった。
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