罪と野獣と美女と罰 第7話
「ノックなんていらないよ。野球部なの? わや律儀」
開け放たれたドアの向こうに立っていたのは天下御免の黒ギャルと、気持ち悪い色のコートを着た男子生徒だった。
「いらっ……しゃい?」
予期せぬ来訪者に一応の挨拶を投げ、気持ち悪い色のコートを着た男子生徒より頭一つ抜けた里々の顔を見る。どう考えたって説明する義務があるはずだ。
だが里々は僕の粘っこい視線なんてお構いなしにコタツに歩み寄り、そのまま暖を取り始めた。おまけにカバンから小分けのちっちゃいおやつも取り出す始末。
ギャルとお菓子。アメリカンポリスとドーナツくらいしっくりくる。
そんなマイペースな里々の横で果奈は、口に銃口を突っ込まれて無理やり着せられたとしか思えないくらいに気持ち悪い色のコートを平然と着てのける男子生徒を、悼むような目で見つめていた。どんな感情からか、少し仰け反りながら自身の体をギュッと抱きしめている。
「誰だよあいつ」
定位置にすっぽりと収まった里々に小声で尋ねる。
異様な雰囲気の中、里々はお菓子を貪る手も口も止めずに、
「お客さんだよ。わやお客さん。なにこれうめっ。名前は確か……ホモロリくん?」
「いやそれ多分……とものりくんかな? なんにせよ謝れ。ご両親にも謝れ」
ホモは良いけどロリはダメだ。どうしたって陽気な感じが出ないもん。元気良く、『前科三犯ホモロリくん!』とかにすれば漫画のタイトルくらいにはなるだろうか。ダメだろうか。
「別に悪いことしてないもん。ついだもん」
悪びれる様子も見せない里々はカバンからガサガサと二個目のおやつを取り出して、お菓子よりお菓子らしい色の爪で勢いよく袋を開けた。
「で、お客さんってのもなんだよ。うちは客商売じゃないぞ?」
もちろんうちは教会でもないから、呪いの装備も解除できないからな?
気持ち悪い色のコートを着た男子生徒は依然、ステイをくらった忠犬のようにドアの前で立ち尽くしている。これだから僕は犬に服を着せる文化は好きじゃないんだよ。
手つかずの眉毛に、無造作に散らかる髪の毛と気持ち悪い色のコート。チラリとも光らないメガネの奥では、嘘みたいに大きな瞳が部屋を見渡していた。垢抜けていないしコートの色はおぞましいが、結論としては結構可愛らしい顔をしていると僕は思う。年上にモテそうな感じ。
海馬に問いかけてみても欠片ほどの見覚えもない。ぼけっとしてないで、部屋に入るなら入るでさっさとドアを閉めて欲しいのだが。
「はてにゃんのお客さんだよ。はてにゃんの占いに用があるって言うもんだから連れてきたの」
撫でてもらいたそうに「へへへー」っと突き出された里々の頭部の側面を、火おこし中の原始人のように果奈が擦る。
「占いに用ねぇ……」
果奈が漫画喫茶で占いの真似事を行っていることは、里々という歩く拡声器によって校内で広く周知がなされている。もちろんその噂は尾ひれも背びれもついて校内を泳ぎ回ってるだろうから、こうやって果奈を万能の占い師と勘違いしてやってくる人間もいるだろう。
もっとも、大抵の人間はそんな噂より果奈の奇行の方を先に目にするから、学校関係者の客はほとんどいないらしいけど。視覚情報は知覚の八割以上を占めるなんて大言も、どうやら伊達じゃないらしいな。
「どっから連れてきたんだ? 見世物小屋か?」
会話の声量の線引きをはっきりさせるために、大袈裟な小声で会話を開始してみる。
「見世物小屋ならまだわかるんだけど、廊下だよ廊下。歩いてたらさ、先の方であのわやご機嫌なコートが目に入ったの。一緒にいたカプリ子なんて、シャーデンフロイデほとばしる顔しながら『妖怪変化の類だー!』とか騒いでたんだけど、ウチはなんか面白そうだと思って話しかけてみたの。ほんならなにやら困ってるみたいだったから連れてきたってわけ。わやお手柄」
「お前ほんと誰にでも話しかけるのな。おしゃべりバーサーカーかよ」
そしてカプリ子はもう元がわからないよ。可愛いから別にそのままでも良いけどさ。
里々は特に反論もないようで、携帯を取り出してお菓子の空き袋の写真を撮り始めた。食べ物じゃなくて袋、しかも空き袋の写真を撮ってどうするのだろうか。戒めか?
「でもまぁ、そういうことならとりあえず入ってきてくださいよ」
気持ち悪い色のコートを着た男子生徒に向かって声をかける。三分の二で上級生なわけだから、ひとまず丁寧語は使ってみた。見た感じは同級生だけど、トドメちゃんの例があるから念のため。
僕の提言を耳にした気持ち悪い色のコートを着た男子生徒は、「あ、ありがとうございます」と言ってドアを閉めるが、またしてもキョロキョロとするばかりで一向に近づいてくる気配がない。エスコートでもして欲しいのか? いっちょまえにメガネなんてかけちゃって偉そうに。
「あーそっか」
思い至り、寒さを我慢して立ち上がる。
コタツの一辺が空いているものの、初対面でいきなりこんな国を傾けそうな奴らと近距離で卓を囲むのはさすがに気後れするか。こっちとしても、僕のハーレム代わりのコタツに他の男を入れる気なんかこれっぽっちもないのだけれど。
部屋の隅に立て掛けてあったパイプ椅子を引っ掴むと、舞った埃が蛍光灯の光に照らされてキラキラと輝いた。
時刻は午後四時すぎ。冬至が近いので、外はすっかり薄暗い。
「あ、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げてからトコトコと力なく歩み寄り、配置されたパイプ椅子に腰をかけた気持ち悪い色のコートを着た男子生徒。呪いの装備以外にも、どんなワードに対しても枕詞が『あ』になる呪いでもかけられてるのだろうか。前世でなにしでかしたんだよ。
コタツで向き合ういつものディベート部員と、そんな三人とパイプ椅子の上から向き合う男子生徒。おそらく世界で初めての陣形でコタツを囲む四人の完成である。
「あっ」
一度腰を下ろした気持ち悪い色のコートを着た男子生徒が、小さく漏らして立ち上がる。どうやら気持ち悪い色のコートを脱ぐらしい。この寒い中で気持ち悪い色のコートを脱ぐだなんて、マナーが身に付いている。
気持ち悪い色のコートを脱いだことで学年を示すネクタイの色がやっと視認できた。濃い赤なので、やっぱり一年生だったな。
一連の動作をただ目で追っていた僕らは、気持ち悪い色のコートの裏地の気持ち悪い色に戦慄しつつ、気持ち悪い色のコートを脱いだ男子生徒の次のアクションを黙って待っていた。
初対面特有の不思議な沈黙がしばし訪れたのち、三者三様の視線を浴び続けた気持ち悪い色のコートを脱いだ男子生徒がたまらず口を開く。
「さ、三組の、
訊いてもいない好みまで添えて自己紹介する智則くん。三組ということは僕はもちろん、果奈や里々とも違うクラス。三組って、担任は確かトドメちゃんだったな。
「二組の輪厚果奈です。好きな急所はこめかみです」
わざとらしくいつも以上に姿勢を正したアホの果奈が、智則くんの挨拶にすかさず反応を示す。好きな急所ってなんだ? ここは殺し屋同士のお見合い会場か?
「二組の声問里々です。好きなタイプは飛行タイプです」
楽しそうに果奈に続いた里々。タイプってそっちのタイプかよ。
僕以外の三人の意味不明な自己紹介が終わると、今度は僕の全身に三者三様の視線が降りかかる。これはどう考えても僕も好みのなにかを交えたおもしろ自己紹介をやらなきゃいけない空気だ。
智則くんは悪くない。悪いのはこの流れを作った果奈と、先を見越して最後を回避するようにそれに続いた里々だ。
ただ僕はおかげさまでこんな窮地は幾度も経験しているので、
「一組の
と、時間を空けずに言い放った。
ブフッとお菓子を吹き出しコタツを汚す里々と、顔を両手で覆って肩を震わす果奈。
勝ったな。
いじりに利用されていた設定を逆手に取った僕のボケはなかなかの切れ味を宿していたようで、唖然とする智則くんをほったらかしたまま二人はしばらく、捌かれたばかりの鮮魚のようにピクピクと全身を震わせていた。
二人して涙も流してるけど、ここでハンカチを差し出すのはなんか違う気がする。
「それで、私に用って話だけれど? ふひっ」
なんとか体裁を整えて本題に詰め寄る果奈だが、抗えない衝動に破顔する。
智則くんはそんな果奈を赤ら顔で見つめて、
「あ、はい。実はですね」
とはにかんだ。
もしかしてこいつ、白の軍門に下ったか? 実際にアクションを起こす猛者は皆無とはいえ、うちの学校の男子生徒はだいたい白か黒の派閥に属する。それはもちろん果奈と里々のことであり、智則くんはどうやら果奈みたいなのがタイプのようだ。
僕は白と黒の二人とも大好きだから……そっか。僕の青春は灰色なのか。
「実は、探して欲しいものがありまして」
膝の上に乗せられた智則くんの拳はぎゅっと握られており、初めてバイトの面接を受けにきた学生のようだった。
探し物って、こいつは占い師をなんだと思っているのだろうか。水晶にピカリと探し物が映るなんてのは漫画の中だけだぞ。こいつもコミックフリークか?
「探し物ね。はいはい。私にできることなら協力は惜しまないわ。言うだけならなんでも言ってちょうだい。聞くだけ聞くわ」
いつもの客にもこんな態度で臨んでるのだとすれば問題だが、その目には意外と好奇の色が見て取れた。
さてはこいつから七不思議関連の匂いがするな?
「おい果奈……」
言いながら、コタツの中で果奈の足を小突きつつ目配せするが、
「えっ? 貧乏ゆすりって、お金のない人たちを脅迫してさらに追い込むって意味じゃないの?」
という、もはやなにを言えばいいかわからない返答が飛んできてしまった。僕は視線で一体なにを伝えたのだろうか。貧乏ゆすりって言葉がすげー怖い言葉になったんだけど。
「どうしたの? デュラハンみたいな顔になってるわよ?」
「デュラハンに顔あったか? てかそんな話じゃなくて、もしかして僕らの調べてる謎の匂いがするのかって言いたかったんだよ」
考えてみたら僕らには敵対する機関もなにかを競ってるライバルもいないのだから、別に目配せなんて回りくどいことをする必要なんてないので直接口にすることにした。果奈の嗅覚についてだってそうそう簡単に思い至るはずはないし、そもそもバレて問題あるのかって話だ。
僕の発言を受けて、果奈がニヤッと口角を上げる。
どこか近くで、竹の花が咲いた気がした。
僕と果奈のやりとりを不思議そうに眺めている智則くん。お茶の一つでも出してあげたいところだけど生憎この部屋にはメイドはおろか、冷蔵庫もポットもありはしない。
しかしこんな冴えない奴が果奈に擦り寄ってきたヒントとは。いまいち引っ掛かりが足りない気がするけど、まさか変身を残してたりしないだろうな? それに探し物って、探し物が一体どうやって巨木の謎に繋がるのだろうか。というか考えてみれば、殺人事件もなにがどうして巨木の謎と繋がるのか皆目見当がつかない。
わからないことだらけで、楽しくて仕方がないね。
「わかったわ。つまりあなたは、監禁されたお母様の居場所を教えて欲しいのね?」
突如、数往復の見えない会話を経た後かのような自然な口調で飛躍した台詞を口にする果奈。なにか聞き逃してたか?
「え、いや、違います。なんですか? それ」
「だってそのコート、お母様を人質に取られて無理矢理に着せられてるんでしょう?」
「えっ? コート? えっ?」
「とぼけなくても大丈夫よ。私たちは味方だから」
真顔な果奈の挨拶代わりのボケに対し、これ以上ないくらいにわかりやすい困惑を見せてオロオロする智則くん。首を高速で左右に振りながら視線を動かし、誰かからの説明を求めている。 こうなった時点で果奈社長の面接に通るのは難しいだろうな。もしそんな面接があるとすれば、誰であろうとその後の実技試験で結局落ちるんだろうけど。
「はてにゃんいきなり飛ばしすぎだよ! 首取れるよこれ! てかあはっ! 高いとこ座って首動かして、こっから見たらなんかテニスの審判みたいだよ! あははははっ! わやアンパイア!」
面倒見の良い里々が智則くんに差し出した救いの手は、伸びきる前に跡形もなく消え失せた。
「里々ちゃんは今日も元気で可愛いわね」
愛おしそうに里々を見つめた果奈だったが、すぐに居住まいを正してわざとらしく咳をすると、
「お母様じゃないのなら、探し物って一体なんなのかしら」
雲に隠れる月のように妖しく光る双眸を、智則くんに突き刺す。
それは到底、尋ねごとをする人間の表情ではなかった。
いつものようにふざけてはいるが、果奈もわかっているのだろう。ここで返ってくる答えが、僕らをさらなる迷宮に誘う扉の鍵であることを。
底冷えする緊張感の中、里々のムグムグという咀嚼音のみが響き渡る。
「記憶です」
居直った智則くんが申し訳なさそうに口を開いた。
記憶? この智則くんは今、記憶と言ったのか? 探し物は記憶? なんだそれ。記憶喪失なんて、そんな奴が身近にホイホイ現れるわけがないだろう。やっぱり漫画の読みすぎなんじゃないのか?
「記憶……。なるほど。つまりよくある記憶喪失ね? あいわかった」
あ、もっとヘビーなコミックジャンキーがいたんだった。
僕の困惑をよそに、果奈は落とした財布の捜索依頼を受けるかのようにいとも簡単に依頼を引き受けた。
雄々しく突き立てられた親指に腹が立つ。どこかの国の、「私にいつでも攻撃していいよ」の合図になってたら良かったのに。
「わかったってお前、記憶喪失だぞ? 本当にわかってるのか?」
「もちろんよ。かくいう私も子どもの頃、パジャマに着替える時にズボンの右足の穴に両足突っ込んですっ転んで、一時的に記憶を失ったことがあるもの。その時の傷がこれよ」
そう言うと、腕をまくって視認できないほど小さい二の腕の傷を見せてくる果奈。
「せめて頭に傷負えよ!」
過去に類を見ないツッコミが部室に響き渡る。
「はてにゃん、わやあわれ!」
突き出された腕を引っ掴んで傷口にツバを塗り込む里々にアホを任せ、気を取り直して智則くんに向き直る。
「記憶喪失って、もうちょっとあれこれ詳しくお願いしていい?」
果奈や里々が話を進めてたんじゃ埒があかないから、ここは僕に仕切らせてもらおう。
「はい。実は昨日の記憶がないんです。一日、全部です」
語気を弱めた智則くんが、肩と眉尻を落としながら告白する。
記憶喪失。考えてみればド忘れや物忘れ、昨日の晩ご飯を思い出せないなんてのもある意味記憶喪失だもんな。字面は厳ついけど、思ったより身近な出来事なのかもしれない。
「頭でも打ったのか? 学校には来てたの?」
「どこか怪我したってわけじゃないんです。どこも痛くないし、コブも痣もありません。それにこれは友達から聞いたんですけど、昨日はちゃんと学校にも来てるんですよ。特に変わった様子もなかったと言ってましたし、なんならちょっと嬉しそうだったとも言ってました」
訊かれたことにしっかりと答えてくれる智則くん。それはもちろん当たり前のことだけど、悲しいことに僕の周りでは青い月が浮かぶくらいに珍しい出来事であった。
「私、昨日あなたのこと見たわよ? 腕にでっかい壁掛け時計巻いて登校してきて、盛大に滑ってたわ」
「いやそれいつぞやのお前だよ!」
「廊下の突き当たりで、なんかのアニメのオープニングのダンスを練習してたわ」
「それもお前だ!」
智則くんの記憶喪失をいいことに、自身の黒歴史を押し付けようとする果奈。記憶喪失の依頼者を目の前にしても、そんなことは歯牙にもかけずに通常運転であった。
「しかし、まさか記憶喪失ときたか……」
腕組みをして、唸る。
智則くんの立ち振る舞いを見るに記憶喪失という単語は置いといて、彼に昨日の記憶が備わっていないのは嘘ではないように思える。
「頭に細い棒突っ込んでかき回してみたら?」
真面目に取り組もうとする僕を置き去りに、戦下の人体実験部隊みたいな台詞をお菓子片手に言い放つ里々。
瞬間的に暴れた陰風が窓を叩き、智則くんの体がわずかに跳ねた。
「そんなことやったら記憶どころか命まで失うだろ。まだ黒ギャルチョップの方が希望あるよ」
「そうかな? まぁぶっちゃけ智則くんの記憶なんて戻らなくても構わないけどさ、そこに謎のヒントがあるんでしょ? はてにゃんはもう役目果たしたってか、ここから先はお荷物怪獣ヒルアンドンなんだから、ウチらでなんとかするんだよ」
そんな簡単になんとかするって言われてもな。情報収集や対人スキルがピカイチな里々とて、失った記憶を取り戻すなんて誰に尋ねたところで無理だろう。
この問題はとっくのとうに、コネやカネの届かないオカルトゾーンなんだ。
「どうしたもんかね」
ボソッと呟いて視線を里々から正面に移すと、そこには焦点の合わない瞳で、手鏡に向かって「お前は誰だ」と繰り返し呟く果奈の姿があった。
「おいおいおいなにしてんの急に! それ帰ってこれなくなるやつ!」
「お前は誰だ」
虚ろな表情を僕に向ける果奈。
「僕はわかるだろ! なんで自分じゃなくて僕を見失ってんだよ! どこまでバカなんだよ!」
「なによ偉そうに。私に石を投げていいのは手鏡に話しかけたことのない者だけよ」
「地球傾くくらい石飛んでくるわ!」
「むむぅ……」
僕の辛辣なツッコミに頬を膨らます果奈。
「仕方ないじゃない。記憶喪失はわかったけど、これ以上嗅ぐものもないんですもの。驚くことにこのコートも犬臭いだけで、変わった匂いはしなかったわ。初めて自分の鼻を疑ったわよ」
「マジでか」
「だから私の活躍を期待するのなら、あとは智則くんの家に行ってみるしかないわねって何度も言おうとしたけど、万が一家が遠かったりでもしたら困るから黙ってたの。お外寒いもの」
謎解き大好きっ子の成れの果て。生まれ持ってのアイデンティティさえ、冬の寒さの前ではこうして鳴りを潜めるのだろうか。
とはいえ、寒い地域では自殺率が高くなるというから、個性が発揮されなくなるくらいの弊害ならまだ幸せかもしれない。そもそも良いのか悪いのかもわからん個性だしな。
「いいじゃんそれ。行ってみようよ! コート脱いだからやっと顔と名前が繋がったけどさ、確か智則くんの家って超豪邸じゃなかった? わやはんなり!」
ナイフとフォークを手にハンバーグを待つ子どもみたいにコタツをドンドンと響かせながら大声をあげる里々。
どうやら彼のコートは、対象に自身の存在をうやむやに捉えさせる類いのマジックアイテムだったようだ。顔が広くて事情通だとは思っていたが、まさか智則くんまでフォローしてるとはな。
「当人ほったらかしではしゃぐなよ。そういうのはまず智則くんに訊いてみないとだな」
チラッと智則くんに視線を送ると、
「もちろんいいですよ! 是非お願いします」
見た目によらずフットワークの軽い男であった。こいつの家のベットは下に隙間のないタイプかな?
「智則くんがそう言うなら……じゃあ、行くか? 僕らもいいの?」
「もちろんです、来てください。あ、僕タクシー呼びますよ。地下鉄だと遠回りだけど、車だとすぐなんです」
ホストとしての矜持か、率先して行動を開始する智則くん。タクシーまで呼んでくれるなんてなんとブルジョワジー香る気品であろうか。今ならあの気持ち悪い色のコートも、家の雑巾くらいになら使ってやってもいいとさえ思えてくる。
果奈と里々は金で男気を誇示する智則くんを、「スゴクスゴーイ」とか「ワヤヤルジャーン」などの言葉を使い、一切の感情が消えた顔でおだてていた。
大和撫子たるものかくあるべしである。
「じゃあさ、悪いんだけど十五分後くらいに校門に手配しておいてくれない? ちょっと内輪で話があるから、先に玄関に行っててくれると助かる」
仕事は早くこなしたいけど、まだ情報共有が終わっていない。赤い服の美女と、赤い服の少女。殺人事件に関しては、どうだろう。今はまだ黙っておいた方がいいかもしれないな。
「わかりました。それじゃあ十五分後に」
立ち上がって気持ち悪い色のコートに手をかけた智則くんは、僕の不躾なお願いにも嫌な顔一つ見せずにしっかりと意を汲んでドアに向かってくれた。
そんな智則くんの背中に僕は、
「その前にさ、その……コート、どこで買ったか教えてくれない?」
意を決して問いかけると、果奈と里々の顔が少しだけ強張る。
「あ、これ街中の『カムイ』って店の限定品なんです。もう手に入らないですよ?」
素敵なウィンクで答え、気持ち悪い色のコートをこれ見よがしに翻して装着する智則くん。そしてなぜかこちらにしっかりと頷いてみせた彼は、意気揚々と部屋を後にした。
「いやー智則くん、ずるいなー! 羨ましいなー!」
届いてくれと切に願い、ドアの向こうに焦点を合わせて声を張る。 だってそうだろう。あんな素敵な笑みを見せられたら、購入場所を尋ねた理由が、そんなふざけた服を売るような店には間違っても近づかないようにするためだったなんて口が裂けても言えないじゃないか。
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