第2話 知人Aの家

平静を保っていたが、衝撃の告白を受けた後の鼓動の高まりは、腕の中にいる彼女にもきっと伝わっていた。


無言で歩いているうちに、知人Aらしい情報量ではあったが彼女のことが思い出されてきた。名前は確か浜辺ひな。中学では特別目立つタイプではなかったが、ぱっちりした目が印象的で、ふわっとした雰囲気の、誰からも好かれるような同級生だった。同じクラスで、たまに会話を交わす程度だったため、それ以上の情報は無い。多分向こうも同じだろう。


それから家に着くまで、何も話さなかった。何をすればいいのか、何が正解なのか、分からなかったのだ。ただ今の無力な俺が彼女に与えることができるのは、一人ぼっちではないという、正解も不正解も無い事実のみだった。


「着いたよ」


独り言のように呟いて、鍵を開け、家に入る。


「彩瀬〜うっちーと寿司行くけどお前も来る?」


奥の方から声が聞こえる。ただでさえ狭い一人暮らしのアパートに度々訪れてきては泊まっていく、同じ大学の木原蓮きはられんだ。思わず苦笑いを浮かべて、抱えていたひなを降ろし、狭い玄関に座らせると、意外なことに、ひなも微かに笑っていた。


「友達なんだよ。住み着いてんの。」


小さな声で彼女に告げる。寿司の返事がない違和感から、蓮が現れた。びしょ濡れの彼女と自分を目にし、目を丸くした。


「いやまって、どういう状況?」


そう言って顔をもう一度奥に引っ込め、すぐにバスタオルを持って現れた。

ありがたいけど、俺ん家だよ、ここ。


「悪い、ほっとけなかった」


バスタオルを受け取る際に、蓮に小声で言った。いつも軽口ばかりたたくいい加減な奴だが、明らかに普通ではない状況を察し、何も言わずに頷き、明るい声で彼女に声をかけた。


「嫌じゃなかったらさ、風呂入っていきなよ。俺ん家じゃないけどさ。最近寒いし、風邪ひくよ。」


彼女は困った顔をしてこちらを見た。


「いや、でも…」


「知らん男二人もいる部屋の風呂なんか入りたくないよな、ごめん。でも助けずにいれなかった。なんていうかその…消えそうに見えたんだ。溺れているように見えた。」


彼女が目を少し見開いた。数秒こちらをじっと見つめる。そして微笑んだ。


「ありがとう。じゃあ、お風呂借りるね。」


そう言って立ち上がろうとした途端、足の力が入らないのか、膝からガクンと崩れ落ちた。俺と蓮が両側から慌てて支える。その時、さっき抱いていた彼女がやたらと軽かったことを思い出した。食べれていないんだ、と瞬間的に頭をよぎった。


「ごめんね、なんか震えちゃってるんだ。大丈夫だよ。」


苦笑いを浮かべて彼女は言い、もう一度立ち上がり脱衣所に入っていった。閉められたドアの方を見て、蓮が口を開いた


「あんな顔、させちゃだめだ。お前が守ってやれ。」


独り言のようにぽつんと呟く蓮の目を見ていると、彼が守りたくて、守りきれなかった人の存在を思い出す。


「守るよ。」


自分と蓮と、彼女のために、俺は誓った。



















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