第5話 記憶①

私と五月は、家が近所で親同士の仲が良いのもあって、幼い頃から二人でよく遊んだ。幼稚園の時、五月はいつもお母さんの後ろに泣き虫顔でひっついており、何かある度すぐに泣いて隠れてしまう。だから、私がいつも五月の手を引いて歩いていた。


毎朝一緒に登園して、ぐずぐずと門のところで泣き出す五月を五月のお母さんと一緒に説得して、手を引いて園の中に入る。五月は男の子だけどキラキラしたビーズやおもちゃの宝石が好きで、よく周りの元気な男の子たちに意地悪されていたから、そういう時にはもちろん私が代わりに言い返した。そんな日々を送っていたから、一人っ子だった私は、すっかり五月のお姉さん気分だったし、うちの両親も五月の両親も、口を揃えて、

「ひなちゃんは五月のヒーローね~」

などと言うから、私の中で五月は、自然と「守るべき存在」として定着していた。


小学校に入ってからも、絵を描いたり本を読んだりするのが好きで、運動に興味を示さない五月は、同級生や上の学年の人たちから嫌がらせを受けることが多かった。そのたびに五月はめそめそと泣いて帰ってきて、その姿を見た姉御肌が抜けない私は、鼻息荒く男の子たちに向かっていった。怖いもの知らずな私の様子に周りの大人たちはヒヤヒヤしていていたし、実際に言い合いをして言い負かされ、私まで泣いて帰ってくることも多かった。そうなると、いつも五月まで半泣きになって、


「ひなちゃん怖かったよね、ごめんね」


と言って私が泣き止むまでずっとそばにいた。

いま思うと、普段はずっとめそめそしていて私がいないと何もできないのに、私が一瞬見せた弱さを見逃さないのも彼だったのだ。幼いながらに、不思議な関係だなと思っていた。



学年が上がるにつれ、容姿が整っていて、他の小学生にはない落ち着いた雰囲気を纏っている彼は、嫌がらせを受けることが少なくなっていった。運動には興味を示していなかっただけなようで、いざやらせると人一倍できたし、成績も優秀だった。


そうなると、ヒーローだった私の役目は必要なくなり、むしろ中学生になると、私の愚痴を聞いたり、困った時にアドバイスをくれる存在が五月になった。

弱さを人に見せない私のことを1番に理解していた彼は、辛い時にいつも現れて、


「俺はひなに今までいっぱい助けられてきたから、ひなが辛い時に助けさせてくれないとバランスが悪いよ」


と言って笑った。そして、誰の目も気にしなくていいように、夜、私を散歩に連れ出してくれた。夜風が運ぶ季節の匂いに包まれながら、自分の言葉が誰かに受け入れられている感覚が心地良かった。2人で並んで歩くうちに、悩んでいたこと全てがどうでもよくなっていくのだ。



心から私は、その時間がずっと続けばいいのにと思っていた。きっと、きっと、五月もそう感じていたと思う。当時の私たちは、その関係に名前なんてなくても、繋がっていると感じていた。夜の静けさと優しさが、私たちに永遠を許してくれていた。



今思えば、私たちの関係が決定的に変わってしまったのは、あの事件がきっかけだったのだと思う。


それは私が14歳になった年の夏に参加した、地元の夏祭りで起きた。


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あしたときつね 夏芽 @0009

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